04
「さて、こんな感じで良いかな…」
例のごとく色々と悩んでしまったが、結局私は魔呪族を選択した。
候補としてはダークエルフと妖狐族もあったが、完全VRで私の運動神経が反映されることを考えると、獣人やエルフの身体能力を活かせる気がしなかったのだ。
そこで、魔法特化らしい魔呪族を選択してみた。
無論、リアルで魔法など使ったことは無いので自信は無いのだけれど。
「まさか青肌枠だったなんて…」
いや、そんな枠があるかは知らないけど…。
この魔呪族だが、いわゆる魔族や悪魔を意識しているらしく、どうにも見た目が特殊だ。
肌も普通の色がほとんどなく、緑や青、赤色や灰色等ばかりだった。
そして、そこに人外を示すような角や第三の目のような特徴がプラスされる。
つまり、どうしても目立ってしまう。
こうも特徴的な種族だと、基本的に目立ちたくない私からすると非常に困る。
そこで、なるべく目立たないように私が努力した結果がこれだ。
私の目の前にはアバターとなるであろう有角褐色の女が居た。
肌は一番まともそうな褐色に、角もなるべく小さく見えるように巻き角にしてみた。
髪は少し迷ったが現実と同じ肩くらいまでの長さにして、色は銀色にしてみた…派手な色ではあるがゲームなら問題ない、むしろ有りがちなくらいだろう。
『続いて戦闘チュートリアルに移ります。お友達との約束がある方はシリアルコードを入力してください。』
ふむ、ようやくアイン達と合流か。
キャラクターネームを『チバ』と入力してキャラメイクを確定し、言われた通りにシリアルコードを入力すると、突如周囲が一気に暗くなりはじめる。
《新たなる世界に挑む、勇気ある者よ…》
チュートリアルが早速始まるのかとも思ったが、何やら様子がおかしい。
急に今までと違う声が聞こえたと思った直後、真っ暗になった空間に漆黒のドレスに身を包んだ美しい女性がくっきりと浮かんでいた。
《我は闇の根幹にして、死と眠りを司る女神…ダルクリップ=シュヴァルナート=ディスサイレス》
何なんだこの超展開…!
パニックでほぼ思考停止状態の私に、覚えきれないほど名前の長い闇の女神様とやらが、重力などないように長い黒髪とドレスを揺らしながらゆっくりと近付いて来る。
《汝に祝福を与えよう…健闘を祈る。》
どこか気だるげな女神様はハスキーボイスで私にそう告げると、ゆっくりとこちらに手を伸ばし…未だに実体が無いはずの私の額に触れた。
女神様が触れた瞬間に変化したのか、それとも実はその前から変化していたのかは解らないが、とにかく私は気付けば褐色銀髪の魔呪族となっていた。
だが、その事をちゃんと確認している暇は無い。
何故なら、女神様と接触した直後、今度は閃光に呑み込まれて何処かへと落下し始めたからだ。
「ガハァッ!…ぐ……ゴホッ」
産まれて初めて重力に怨みを覚えた。
おもいっきり地面か何かに背中から叩きつけられ、私は痛みと衝撃で思いっきりむせた。
しかも、先程の閃光で目が眩んだせいで周囲が確認できない。
なるほど、完全VRと言うだけあって背中と目の痛みもリアルだ…決してこんな形で体験したくは無かったが!
