02
「…チハちゃん、何で凹んでるの?」
リビングのテーブルに突っ伏して落ち込む私にアインが不思議そうに声をかけてきた。
「全部アニキが悪い……」
本当は私も少食なアインと同じく、食パン一枚でやめておくつもりだったのに…気付けばオムレツと一緒に食パンをおかわりしてもう一枚追加で食べていた。
そもそも、近所のパン屋から購入したというやわらか美味しい食パンの上に、軽くほぐしたとろふわオムレツと自家製トマトソースをトッピングするという凶悪コンビネーションをアニキが提案してきたのがいけなかった。
しかも、よりによって私がすでに一枚目を食べ終えた後に言い出したのだから、その罪は中々に重いのでは無いだろうか?
「もう!お兄ちゃん、よくわからないけどチハちゃん凹んじゃったから謝ってよ!」
うん、発端は確かに私だが、第三者の口からこんな理不尽な言葉が出てくるとはビックリだ。
「断る!謝るような事をした覚えはない。謝罪を求めるなら理由を教えてもらおうか。」
そして、この人もブレないな!真面目というか堅物と言うか…美少女のお兄ちゃんってのは普通もっと妹に甘いものなんじゃないのか?
「解った。さぁ、チハちゃん!お兄ちゃんにチハちゃんが受けた仕打ちを教えてあげてよッ!!」
「言えるかッ!人が軽い八つ当たりのつもりで言っただけの台詞で勝手に盛り上がるなよ!」
アインの無茶ぶりに思わず顔を上げて反射的に突っ込んでしまった。
もしかしてこの子は私に羞恥プレイをしたいだけなんじゃ…。
「まぁ、落ち着くんだチバ…一応、今後の参考に理由を教えてもらおうか?」
アニキ、お前もか!
「止めてください鉄星先輩…状況によっては根掘り葉掘り聞くのもセクハラですよ?」
「………。そうか、すまん。」
これ以上追及されたくないから強めに拒絶したんだが、思ったより凹んだようだった。
ちなみにチバと言うのは私のアダ名のようなものだ。
私の本名がそもそも千葉と書くので捻りも何もないが、分かりやすくて適度に没個性的な感じがそこそこ気に入っている。
「流石チハちゃん!お兄ちゃんをこんなに凹ますことが出来る人間は中々いないよ!」
兄が凹んでいるのに何故かニヤニヤしながら私を見つめてくるアイン。
アニキも何だかんだでシスコンだから、アインが一言「お兄ちゃん嫌い!」とか言った方が凹みそうだと思うけどな。
「まぁ、下らない話はここまでだ…実は今夜から始まるゲームについて話がある。」
確かに変な展開になってきた話題を切り替えるという意味もあったのだが、私が話を切り出した瞬間二人の態度が露骨に変わった。
「ちょっと、チハちゃん?私との約束忘れた訳じゃないよね?」
珍しくムッとした表情を浮かべたのはアイン。アニキの方はどちらかというと私がこんな事を言い出したこと自体に驚いているようだ。
「もちろん覚えてる。だが、昨日の夜に例のゲームの公式ホームページ見てたら、流石に言っとかないとプレイに影響出そうな事を見つけたんだ…」
前日に迫っていたこともあり、念のためチェックしようとホームページを見ていたら、とんでもない事が書かれていたのだ。
「……私、ネタバレとか嫌いなんだけど?」
無論そんなことは知っているし、私だって嫌いだ。
だが、サプライズ好きのアインと違い、私は知って良い情報ならなるべく事前に調べておきたい派なのだ。
「知っておかないと一緒にプレイ出来ない可能性があるとしてもか?」
「えっ!?……ぅぅ……どういう事なのチハちゃん?」
私が少し強い口調で問いかけると、流石のアインも多少不満げながらも説明を受ける気になったようだ。
一応、アニキの方にも視線を向けてみると、無言で頷いて同意してくれた。
こういう時にアニキの方は話が早いから助かる。
二人の了承が得られたので、私は早速問題についての説明を始める。
さて、何から話そうか…。
アナザーワールドフロンティア
このゲームは、最新鋭の技術を結集して作られた完全VRMMORPGであり、これまでのVRゲームでほとんど再現できていなかった『味覚』や『嗅覚』、そして『触覚』等をほぼ完全に再現する事が出来るという。
リアリティーを売りにしているだけあって、従来のVRにあったコンピューターに動かされているような違和感もほとんど無く、本当に自分の体のような感覚で動けるらしい。
その性能とこだわりは凄まじく、β版のプレイヤーからは良くも悪くも必要以上にリアル過ぎると評判らしい。
「まず…ログインしたあとのプレイ開始地点が4つ有ってな、このまま普通に始めるとランダムでバラバラにされるらしいんだよ。」
「バラバラ……でも、それなら集合場所決めて合流すれば良いんじゃないの?」
私の言葉に不思議そうに首を傾げるアイン。
確かに普通のゲームならそれで問題ないし、問題無いように作ってある。
「つまり…普通の方法じゃ合流は難しいと言うことか?」
アニキも気になるのか珍しく自分から質問してきた。
ここで全部説明することも出来るが、これ以上のネタバレはやめておくべきだろう。
「いや、合流自体は普通の方法で簡単に出来る…ゲームが始まったらこのシリアルコードを入力してくれ。
そうすれば同じ場所からスタートできるから。」
メモ帳とペンを借り、昨日のうちに取得したシリアルコードを書き込んで二人に渡した。
とりあえず食事も済んだし要件も済んだし、今夜に備えて部屋に戻って少し寝ておくとしよう。