吟遊詩人の怒り
ヒロインは、ある王国の、若いお姫さま。
――うんうん、よくある。
彼女の国は、巨大で凶暴な「化け物鳥」の襲撃を受け、家畜や人が次々とさらわれて、人々は苦しんでいた。
――うーん、よくある。
国王の指揮のもと、国民たちは、弓や投石器を使って戦うが、自由に空を飛ぶ「化け物鳥」相手では、とてもかなわない。
――あるある。投石器には、ちょっとびっくりしたけど。
姫は、そのことに心を痛め、城の敷地に住んでいる発明家のおじいさんをたずねる。
……ん?
「発明家のおじいさん」出てきた……ちょっと新しい。
発明家のおじいさんは、空を飛ぶ敵に対抗するために、網を撃ち出す大砲や、槍を射出する大きなクロスボウを開発している。
――クロスボウって……
姫は語る。
「空を飛ぶ敵に、地上から攻撃しても効き目が薄い。
私たちも空を飛び、こっちから攻撃をしかけましょう!」
――えっ? 飛ぶの!?
発明家のおじいさんは、姫からの依頼を受け、人間が背負って空を飛ぶことができる「翼」を開発する。
「翼」は、コウモリの羽に似ていて、すごくがんじょうな折り畳み傘みたいなつくりになっている。
――折り畳めるのか! 便利!
試作品が完成すると、姫は言う。
「これで、本当にちゃんと飛べるのかどうか、実験をしなくてはなりません。
おじいさんには、これがだめだったら次の翼を作ってもらわなくてはならないし、私のほうが身が軽いから、もし落ちても、怪我が少なくてすむと思います。
実験は、私がやりましょう」
――姫、勇気あるな!?
最初の翼は、一瞬うまく飛べたけれども、骨組みの弱いところがぼっきり折れて、まっさかさまに墜落してしまう。
でも、地面に山ほど積んでおいた藁のおかげで、姫はなんとか助かった。
「よし、これで、改良するべきところが分かりました。おじいさん、お願いします!」
――姫、前向き!!
途中、娘の行動を知った王さまが怒鳴りこんでくるなどのハプニングもあったものの、姫が堂々と演説して王さまを説得し、「翼」の開発は着々と続けられる。
そうこうするうちに、人々のあいだにも「翼」の噂が広がり、実験に協力しようと申し出る騎士たちがあらわれたり――「俺たちの体重に耐えられる翼でなければ、実用性がないじゃないか」という、やたらリアルなセリフも出てきた――、プロジェクトのことを知ったお妃さまが、徹夜で開発に取り組む一同のために大量のコーンスープを差し入れしてくれたりといった一幕もあった。
そして、ついに「翼」は完成し、王さまの呼びかけによって集まった職人たちが、発明家のおじいさんが描いた図面をもとに「翼」を量産しはじめる。
「翼」で飛ぶ訓練を積んだ騎士たちは「翼の騎士団」を名乗り、その隊長には、一番最初から練習していて、今もっともうまく飛ぶことができる姫が就任する。
姫の指揮のもと、「翼の騎士団」は、空の戦いで化け物鳥たちをさんざんに打ち破り、王国には、めでたく平和が戻ったのだった――
「王さまは姫に、翼のかたちをした黄金の冠をさずけました。この勝利は、姫のおかげだからでした。
でも、姫はその冠を受け取らず、発明家のおじいさんに渡しました。翼が完成したのは、おじいさんのおかげだからでした。
でも、おじいさんもその冠を受け取りませんでした。自分が空を飛んで戦ったわけじゃないから、本当に戦った人たちのほうが偉いから、というのでした。
そこでみんなは、黄金の冠をとかして小さくわけて、小さな翼の形のブローチをたくさん作って、みんなで胸につけました。翼の騎士団は、みんなの力で誕生したからでした。
それから、ずっと翼の騎士団は王国の空を守り、どんな敵もよせつけませんでした。
だから、王国の人たちは、今もずっと安心して幸せに暮らすことができているのです。
めでたし、めでたし!」
「めでたし、めでたしー!」
ワカコが大喜びして手を叩き、私ははっと我に返った。
30分、経っていた。
30分のあいだ、シオリは一度も詰まらず、ずっとおはなしを語り続けていた。
姫のセリフは姫の、発明家のおじいさんのセリフはおじいさんの、化け物鳥の鳴き声は化け物鳥の声を真似して、歩き回り、身ぶり手ぶりをつけ、独り芝居をする役者みたいに語り続けたのだ。
「ざーん!」
ワカコはさっそく、さっきのシオリの言葉と動きを真似して遊んでいる。
「翼の騎士」たちは、大きな槍を持っていて、空ですれ違いざまに化け物鳥の首を切り落として倒すのだそうだ。
ワカコは、さっと立ち上がると、
「じゃあワカ、トマトのところにいってる! こんど、ワカがおひめさまね!」
と言って、走って部屋を出て行った。
