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戦闘決着。予想外に長くなりました。

ブラッディベアの周りを私が創り出した闇が取り囲んで行く…。

元々は撤退に使うするつもりだったから最低限の制御しかしていなかったが、改めて残った魔力をギリギリまで注ぎ直し、しっかりと意識を繋ぎ直して制御出来るよう整えていく。

魔力の使い過ぎのせいか視界が揺れ体に力が出ないような症状が出始めた…これでは勝ったとしても帰りはクーシーに完全に頼りきる事になるだろう、あわよくば乗せてもらってモフモフしたい。モフモフ…


「チバ、準備は良いか?」


集中し過ぎて少し意識が飛びかけたが、アニキの声で正気に戻された。

アニキの小声での問いかけに私が大きく頷くと、アニキも配置につくため音もなく走り出した。闇の範囲を狭め、ブラッディベアに比較的近い位置で待機している為、ここから先は下手に物音を立てるわけには行かないのだ。


アニキが配置につくのを待って、作戦開始だ!


「HEY!クマさん!私達はこっちだよ、かかってきなよ!」


まず動いたのはイツキだ。私達は止めたのだが、自分だけ何もしないのは嫌だと囮役を買って出たのだ。

早速ブラッディベアがイツキの挑発(本人曰くアメリカ仕込み)に反応し、そちらへ攻撃しようとするが、それをさせるわけにはいかない。


「ーーーッ!?」


唐突にブラッディベアの目の前を黒い影が横切る。

過敏に反応したブラッディベアはイツキへの攻撃をやめ、影の方へ攻撃目標を切りかえる。

だが、影の正体はただの闇の塊。ブラッディベアに叩かれて簡単に霧散してしまう光景を見ていると色々と不安にはなるが、これこそが私達の作戦なのだ。


「かごめかごめ、カゴの中のトリは…いついつ、であう…」


私は何となく浮かんだ童謡をモチーフに呪文を唱え始めた。本当は歌った方が効果的かも知れないが、生憎そこまで陽気な性格ではないのだ。


「よあけのばんに、つるりつるりとすべる…」


歌詞を少しアレンジして作った呪文は正解だったらしく、ブラッディベアを囲む闇が私のイメージ通りに蠢き始める。

闇の中から先程と同じような闇の塊が幾つか切り離され、私の呪文に従うようにブラッディベアの周りを飛び回り牽制していく。


(今のところはイツキの予想通りだな…)


内心驚きつつも、私は呪文を繰り返し呟いて魔法の制御を続ける。


イツキが考えた作戦は簡単だ。

闇の影に隠れながら何らかの囮をブラッディベアへと飛ばしまくり、それをブラッディベアに叩き落とさせて隙を誘発させるという、余りにも大雑把な物なのだが、驚くべき事に今の所成功してしまっている。

私の即興魔法『夜籠目』が上手くいった事も要因かもしれないが、やはりイツキの言った弱点が的中していたのが大きいだろう。


(ブラッディベアの狂暴さを逆手に取る!)


ブラッディベアは強い。一撃必殺の破壊力と獣の機動力、それに加えて弱い魔法なら打ち消してしまう程の凄まじい魔力を纏い、極めつけに目が見えなかろうと突進し、腕が使い物にならなくような大きなダメージを受けようとも一切退こうとしない、狂気染みた獰猛さまで持っている。


