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ミニトマトにクローバー

「ママ、庭にあったあれ、外した!?」


 部屋に入ってきていきなり叫んだのは、娘のシオリ。小学四年生。夏休み中。

 何? あれって。

 洗濯物を仕分ける手をとめて私がぽかんとしていると、シオリはいらいらしたようにその場で足踏みをして顔をしかめた。


「庭のさ、トマトのところにあったでしょ!? クローバー! むすんでなかった?」


「あー、はいはい!」


 思い出した。

 朝、水やりをしようと外に出たら、鉢植えのミニトマトの茎に、おかしなものがくっついていたのだ。

 庭の隅に生えているはずのクローバーが、三本、トマトの茎に結び付けてあった。

 しかも本結びで。

 見た瞬間「何これ」と意味が分からなかったので、とりあえずちぎって外して捨てておいた。

 そのことを伝えると、シオリはいつものように芸人のリアクションみたいな大げさな動きで「あああぁ~!」と額に手を当ててのけぞった。


「ちょっとママ、だめでしょー! あれ、すごく重要なものなのに。……あ、ワカコ! 分かった、犯人分かった! ママだった!」


「あああぁ~!」


 後からやってきたシオリの妹、ワカコも、お姉ちゃんとまったく同じ動作でのけぞった。


「ちょっと!」


 私は即座に、厳しく言った。

 当然でしょう。

 あんなおかしないたずらをしておいて、母に対して「犯人」呼ばわりってどういうこと?


「犯人って何? 変な言い方しないで! あなたたちが遊んだんだったら、ちゃんと片付けときなさいよ!」


「あっ、うん、ごめん」


 これはまずいと思ったのか、シオリはすぐに謝った。

 ワカコは、お姉ちゃんの後ろにすっとかくれた。見えてるけどね。


「ごめんねママ、でも、あれ、すごく重要なやつだったの」


「もんしょーだもんね!」


「え?」


 ワカコがシオリの後から言った言葉が、私には聞きとれなかった。

 いや、はっきり聞こえたけど、意味が分からなかった。


「ワカちゃん、今、何て言ったの?」


「もんしょー!」


「……ほら。あれ。吟遊詩人のやつ」


 とりなすように笑いながら、シオリが説明を引き取った。


「私が、ワカコに聞かせてあげてるおはなし。あそこに住んでる人たちがいて、クローバーは、その人たちの国の紋章っていうことにしたの」


「てきにとられたら、ほろびるんだよねー!」


「そうそう」


「ああ……」


 そういうことだったのか。


 シオリは、四年生にしては難しい言葉をすらすら使う。「重要」だとか「紋章」だとか。

 そして、本が大好き。

 これは間違いなく、彼女が赤ちゃんだった頃から、パパと私でかわるがわる絵本の読み聞かせをした成果だと思う。


 でもシオリは、あんまり本が好きすぎて、普通の子とちょっとちがう趣味にめざめてしまった。

 彼女が言うには、その趣味の呼び名は「吟遊詩人」。

 ……いつの時代だ。


 お向かいのカナちゃんは、おしゃれ系のゲームに夢中。

 二軒右どなりのユウタくんは、サッカーが大好き。

 四年生の子って、普通はそういう感じじゃない?


 シオリはちがう。

 学校から帰ってくるとすぐに、三つ年下の妹のワカコといっしょに、人形やブロックをごちゃごちゃ入れた「遊び用かご」を持って、庭のミニトマトのところへ行く(私がミニトマトの苗を植える前は、隅のクローバーのところに行っていた)。

 そして、人形で遊びながら、妹を相手に、ずーっと喋り続けているのだ。

 自分で考え出した「おはなし」を。

 私が近づくと、ぴたっとやめてしまうから、中身はよく知らないけど、どうやら、ミニトマトを舞台にした冒険の物語みたい。


 いや、あの……ミニトマトですよ? どんな冒険があるっていうの?

 それに「吟遊詩人」って呼んでるけど、吟遊詩人は楽器を持ってて、歌うからね。

 あんたのそれは「講談師」じゃないかなー?


 言いたいことは、ものすごくあったけど、私は今までのところ、彼女の趣味に口を出すのをずっと差し控えてきた。


 いや、正直、心配になって担任の先生に相談したことはあった。


――うちの子、放課後に、クラスの友達と全然遊ばないんです。学校の話もあんまりしないし、様子が分からなくて……クラスになじめてますか? 休み時間に一人でいたりってことは……


――大丈夫ですよ。いつも友だちと元気に走り回って遊んでます。カナイミユさんとか、ヒトミさんといっしょにいますね。いつもジャングルジムで鬼ごっこをしていますよ。


――あっ、あっ、そうなんですか! 安心しました。学校では、ちゃんと友達と遊べてるんですね。うちの子、家に帰ったら、本当に妹としか遊ばなくて……


――ああ、一年のワカコちゃんですね。おうちでは、どんな遊びをしてるんですか?