シオリにとられる前に、お姫さま役の人形(?)をキープするつもりなんだろう。
クーラーをつけた部屋なのに、シオリの額に汗が光っていた。
シオリは冷蔵庫に歩いていって麦茶を出し、コップについで一気飲みした。
そしてくるっとこっちを向いて、
「まあ、こんな感じ」
と言った。
「すっごいじゃない……!」
私は、やっとそう言った。
シオリの「おはなし」は、想像していた以上にすごかった。
まず、ひとつの物語を全部頭に入れていて、30分間も詰まらずに話し続けるということ自体が、普通は大人にもできないと思う。
突飛なところもあったけど、ストーリーもきちんとつながっていたし、盛り上がりもあった。
我が娘ながら、こんなにすごい力を持っていたなんて……これまで、知らなかった。
「ほんとにすごかったよ。シオちゃん、小説家になれるんじゃない?」
「うーん」 シオリは、まんざらでもなさそうに笑った。「まあ、そうかもね」
「なりたいの? 小説家」
「うーん、おはなしを作るのは好き」
そうなんだ。
将来の夢の話なんて、普段まったくしない子だったから、私は興奮した。
「でも、小説家になるのって、すごく難しいんじゃない? 賞を取ったりとか」
「えー? 知らない」
「ほら……芥川賞とか、直木賞とかあるでしょ」
「へー」
大して興味がなさそうな返事。
シオリの爪先が、とんとんと床を叩き始めた。
そわそわし出している証拠。ミニトマトのところに行きたいんだ。
でも、せっかく将来の夢の話が出たチャンス。
母として、もう少し、話しておきたい。
「ねえシオちゃん、自分のおはなし、字に書いたことあるの?」
「え? ……まあ、ノートとかにちょっとだけ書いたことはある。でも見せないよ」
「今のおはなし、面白かったから、ちゃんと書けばいいじゃない」
「うーん」
やっぱり、大して興味のなさそうな返事。
でも私は、今のおはなしを聞いて、シオリには、他の子にはない才能があると思った。
今のうちから、しっかり書く練習をしていけば、もっともっと本格的な物語が書けるようになるかもしれない。
そしたら、将来、本当に、小説家としてデビューできるかも。
「ねえ、今のおはなしの、テーマは何?」
「テーマ?」
シオリは、何のことだろう、という顔をした。
うん、やっぱり、こういうことは勉強しなくちゃ分からないはず。
「テーマっていうのはね……そのおはなしの中に入ってる、一番大事なこと」
シオリの表情は変わらない。まだ、理解できないみたい。
「つまりね……シオちゃんは、今のおはなしで、聞いてる人に、何を伝えたかった?」
「え?」
シオリの眉が、ぎゅっと寄った。
「伝えたいこととか……別に、ないけど」
「そう? みんなで力を合わせるとか、工夫することが大事とか、いろいろあったと思うけどなあ、ママは」
なぜか、シオリの顔がどんどん不機嫌そうになってくる。
なかなかいいテーマが入ったおなはしだと思うのに……私は、そう言ってるのに、どうして、この子は怒ってるんだろう。
「ああ、でもね」
言わないほうがいい、今は、言わないほうがいい。
そう思いながら、私は、つい口を開いてしまった。ひとつだけ、どうしても気になったこと。
「ひとつだけ言っていい? さっき、首を切り落とす、とか言ってたでしょ? ワカちゃん、真似してたよね。一年生の子に、そういう、暴力みたいな話は、あんまりよくないんじゃないかな――」
ダァン! と急にシオリが床を踏み鳴らしたので、私はびっくりして飛び上がった。
同時に、頭がカッとした。
急に、何!? こっちは、怒ってもいないのに――
「あーあ、ママは、なーんにも分かってないなぁ!」
私が大声を出すよりも早く、シオリが、一番怒っているときの声で叫んだ。
「何、それ!? そんな、そこだけ……暴力とか、何、そういう、名前をつけるっていうの? そんなことしてたら、おはなしが、面白くなくなっちゃうよっ!」
さっき「吟遊詩人」をしていたときとは別人みたいに、支離滅裂な言い方。
「そっ……」
いや、落ち着け、私、深呼吸! ここで私までキレたら、話にならない。
落ち着いて、親らしく、諭してあげなくちゃ!
「それは、そうかも、しれないけどね。でも、たくさんの人に読んでもらえるお話を書く人は、そういうことも、ちゃんと考えてると思うよ? シオちゃんも、せっかく――」
「もういいっ!」
バババババ! と思わず目を奪われるほどの速度で床を踏み付けまくったシオリは、
「もういいよ! ママには、聞かせなきゃよかった! バーカ、バーカ、バーカ!」
最大声量の暴言3連発を残して、突風みたいに部屋を飛び出していった。