07
光に飲み込まれて僅か数秒後。顔に風を感じた私は、しっかりと閉じていた両目をゆっくりと開いた。
今回はチュートリアルの時のように地面に叩きつけられる事もなく、目をギュッと瞑っていたおかげか視力の方も何とか正常な状態を保っている。
周囲を確かめるように見回してみると、少し離れた所に巨大な防壁がそびえ立っており、さらにはそれに沿うように簡素な建物がいくつも立ち並んでいた。
私達が立っていたのは、女神を模したと思われる石像が置かれた広場のような所だった。
ちょうど此処がリスポーンポイントになっているのか、すでに死に戻りして転送されてくるプレイヤーの姿もあった。
恐らくはチュートリアルや準備もせず、とりあえずフィールドに出てしまったのだろう。
「意外と殺風景なんだな…」
すぐそばから聞こえた声の主はアニキだ、どうやら無事はぐれずに転送できたようだ。
確かにアニキの言う通りいまいち魅力にかける風景が広がっているが、公式の事前情報の通りなら、開始地点にはちょっとした仕込みがあるはずだ。
「ねえ、私達が今いるの壁の外側じゃない?もしかして街の中に入れないのかな?」
流石と言うかなんと言うか、アニキと同じく無事に一緒に転送できたらしいイツキは、すでに私達が置かれている状況に気付いたようだった。
ここまで来たならネタばらしをしても問題ないだろう。
「正確に言うなら街の外縁部だな…情報通りならこの街は3層になってて、今いるのは開始地点の流民や訳有りな人達が住むって設定の外縁エリアのはずだ。」
二人に説明しつつ、何か情報を探せないかとメニューから色々操作してみるが、街の名前すら表示されていない。
セージさんからゲームが始まればゲーム的な表示はほとんど無いとは聞いてはいたが、まさかプレイヤー名すら表示されないとは思わなかった。
きちんと顔を見て覚えろと言う事なんだろうけど、私みたいにゲーム内でのコミュニケーションにばかり慣れた人間からすれば結構大変そうに感じる。
「もう!設定とか言わないでよちーちゃん!萎えるじゃん!」
ネタばらしした事自体は怒られなかったが、言い方の方で怒られてしまった。
確かにイツキのような感情移入しやすいタイプの人間にとって、雰囲気を壊す言い方だったのだろう。
今回は確かに私が悪い。イツキはそこまで怒っていないようだが、反省して今後は注意するとしよう。
「まずはギルドに行くと言う話だったが、街の中を目指せば良いのか?」
「ん~、そこまで詳しく説明されてた訳じゃないんだよな…」
アニキの問いかけに、私は曖昧に返すことしか出来ない。
公式サイトの情報では街に入るためにギルドに登録する必要がある事までは書いてあったのだが、具体的な手順やギルドの位置までは書かれてなかったのだ。
だが、街に入るためにギルド登録が必要と言うことは、ギルドに登録してからでなければ街に入れないということでは無いだろうか?
「とりあえず、行くだけ行ってみればいいんじゃない?」
考え込む私とは対照的に、特に何も考えてなさそうな感じで言うイツキ。
でも、確かに街の中に入ろうとする事で何らかのイベント等があるかもしれない。
改めて街があるであろう防壁の方に目を向けてみると、ちょうど女神像の広場から真っ直ぐ伸びた道の先に、入り口らしき物が見えた。
武装した門番らしき人影も見えるから、こっそり侵入という手段はやめておいた方が良さそうだ。
まぁ、それならそれで門番に話を聞くのも良いだろうと歩き出したのだが、そこで早くも邪魔が入った。
「なあ、そこの綺麗なお嬢さん達、そんなに急いでどこに行くんだぁ?」
「せっかくだから俺等にも教えてくれよ?」
現れたのは趣味の悪い似合わない金髪と赤髪の二人組の男達だった。
あまりにも古典的なチンピラの登場に軽くドン引きしつつも、私自身が大きな失態をしていた事に今更ながら気付く。
(イツキの顔を隠すの忘れるとか浮かれすぎだろう、私!)