――あの……まあ、本を読んだりです。いっしょに。(さすがに先生に対して「吟遊詩人」と言う勇気はなかった)


――ああ! シオリさん、国語の成績がすばらしいですからね。やっぱり、おうちでもしっかり読書をしてるんですね。妹さんといっしょに読んでるんですか。いいことですね! ……あ、そうだ、成績といえば、算数のほうなんですけど。こっちはちょっとがんばらないとなーって……


 そう、まあね。うちの子は、国語の成績がすばらしい。

 算数は、ボロボロだけど……先生から聞いた一学期のテストの平均点、明らかに、私が見せられたテストの平均点より低かったけど……悪かったやつ、どこかに隠したな……?

 まあ、まあ、まあ、いいでしょう。よくはないけど。

 とにかく、何かひとつでも特技があるということは、素晴らしい。

 母(私)と同じ、本が好きで国語が好きというところも、個人的にグッド。

 学校で、友達とちゃんと遊べているんだったら、家での遊び方が変わっているからって、別に――


 ………………うーん。いや、やっぱり気になる。


「じゃあ、行こっか!」


「うん!」


「あ、シオちゃん、待って!」


 元気よく回れ右をしかけたシオリを、私は慌てて呼び止めた。

 ぐるっと振り向いたシオリは、思った通り「無」の顔をしていた。

 これは「内心ものすごくイライラッとしてるけど、ママを怒らせちゃいけないと思って我慢してる」ときの顔だ。


 これからまたミニトマトのところへ行って「吟遊詩人」をするつもりだったんだろう。

 シオリはあまり、いや、ほとんど怒らない子だけど、「吟遊詩人」を邪魔されたときだけは、ものすごく腹を立てる。

 ふだんは絶対言わないような乱暴な口を利くこともあるくらいだ。


「何?」


 声がイライラしている。

 私は、にっこり笑って言った。


「今から、おいしーいお茶いれるけど、飲まない?」


「今、いらない」


 おおう。シオリはお茶好きだからのってくるかと思ったけど、無理だった。


「おいしーい、お茶だよ?」


「いらない。さっきお茶飲んだ」


「そう? ……あのね」


 しかたがない。

 私は、ズバッと本題を切り出すことにした。


「シオちゃんのおはなし、ママも聞きたいな」


 シオリの顔が、一瞬、固まった。

 どう反応したらいいか、困ってるみたいだった。


「だってママ、シオちゃんのおはなし、一度も聞いたことがないんだもん。……ねえワカちゃん、お姉ちゃんのおはなし、おもしろい?」


「うん」


 ワカコは、でへへへへへと笑ってシオリにしがみついた。


「すーっごく、おもしろい!」


「そうなの? すごい! ママも聞きたいなあ」


「えーっ……」


 おっ、脈ありか?

 シオリは、半分嫌そうだけど、半分はまんざらでもなさそうな顔をしている。


「でも、なんか、恥ずかしい」


「そう? でも、ママ、聞きたいなあ。だって、ワカちゃんには毎日おはなししてるじゃない」


「うーん。ワカコは、いいけど……」


「だってママ、シオちゃんのおはなしを知らなかったから、うっかりクローバー取っちゃったでしょ? 知ってたら、大事にしたよ?」


「うーん……」


「おねえちゃん、おはなし! おはなし!」


 ワカコが、シオリの足にしがみついて、ゆさゆさ揺らし始めた。ナイスアシスト!


「うーん……えー……うーん……まあ、いいけど」


「ほんと!? やった!」


「おはなし! おはなし!」


「その代わり、パパには絶対教えちゃだめだよ? 恥ずかしいから!」


「言わない、言わない」


「いわなーい!」


「絶対だよ? ……それでは」


 私は、息をのんだ。

 その瞬間、シオリの声と顔と立ち方が変わったのだ。

 ワカコはじゃまにならないように、ぱっとシオリの足からはなれて、床に三角座りをしてシオリのほうを見た。「観客」だ。


「吟遊詩人」になったシオリは、両手を軽く広げて、遠くを見た。

 そして、まるで本に書いてあるみたいな言葉で、語り始めた。

 こことは違う国の人々の、長い長い冒険の物語を。



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