「ちーちゃん!大丈夫ッ!?」
アインの声だ。
落下地点の近くにいたのか、すぐに私を抱き起こして背中を擦ってくれた。
「けほっ…ちーちゃんはやめてくれ…。」
「第一声がそれ?」
私的には重要なのだ。
恐らく私の本名を呼ばない為の配慮なんだろうが、その呼び方はウチの母親と一緒だから本気でやめて欲しい。
理由を教えたらむしろ嬉々として呼んできそうだから絶対教えないけど。
「むぅ、チバちゃんよりちーちゃん可愛いのに…」
「とにかくやめろ…って、髪短くしちゃったのか?」
ようやく視力が回復してきた目をアインに向けると、当然の事ではあるがアインの姿も現実とはだいぶ違っていた。
本来のアインの金髪は正確に言うと色素が薄い白金色なのだが、その色素が濃くなり黄金色になっていた。
しかも、腰まである長髪もショートカットに変更され、見た目だけは儚かった印象が、見るからに活発そうな感じに変わっていた。
「うん!せっかく動ける体な訳だし、動きやすい方が良いなと思って!」
そう言えば私の体を普通に支えている。
幸いなことにどうやら現実での身体能力は反映されていないようだ。
アインの頭上あたりに浮かぶ名前を確認すると「イツキ」と記されていた。
一月生まれだからと言う雑な理由でつけられ、以前からアインがゲーム内で使っている名前だ。
「イツキ…そういやアニキの姿が見えないけど、まだ来てないのか?」
「私より先に来てそっちにいるよ?」
珍しい。いつもなら妹のそばから離れない過保護な兄なのに。
痛みも引いたので立ち上がって周囲を見回して見ると、どうやら私達は広大な草原のような場所にいるようだった。
かなり距離はあるが、私達以外のプレイヤーの姿も遠くに何組か見えた。
そして、肝心のアニキはというと、何故か少し離れた所に立ってこちらを見ていた。
「アニキ、そんな所で何をやって…」
「来るなっ!!」
アニキに近づこうとしていた私は、あまりの驚きで体がビクッと跳ねた。
急な大声にももちろん驚いたが、アニキがそんな行動をとった事自体が驚きだ。
アニキ…月城鉄星は基本的に優しい。
私と彼との付き合いはほんの一年程度だが、彼が声を荒げる所なんて数回しか見たことがない。
その数回も床に落ちたガラス片を踏みそうになったり、車にひかれそうになった時などであり、他者を思っての事だった。
「すまない…だが、それ以上は近付かないで欲しい。」
アニキは私を見て申し訳なさそうにしながらも、ハッキリと拒絶を示した。
何故か、とてもショックを受けている自分がいる。
「大丈夫だよ、ちーちゃん。お兄ちゃんケモ耳が生えちゃって恥ずかしがってるだけだから!」
「マジか!アニキ、大人しくどんな仕上がりなっているか私に見せるんだ!」
さっきまで何か感傷的なことを考えていた気がするが、アイン改めイツキの一言で全部吹っ飛んだ。
こう見えて私はわりと動物好きなのだ。
「くっ、この愚妹め…あれほど言ったのに裏切ったな!」
「これから一緒にやってくんだから絶対すぐバレるよ。だったら早い方が良いじゃん?」
一気に近づこうとする私に対し、アニキはイツキに毒づきながらもジリジリ後退する。
「普段から飾り気が全く無いアニキがわざわざ長い髪に変えてるからおかしいとは思ったんだよ!さぁ、無駄な抵抗は止めてモフらせろ!」
リアルでは短髪の兄貴だが、今はボリュームのある黒髪が肩近くまで伸びている。
どうやら髪で耳を隠しているようだ。
「チバ…冷静になるんだ。よく考えろ、確かに獣耳はあるが俺だぞ?誰が得をすると言うんだ!」
少なくとも私は得をする!