心の中で自分自身に舌打ちしつつ、私達を庇うように前に出たアニキの背後に隠れつつイツキの手を掴み抱き寄せた。
チンピラ共は私達と同じ服装をしている。
ほぼ確実に彼等もプレイヤーである以上、これは用意されたイベントではないはずだ。
「おお!ちーちゃんがデレた!?」
「違うわ!ちょっと、大人しくしてろ。」
抱き寄せた時にちょうど旅人の外套にフードが付いていることに気付き、ついでにそれもかぶらせた。
イツキの容姿は良くも悪くも強く人を惹き付け、普通の人は様々に反応を示してしまう。
初めて知り合った時の私のように遠ざけようとする者もいれば、憧れて偶像化してしまう者もいるし、このチンピラ共のように強引にでも近付こうとする者も珍しくは無い。
「俺達に何の用だ?話だけなら聞いてやる…。」
背中越しに聞こえたアニキの声は、私の予想以上に低く重いものだった。
ヤバい、アニキの中のスイッチが軽く入ってしまったようだ。
「な、何だよ!やんのかコラァッ!?」
「や、やめとくなら今のうちだぜぇ?この辺りじゃあ、喧嘩くらいじゃ騒ぎにもならねぇらしいからなぁ!」
明らかにアニキの怒気と存在感にビビっている様子だが、チンピラにもプライドがあるのか退こうとする気配は無い。
むしろ脅迫するように怒鳴り付けて来る。
私的には結構恐いのだが、この程度で退く男がアニキと呼ばれるはずもない。
「もう一度だけ聞いてやる、用件を言ってみろ。」
さっきよりも強い口調と共にアニキが一歩踏み出す。
この一歩により、チンピラ達の中でギリギリ堪えていた何かが決壊してしまったようだ。
「な、ナメんなぁぁぁッ!!」
圧倒的な脅威と相対した時、人や動物は時として視野狭窄に陥り、飛び掛かることしか出来なくなる事があるという。
逃げよう避けようとしか思わない私にはまるで理解出来ない心情だが、恐らくはチンピラ達はそんな事態に陥ってしまったのだろう。
赤い髪の方のチンピラがアニキに殴りかかるが、それに対しアニキはむしろ踏み込んだ。
「脇が甘いぞッ!!」
屈むように懐に潜り込み、勢いを殺さぬように腕を取り、相手の体を捲き込み跳ね上げるように回転する。
「……は?」
高く体を浮かされたせいか、一瞬赤髪の呆けたような声まで聞こえた。
素人目に見ても綺麗と解る、そんな一本背負い投げだった。
そしてアニキはそのまま、容赦なく赤髪を地面へ叩きつけた。
「ゴガァッ!?グッ…ゲホッ…」
私もさっき似たような体験をしたから解るが、背中をおもいっきりぶつけると痛い上にまともに呼吸が出来なくなる。
私の時は柔らかい草原だったからまだいいが、此処は荒れ気味ではあるが石畳だ。尋常じゃない痛みと苦しみが彼を襲っている事だろう。
アニキが意図的に頭から落としてたら、普通に死に戻りになったんじゃないか?
一瞬の沈黙。
「テメェッ!良くも相棒を!」
一瞬の間の後、再起動した金髪が激昂する。
そして、よりにもよって腰の剣に手をかけた。
その行動に、いつの間にか集まっていたギャラリー達がどよめく。
「それを抜いたら喧嘩じゃ済まないんじゃないか?」
アニキが怯む事無くそう言葉を返すと、金髪が僅かに怯む。
そういえば妙にこの辺りの事情に詳しいが、すでに何かやらかしたのだろうか?
睨み合う金髪とアニキ。未だに蹲ったままの赤髪。
そして、なんかお腹が痛くなってきた私……。
この状況は非常に不味い。私達が悪役になるような事はまず無いとは思うが、完全に悪い意味で目立ってしまっている。
例え悪意がなかろうと、トラブルメーカーというのは敬遠される物だ。
アニキが負けることはまず無いだろう。だが、金髪を倒せばこの状況を確かに終わらせることは出来るが、このままでは私達は厄介なプレイヤーとして他のプレイヤー達に記憶されてしまう。
MMOで、しかも序盤でそんな事になれば、今後に大きな影を落とす事になってしまう。
「むぐ!?」
考えろ、何とかこの状況を好転させる方法を考えなければ…。
「むぐぐ…」
アニキと金髪は今にも激突してしまいそうだ。
早く、早く考え付かないと…。
「むぐぅぅ…!」
遠目に門番達の様子が慌ただしくなり始めるのが見えた。
不味い、最悪NPCの評価まで下がってしまうかも知れない。
金髪が剣を抜こうと本格的に構え、アニキが盾を構える。
ヤバい!まだ何も思い付いていないのに!
「覚悟しやがれ!このや…」
「死んじゃうよぉぉぉぉぉぉ!!」
金髪の言葉を遮って、突如大声を上げるイツキ。
金髪も、アニキも、ギャラリーのプレイヤー達も、全員が呆気に取られた様子でイツキを見る。
一斉に視線を受けながらも、何故かゼェゼェと呼吸を整えているイツキ。
「えっと…皆、ゲームは楽しくやらなくちゃだよ?」
フードを外したイツキは、リアルとは違う黄金の髪を揺らしながらそう言って微笑んだ。
そして、私はと言うと…、
いつの間に尻餅をついたのだろうか?
ペタンと地面に腰を落としたまま、呆然とその様子を眺めるのだった。