08
書きためていたのはここまでです。次からは週一くらいを目標に投稿していくつもりです。
「ちーちゃん大丈夫?」
ため息を漏らす者、息を飲む者、この場のプレイヤー達が様々な反応を示す中、イツキはそれ等を気にする事もなく普通に私に話しかけてきた。
「ギュッとしてくれるのは嬉しいけど、流石に窒息で死に戻りは嫌だったから…ゴメンね?そんなに強く押したつもりは無かったんだけど」
イツキが申し訳なさそうに手を差し出してくる。
どうやら無意識のうちにイツキを押さえる手に力が入ってしまっていたらしい。
そして、緊迫して余裕の無い最中でイツキに振りほどかれ、驚いた私はその勢いのまま尻餅をついてしまったという事のようだ。
「こっちこそ悪かった……苦しかったのに気付かなくてゴメン」
私も謝りながらその手を取り、イツキの助けを借りながら立ち上がるのだが、イツキを見るプレイヤー達の視線が私にまで集まって何だか居心地が悪い。
最悪の事態はイツキの横槍で結果的にひとまずは止まった。だが、まだ状況が解決した訳ではない。
赤髪の方は先程のダメージがよほど大きいのか、起き上がってはいるものの立ち上がりもせず、一応は大人しくしている。
しかし、金髪は剣を抜くタイミングを失い戸惑っているようではあるが、アニキを見る目に宿る敵意は全く衰えてはいない。
今のうちに何とか説得出来ないだろうか?
難しい事だとは思うが、さっきまでよりも状況はマシだ。
何とか交渉材料を見つけて、この場をおさめなければ……。
「大丈夫?ゴメンね、うちのお兄ちゃん容赦無いから…」
「お、おう!このくらいどうって事無いぜぇ?」
私が色々考えているというのに、イツキは何故か赤髪の方へと話しかけていた。
何をやってるんだ、あの子は……今はまず金髪の方をどうにかしないと大変な事になるかもしれないというのに。
美少女に話しかけられて嬉しそうではあるが、赤髪も予想外のことに明らかに動揺している。
「でも、凄い噎せてるの聞こえたよ?ほら!お兄ちゃん謝って?」
「断る、先に手を出してきたのソイツ等だ…。」
金髪への警戒を残しつつも、妹の言葉を即座に却下するアニキ。
確かに、アニキは自分からは一切手を出してない。
「やりすぎッ!お兄ちゃんならもっと優しくできたでしょ!だよねっ?ちーちゃん!」
「ちーちゃん言うな!でもまぁ、確かに石畳に叩きつけたのはちょっと引いたな…アニキなら盾で普通に防げただろうし。」
金髪対策を考えたいから話を振って欲しくないのだけど、正直赤髪にはちょっと同情していた。
「むぅ……、解った。確かに力が入りすぎてしまっていたようだ、こんな場所で投げ飛ばしてしまって悪かったな。」
私がイツキに共感を示したからか、アニキは少し迷ったようではあるが、座り込んだままの赤髪の前で片膝をついて視線を合わせ謝罪した。
「へへッ、下手に余裕見せつけられるよりもスカッとしたッスよ。先に殴りかかったのは俺だし…こっちこそスンマセン!」
驚いたことに赤髪の方もアニキに頭を下げてきた。
イツキに良い顔をしたかっただけかもしれないが、何か妙な展開になってきてないか?
「お、おい!何をそんな野郎に謝ってんだよ!!」
困惑した様子で赤髪に怒鳴る金髪。
頭に血が昇っての行動とはいえ、彼は一応赤髪の為に剣を抜こうとしていたのだ。アニキと赤髪がお互いに頭を下げ和解してしまったら、金髪が怒る理由も矛先も無くなってしまう。
「落ち着けよ相棒。さっき俺が見事にブン投げられたの見たろぉ?俺達じゃこの兄さんに敵わねぇって…。」
理由が無くなろうと、怒りの感情までが一緒に無くなってくれるわけでは無い。
凄い剣幕で金髪が赤髪に迫るが、赤髪はむしろ金髪を宥めてくれようとしている。
「ふざけんな、何言ってんだよ!このままナメられたまんまで引き下がる気かよッ!?」
「向こうのが強いのにナメられるも何もねぇだろぉ?第一、お前俺より喧嘩弱いくせにどうする気なんだぁ?」
あ、赤髪の方が強かったんだ。
図星なのか赤髪の言葉に金髪が言葉を詰まらせる。
見た目的には金髪の方が強そうなんだけどな…。
「うぐッ!で、でもよ……。」
「それにアイツも言ってただろぉ?他の連中と騒ぎ起こすなってよう。」
どうやら金髪と赤髪には他に仲間がいたらしい、最初の振り分けで別の場所からのスタートになってしまったのだろうか?
