21
「ちーちゃん!朝だよぉぉッ!!」
翌日、いつものようにアインが起こしに来た。
あの後色々やってからログアウトしたから正直かなり眠い。
「ほら!お兄ちゃんがご飯作って待ってるよ?」
当然のように部屋の中まで浸入したアインに何度も体を揺すられるのだが、非力すぎてまるで効かない。むしろ適度な揺れが心地良いくらいだ。
「今日は無理…頼むから昼までは寝かせて…」
「もうお昼だよ!ご飯食べて早くログインしようよ!」
どうやら思った以上に眠っていたらしい。仕方無く片目を開けて時刻を確認してみると、確かにおはようとは言えない時間になっていた。
本当はまだまだ寝足りないのだが、アイン達には協力してもらわないといけない事もある。頑張って起きるとしよう。
簡単に身支度を済ませて兄妹の部屋に向かう。
部屋に入った私を出迎えたのはダシの匂いだった。今日はどうやら和食を用意してくれたらしい。
「また寝不足か…何時に寝たんだ?」
「………深夜と早朝の間くらい?」
「………。はぁ、今日は早めにログアウトするんだぞ?」
眠気が顔に残っていたのか、アニキに会って早々そんな質問をされてしまった。
私の返答にだいぶ呆れた様子ではあったが、今日のところは説教は勘弁してくれるらしい。初日ということで甘く見てくれたようだが、本当に眠った時間を言ったら危なかったかもしれない。
朝日が昇ってから寝たなんて言ったら、今後のアニキによる私の健康管理が強化されるなんて事もありえる!
「本当はやりたくは無かったが、朝食は抜いた……その分しっかりと食べて栄養を取ってくれ。」
よほど朝食を抜いたのが嫌だったのか、今日の昼食はいつもより品数が妙に多かった。幸いカロリーが高そうなものはあまり無いが、今日は寝不足もあってあまり食欲が湧かない気がする…アニキには悪いが今回は控え目に食べるとしよう。
…………。そう思っていたはずだった…。
豆腐ハンバーグがメインだったんだけど、どうやれば豆腐があんなにフワフワでジューシーになるのだろうか?アニキ曰く隠し味のすりごまとダシの使い方がポイントらしい…加えて主役を引き立てる繊細な副菜の数々!優しくも強力な波状攻撃を前に、今日も私は成す術もなく食べ過ぎたのだった。
食事を終えた私達は少し休んでからゲームへとログインした。
「じゃ、こっちに着いたら連絡してくれ。」
『了解!なるべく急いで向かうね!』
食後の休憩中にだいたいの事は二人に話した。私がクエスト失敗になった事を知った二人は後遺症が治るのを待って再挑戦しようと言ってくれたが、そこは丁寧に断らせて貰った。
二人の足を引っ張るのも嫌だったが、それ以上に早く先に進んでみたいという思いもある。
それに、昨夜から準備した作戦がうまくいけば、もしかすると今日中に納品用のアイテムを入手出来るかも知れない。
最後の確認の為にギルドの資料室に寄った後、いよいよ私は目的地である道具屋に向かった。
『…いらっしゃい。……あぁ、先日はどうも。悪いけど物価はまだ戻ってないよ。』
昨日と同様に店員とは思えない低いテンションで出迎えてくれるお姉さん。
すぐには信じがたいが、私の調べではこの店のお姉さんがこのエリアで一番顔が利く店らしい。
「いや、今日は買い物しに来た訳じゃないんだ…。水の確保を何とかする方法があるんだけど…私と組む気はある?」
私は早々に本題を切り出した。
本当はもう少しちゃんとした感じで交渉するべきなのかもしれないが、私はあえて日常会話のように切り出した。。
体裁を整えようと思えばいくらでもやりようはあるが、あまり話を大きくしてしまうと交渉の進行速度が遅くなってしまう。
それに、別に大きな利益を得る事が目的ではない。冒険者として彼女に使って貰い信用を得て、報酬代わりに彼女の人脈を借りて納品アイテムを探し出す…それがクエスト達成の為に私が考えた計画なのだ。
『…ふ~ん。……良いよ…話だけでも聞かせてもらおうかな?』
薄いリアクションではあるが、予想通り私の話に興味を示してくれたようだ。少し騙しているようで申し訳ない気分になるが、水不足による物価上昇などの問題が深刻化してきている事も、昨夜のうちに確認済みだ。
彼女が良識のある人間なら、多少のリスクは無視してでも私の話に食い付くしかないはずだ。
「だったら少し待ってくれないか?水源を確保するために、あなたに会わせなきゃいけない奴がいるんだ…それに、準備して欲しい物もある」
ここまでは予定通り。重要で、尚且つ問題なのはここからだ。
クーシーと人間の代表者を会わせる。
イツキからの連絡も届き準備はできている…だが、両者を引き合わせてどうなるのか、正直かなり不安だった。
場所は例の球体が無数に浮かぶ、街と草原の境界線。人間と妖精の種族の壁を越えた交渉は、予想外の展開から始まった。
『お初に御目にかかります。私は人間の街でよろず屋を営むカルタロッテと申します。』
『うむ、我は妖精騎士ブルー・クーシー…人間族の中にも礼儀をわきまえた者はいるようだな。』
クーシーに出会った直後、普段の気だるげ雰囲気が嘘のような素早さで片膝を突いてクーシーに礼をする道具屋のお姉さん。クーシーとお姉さんの性質的に物騒な事にはならないだろうとは思っていたが、これはどういう事なのだろうか?