確かにアニキはイケメンや美少年というには少しばかり厳つ過ぎるが、それはそれでギャップ萌えと言うものだ。
「私も得するよ!さっき見せて貰ったけど、私もモフモフしたい!」
私と反対方向からイツキも迫る。
現実の私達である千葉とアインが5人づつ居ても、アニキ一人にまるで敵わないだろう。
だが、今の私達は新たなる世界への挑戦者たるチバとイツキであり、アニキも鉄星ではなく新人のクロガネである。
幸運なことに、アインの身体能力がイツキに反映されていないように、アニキの化け物染みた身体能力もクロガネには反映されていないようだ。
獣人の特性で私達よりは多少身体能力が高いそうではあるが、リアルほどの戦力差は感じない。
結果、私達の猛攻にアニキはついに逃げることを諦めた。
「くッ……好きしろ!」
何かが間違っている気もするが、細かいことは気にしてはいけない。
とりあえず、立っていられると触りづらいのでアニキには座ってもらう。
「おぉ!本当に生えてる…これは、犬耳?」
「人狼族だって、だから正確には狼耳?」
アニキが何故か険しい顔で目を閉じたまま動かなくなってしまったので、私の疑問にはイツキが答えてくれた。
「あれ?お兄ちゃんの髪が何か違う…少しモフッとしてると言うか…」
「うん、何か髪質まで動物っぽくなるんだな…」
容赦なくワシャワシャと実兄を撫でるアインに続き、私も遠慮がちに黒髪に触る。
実際の動物そのままでは無いが、確かに髪質が変化しているようだ。
加えて厚みもあるため、まるで毛皮のような手触りだ。
「今耳動いた!!」
「ホントだ!」
狼耳がピクリと動いたのを見た私達は、反射的にその手を狼耳へと伸ばしていた。
「そろそろ止めろ、こそばゆい…」
ちゃんと感覚がつながっているらしく、アニキが眉間のシワを深くしつつ抗議してくる。
恐らく表情がくすぐったさで弛むのが嫌なんだろう、時折顔をひきつらせながらも、何とか険しい表情をキープしている。
今までのVRでは触覚の感覚がいまいちだったので、獣人や動物と戯れる時はどうしても物足りない感覚があり、がっかりすることも多かった。
だが、アナザーワールドフロンティアは完全VRというだけあって感触がとてもリアルだ。
これなら今後モフモフと戯れる時も期待できそうだ。
「さてと、じゃあ次はちーちゃんの番だね?」
「ちーちゃんはやめろと…はぁ?私の番?」
アニキが私達を振り払うように立ち上がってしまったので、この流れは終わりなのかと思ったらイツキが妙な事を言い出した。
「そうだな、その姿について説明してもらいたいしな…」
先程まで少し疲れた表情をしていたアニキだが、こちらを見る目が何か怖い。
「銀髪にしたんだね意外と似合ってるよ!角もなかなかいい感じだね!」
イツキが私に抱きついてくるのは別に良い。本当に良いのか多少疑問は残るが、いつもの事ではある。
「肌の色はどうしたんだ?お前の趣味じゃ無いだろう?」
アニキの問いは想定内ではある。ちゃんと説明したいのだけど…何というか、アニキが私の頭を撫でて来て困る。
別に撫でられて痛いとかイヤらしいとか、そういうわけでは無いのだけど…何か…
「角本当に生えてるね。でも、何かよく見ると水晶っぽくない?」
「確かに、真っ黒だし…あまり生き物の一部という感じが無いな。」
私の角をイツキがペタペタと触ってくるのだが、その度に変な感覚が走りゾワゾワして気持ち悪い。
そして、アニキが頭を撫でるのをまだやめてくれない!
「あの…二人とも、そろそろ勘弁していただけないでしょうか?」
何とか絞り出した声は何故か敬語になってしまった。
「その前に何か言うことは無いか?」
「悪ノリが過ぎました…すみませんでした」
アニキに促されるがままに私は謝った。
まさか、異性に頭撫でられるのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。
きっと妹と私に撫でられまくったアニキは倍はキツかっただろう。
いや、男性の場合もっと気にしたかもしれない……これが因果応報というモノなんだろうか?
「あの……そろそろチュートリアル始めさせてもらって良いかな?」
突然の第三者の声。
私は驚きにカタマリつつも、己の愚かさを呪った。
そうだ、私達は…
チュートリアルを受けにきたんだった!