「ところでお兄さん達、私達に何か用があるんじゃなかったの?」
睨みあっている金髪と赤髪のチンピラコンビに、マイペースなイツキが検討違いな質問を投げ掛ける。
奴等が最初に声をかけて来たときの事を言ってるのだろうが、あれはイツキに近付く為の口実だったはずだ。
「あぁ、そういやぁそうだった!実は俺らぁ二人、ゲームを始めたのは良かったんスけど……何故かいきなりダチの一人とはぐれちまいましてぇ。」
アレ?何か赤髪がマジな感じで語り始めたんだけど?
「色々ぉ歩き回って、何とか此処が街の北側だっつぅのが解って街にダチを探しに行こうとしたんスけど、今度は門番に邪魔されやして……無理矢理ぃ通ろうとしたんスけど、逆にボコボコにされちまったんスよぉ。」
なるほど、妙にこの辺の事情に詳しいとは思ったけど、その時に色々知ったのだろう。
「そんで、いったん休もうと広場に戻って来たらぁ、そっちの姉さんが話してんのがぁ聞こえて……そしたらぁ来たばっかりだってぇのに、妙に色々詳しいみたいじゃあないスか!」
そう言って赤髪が視線を向けたのは、なんとイツキでは無く私の方だった。
確かに広場でイツキ達に色々説明はしたが、まさかそれが原因でこんな事になってしまうと思わなかった。
「この手のゲームはぁ自由なのが売りだっつうのは聞いてやすが、俺等も最初のヒントくらいは欲しい…そんで、その…まぁ、一番話やすそうなお嬢さんに……ねぇ?」
あ、金髪は知らないけどこの赤髪は下心有りだな。視線が泳いでるし。
確かにアニキは見るからに堅物だし、私も目付きが悪い根暗ではあるけど、別にイツキが一番話しやすそうって事は無いだろう……たぶん。
「だったら普通に聞いてくれれば良かったのに……」
「す、スンマセン…その、そっちの兄さんがぁ…えっと…あんまりにも強そうだったんでぇ、つい漢の性で!」
不思議そうなイツキの問いに、赤髪はイツキに見られるのが照れるのか、しどろもどろになりながらも明らかに嘘臭い言い訳をする。
不良のプライドだろうか?アニキが恐くてつい手が出てしまったとは言えないようだ。
ゲーム内では戦闘狂なイツキはなるほどと騙されてしまっているが、この件は私も黙っておくとしよう。
よくよく思い出してみると、コイツ等は確かに見た目はアレな感じではあったが、暴力的な感じやイツキに何かしようという感じは確かにあまり無かったかもしれない。
シスコンスイッチが入ったアニキは鬼のようになるからな……この二人には私達の方が悪い事をしてしまったのかもしれない。
「じゃあ、せっかくだから情報交換しておこうか?話しちゃっても良いんでしょ?ちーちゃん。」
どうやらイツキの中では対チンピラ問題は解決した事になってしまったらしい、意識が今後の為の情報収集へと切り替わってしまったようだ。
確かにチンピラコンビからも、周囲に残ってるギャラリー達からも、先程までの緊迫した雰囲気はほとんど感じない。
私が散々頭を悩ませていたのはなんだったのだろうか?微妙に納得出来ない気持ちだけが胸に残ってしまった。
「良いんですかい?俺等ぁ大した情報持ってる訳じゃあ無いですぜ?」
「別に問題ない。私が知ってるのは一応公式サイトに載ってる情報だし……一度ログアウトして確認してくれば解る情報でしか無いぞ?」
赤髪の変な口調での問いかけに、私は頷きながら問い返した。
この時、私の話が聞こえたのだろう。ギャラリーから数人ログアウトしていくのが見えた。
随分と気が早い連中も居たものだが、残りのギャラリー達も少なからずざわつき始めた。どうやら私が思っていた以上にプレイヤーに事前情報が行き渡っていないようだ。
「場所を変えますかい?俺がぁ言えた事じゃねぇが、どうにも性質が悪い連中がいるようですぜ?」
意外と律儀な性格なのだろうか?赤髪が顔をしかめながらそう提案してきた。どうやら何も言わずにログアウトしていった人達の事が気に入らないようだ。
「あ、あの!私も参加させてもらって良いですか?」
最初に手を挙げてそう発言したのは女性プレイヤーだった。赤髪の発言で情報源が居なくなると焦ったのか、そこからギャラリーにいたプレイヤー達が次々と声を上げる。
「お、俺は街の外に行ってきたぞ!」「自分は買い物できる場所を知っている!」「死んだけどモンスターと戦闘して来たッ!」「私は宿屋の場所ならおしえられます」「何も知らないけど参加して良いですか?」「後で御礼はするから混ぜてくれ!」
何というか勢いが凄い。街の外縁部に降りたって一時間と経ってないのに、何だか大変な事になりそうだ。
「凄いね、ちーちゃん!大情報交換会になっちゃうね!」
無駄に賑やかになってきた状況に、イツキが楽しそうに笑う。
私としては、むしろそんな展開は無かったことにして欲しいのだが、今更そんなことを言えるはずも無い。
………このカオスな状況、誰が面倒見るの?