『ふむ、楽にして良いぞ…御互いに事情を把握出来ていないようだな。』
『ありがとうございます。やってくれたね、魔呪族のお嬢ちゃん……貴族に会わせるなら先に言っておいて欲しかったな…』
道具屋のお姉さん改め、カルタロッテさんが私を少し非難するような目で見つめてくる。
ゲームのジョブのような感覚で聞いていたから忘れていたが、確かに騎士というのは本来は職業などではなく、騎兵として戦うことで領地を与えられた下級貴族などを示す言葉だったらしい。日本で言う大名のようなものだと考えればイメージしやすいだろうか?
確かに完全に私のミスなのだが、自分からセッティングしておいて今さら忘れていて気付きませんでしたと言う訳にもいかない。ここは強気な姿勢で交渉を続行するとしよう。
「相手が誰であろうとやるべきことは変わらないだろう?今さら引き下がる余裕はあるのか?」
内心ビクビクしているのを必死に抑え、あたかも全てが予定通りといった風に振る舞う私。うん我ながら中々に嫌な奴だ。
『それはそうなんだけどね、貴族を相手にするならそれなりに準備というものが必要なんだよ?失礼があったら大変だからね。』
『我は構わんぞ?元々、堅苦しくて面倒な振る舞いは好かんからな…』
確かに普通は貴族の機嫌を損ねたら大変な事になる。中々痛いところを突かれてしまったが、巧いタイミングでクーシーが助け船を出してくれた。…クーシーには色々話していたから、案外私の思惑に気付いているのかも知れない。
「じゃあ早速交渉を始めよう…まずは確認だな、妖精族と人間族。御互いにどういう動きがあったのかを知る必要がある。」
まずは私も独自に調査した人間側の状況。
何故水の値段が高騰したのか?直接的な原因はブラッディベアなのだが、そもそもは外縁部の街の立場の悪さが背景にあったりする。
まず、基本的に外縁部の街に住む人間は自由に防壁の中に入ることができない。加えて、外縁部の街は東西南北の門の周りにそれぞれ存在しているものの、基本は寄せ集まりの集団でしかない。そのため物資の流通は基本的に内側の商人の影響が大きいらしい。
川沿いに存在し農耕地としての側面も持つ南側は比較的安定しているらしいのだが、私達が居る北側は森での狩猟中心。主な水源も森の中にあったため、ブラッディベアの出現は大きな影響を与えたらしい。
それでも危険を承知で一番近い水源は使っていたようなのだが、そこにも魔物が…実際にはクーシーが住み着いてしまい水の入手が出来なくなってしまったのだ。
本来なら助けが必要な状況である。だが、立場の弱さもあって、タチの悪い商人にぎりぎりまで水の値段をつり上げられてしまったというのが現在の状況らしい。
次に妖精族の状況だが、こちらも大変な状況だったようだ。
クーシーが守護する水の妖精達は本来、森の奥地にある湖に住んでいるらしいのだが、今回は湖のすぐそばでブラッディベアが発生してしまい、妖精達が襲われてしまう事件が多発したそうなのだ。
クーシーの戦闘力があればブラッディベアの討伐は難しく無いようなのだが、ブラッディベアも馬鹿ではない。明らかに格上のクーシーを避け、単独行動の妖精ばかりを狙って暴れていたそうなのだ。
仕方無くクーシーは広すぎて守り難い湖から妖精達を一時的に避難させることを決めた。その場所と言うのが、例の水源として使われていた泉だったのだ。
さて、こうして今回の事件をまとめてみると、色々偶然が重なって複雑化していた状況が、原因であるブラッディベアを倒したことで全て解決してしまったような気がしなくもない。
だが、このゲームが本当にリアリティを追求しているのなら、そう簡単に話が終るはずは無いのだ。
『やはり、すぐに湖に戻ると言うわけにはいきませんか…』
『うむ、悪いとは思うが今回は禍獣が暴れていた期間が長かった…安全確認出来るまでは動く訳にはいかん。もし障気に犯された獣が残っていれば、また禍獣が生まれる可能性もある。』
予想以上に面倒事が残っているようだ。恐らく今回の事件は本来、複数のクエストが複合したものだったのだろう。
もちろんメインはブラッディベアの討伐なのだろうが、他にも水や食料の調達や納品に障気に犯された獣達の討伐。生産職なら飲めない水の濾過装置の製作や対ブラッディベア用の装備や薬品の納品。特殊な部分では水の値上げをしている悪徳商人の調査や是正といったクエストもあったかもしれない。
少し考えただけでもこれだけのクエストがあったと思われるのだが、今回は私達が真っ先にブラッディベアを討伐してしまった。
恐らくはブラッディベアの討伐も本来はもっとクーシーの力を借りるものだったのだろうが、こうして順序を無視して問題を解決してしまった事で、それらの皺寄せが多くの未解決な問題として残ってしまっているのだ。
メタな見方をしていまうのなら、クーシーの言う通りブラッディベアのような禍獣を再発生させた方が、ゲームとしてのバランスは取れるかもしれない。
『確かにその通りです。ですが、私共もこれ以上水の調達が滞るのは避けたいのです…どうか、水を分けていただく訳にはいきませんか?』
頭を下げてクーシーに懇願するカルタロッテさん。クーシーの言う安全確認は人間達にも必要な事だ。
森の中に水源は他にもあるらしいが、安全を考えるならやはり一番近くの水源を確保しておくべきだ。それに、クーシーと言う守護者がもし味方に回ってくれるのなら、水を汲む人間の安全はより確実な物になる。
『貴様等が本当に水を必要としている事は解った。だが、我が同胞の中にはか弱く精神が幼いものも多い…信用できぬ者を近づかせるわけにはいかんのだ。』
クーシーの発言も当然のものだろう。しかも、すでに何組かの人間達が水を求め、無理矢理泉に近付こうとして迎撃されたと言う。
こうなってしまうと、普通は簡単に認めて貰うことは出来ないはずだ。
『解りました。では、私を含めた水を汲む人員が女神の名の下に誓約を立て、その誓約書を貴方に預けると言うことでどうでしょうか?』
そう言ってカルタロッテさんは一枚の羊皮紙を取り出した。
《神聖なる羊皮紙》
品質B+
高度な浄化が施された羊皮紙に、神官の儀式で女神の力を宿らせた特別な羊皮紙。
この羊皮紙で作られた書物や書類には特別な力が宿る。
製作者・シスターアンジェラ
今まで見たアイテムの中でも飛び抜けた品質のアイテムだが、今回重要なのはそこでは無い。
この紙を使って誓約書を作ってそれを破ってしまった場合、本当に天罰のようなペナルティが発生するらしいのだ。
『ほう…そこまでの覚悟を見せるか!』
『えぇ、先にこちらが手を出してしまった以上、命くらい賭けなければ信用していただけそうにないので…』
これも今回の交渉の為に色々調べて私が用意して貰った物ではあるのだけど、ここまで話が大きくなるとは思わなかった。
そもそもカルタロッテさんがこんなに真面目だった事が予想外だ。
二人のイメージからもう少し和やかに交渉は進むと思ってたのに、命まで賭け始めてしまった…もしこれで後々誰か死んだらどうしよう?何だかストレスで胃が痛くなってきた…。
『良いだろう、貴様を信用して水を汲む事を許可してやる。ただし、誓約書には我も手を加えさせて貰うぞ?』
『……解りました。可能な限りそちらの条件はのみますので、よろしくお願いします。』
当事者じゃないから当たり前ではあるけど、交渉が始まってからは完全に蚊帳の外だ。
これで色々とカルタロッテさんにお願いするのは何だか申し訳ない気がするが、交渉自体はちゃんと進んでいるようだ。
後は誓約書が完成するのを待てば、私も次の段階に進むことが出来るはずだ…。
『魔呪族の小娘よ、貴様には誓約の保証人になってもらうぞ?』
『そうですね、今回の切っ掛けを作ったのはお嬢ちゃんだ…少しは責任を背負って貰おうかな?』
急に話を振られたと思ったら二人揃ってニヤニヤしながらとんでもないことを言い出した!
何やら責任重大な雰囲気にキリキリと悲鳴を上げる私の胃腸…
交渉の成功は目前。
頑張れ私!多分何とかなるはずだ。頑張れ私の胃腸!お願いだから何とか最後までもってくれ!
うまく納まるようなら、次で第一章完結します。