だが、その獰猛さは恐らくブラッディベア自身にも制御できないものなのだろう。

だからこそ最初のアニキとイツキの陽動にも容易くかかり、こうして私が闇魔法で作り出した雑な囮にも食いついているのだ。

この様子なら私の魔法が無くても、案外闇に隠れてその辺の枝や小石を投げるだけで翻弄できたかもしれない。


とはいえ、戦い方まで雑というわけでは無い。

小さな標的を飛ばしたくらいでは、バランスを崩すほどの強い攻撃は使ってくれないようだ。


囮に使っている夜霧の闇も有限だ。下手に囮を放って無駄に消耗するよりは、この辺りで勝負に出るべきなのかも知れない。


「囲め、囲め、籠の中の鳥は…何時、何時出逢う」


覚悟を決めて改めて呪文を唱え直す。

何度か唱えて大体の感覚は掴めた。この魔法もボチボチ完成させるべきだろう。


「夜明の晩に…つるり、つるりと滑った。」


より強いイメージを込めて唱えた影響か、囮用の闇が歪な小さな人型へと変化してブラッディベアの周囲で踊り始める。

何だか我ながら怖いビジュアルの魔法になってきた気がするが…元ネタの童謡も実は結構怖かったりするから仕方がない。


「グルッ!?ガァァァァッ!!」


魔法の変化に気付いたのか、ブラッディベアの囮への攻撃が激しくなっていく。

ブラッディベアのスタミナもかなり削ったと思うのだが、それを全く感じさせない動きだ。

次で呪文は終わりなのだが、まぁ、問題は無いだろう…トドメを刺すのは私の役では無いのだから。


「…後ろの正面だあれ?」


それは私が最後のワードを呟くのとほぼ同時だった。囮に攻撃し続けるブラッディベアの背後に新たな人影が現れ、最後の一撃を叩き込もうと大きく腕を振り上げた。


そして…


「…パワースマッシュ!」


「グガアァァァァァァァァァァァッ!!」


アニキの呟きの直後、ブラッディベアが恐ろしい反応速度を見せた。

歪な人形を一切無視し、振り返りながら凄まじい一撃を背後の人影へと叩き込み、そして…




つるりと足を滑らせた。




ブラッディベアが攻撃した私の最後の闇人形が消滅し、強力過ぎる空振りを放ったブラッディベアは自らの勢いに負けてそのままバランス崩し転倒していく。


「これで終りだッ!!」


闇人形の背後に控えていたアニキがすかさずブラッディベアに迫る。

もう少しで近ければ、あるいは斬撃波だった場合かなり危ない位置だったと思うのだが、そこで平然と待機してしまうのがこの男だ。

勢い良く跳躍し、パワースマッシュを発動させた一撃を目標に放つ。


「ギャアァァァァァァァァァァァ!!!!!」


ずっと突き刺さったままだった槍の石突きに盾の一撃が叩き込まれた。

広げられた槍の傷から真っ赤なエフェクトが盛大に噴き出し、ブラッディの口からも流血エフェクトと共に断末魔が響き渡る。


「はぁ…ようやく終わったか…」


魔見眼で診ると真っ赤なエフェクトと共にブラッディベアの残存魔力が一気に拡散していくのが見えた。これはいままで倒してきたブラウンベアやウルフにも起こっていた現象だ。

しっかりとトドメを刺すことが出来たのは間違いないようだ。


「やったね!ちーちゃん、お兄ちゃん!」


「イツキ、大丈夫だったか?」


両手を上げて喜ぶイツキに、槍を抜いたアニキが心配そうに駆け寄っていく。

強敵を倒したというのに平常運転らしい。

正直魔力の使いすぎで私も結構しんどいのだが、ブラッディベアの浄化は私がやった方が良いようだ。


散々苦戦した私が言う事では無いが、ブラッディベアの討伐クエストは私が思っていたよりも難易度は高くないのかもしれない。

私達の場合はぶっつけ本番で最後まで戦ってしまったが、事前の調査と戦力がもう少し揃えば、もっと普通に討伐出来ると思うのだ。


そんなことを考えながらギルドカード片手にブラッディベアに近付いたのだが、ここで油断したのが大きな間違いだった。


「馬鹿者!不用意に近付くんじゃない!」


遠巻きに観察していたはずのクーシーの声が聞こえた時にはもう手遅れで、私は気付けば宙を舞っていた。


「ちーちゃん!!」


「チバッ!!」


凄まじい衝撃と一緒に、バキッという骨の砕ける音が絶対に聞こえてはいけない所から聞こえてきた。これは間違いなく致命傷だ。


ゲーム開始時の時もそうだが、序盤からハード過ぎるんじゃないだろうか?


例のごとく思いっきり地面に叩き付けられる私。だが、不幸中の幸いとでも言うべきだろうか?今回はダメージが大き過ぎるせいか、痛覚は完全に麻痺していた。

唯一辛うじて動く頭を動かし周囲を確認してみると、倒したはずのブラッディベアがゆっくり立ち上がろうとしていた。


「………障気が暴走しているのか…?」


魔見眼が捉えたのは苦しみのたうち回るようにブラッディベアの体内で暴れる障気。どうやら再び動き出したのはこれが原因らしい。


「チバ、動けるか!?」


「ちーちゃん、しっかりして!」


珍しく動揺した二人の声が聞こえたと思ったら、何やら体に緑色の液体を振りかけられた。

どうやら今回奮発して用意したポーションを使ってくれているようなのだが、致命傷を受けたせいか回復する兆しは全くない。

全く回復していないのだが、二人は困ったことに2本目のポーションを開けようとする。


「やめろ二人とも、ポーションが勿体無い!」


死にかけてる筈なのだが思いのほか大きい声が出た。普通のダメージは声に影響が無いらしく、変な所でゲームっぽい仕様になっているようだ。


「魔呪族の娘よ、何か言い残すことは無いか?」


私のケチ臭い叫びに兄妹が固まっていると、今度はクーシーが話し掛けてきた。恐らくは私の危機に一応駆け付けてくれたのだろう…全然間に合ってないけど。


「勝手に殺すな…後で復活する予定だ。」


「何だ、貴様等は女神の使徒か……心配して損したな。」


NPCにメタな発言をしてしまったと一瞬反省したのだが、どうやら私達プレイヤーはこの世界では何やら特殊な存在として認知されているらしく、どうやら復活しても驚かれないようだ。


「クーシー…何が起こっているのか知ってるか?」


当たり所が良かったのか悪かったのかは解らないが、中々死に戻りしないのでクーシーに聞いてみた。

私をこんな有り様にしてくれたブラッディベアは全身から障気を噴き出しながら立ち上がってはいるが、どう見ても生きてるようには見えない。

一体何が起こっているのだろう?


「…運が無かったな。極希にしか起こらんが、強い障気が女神の浄化を拒絶しようとあんな風に暴走する事がある……だが、器を失った状態は長くは持たん、放っておけばいずれ消える。」


良くは解らないけど話を聞く限り、何だかレアな現象が起こっているようだ。やられてしまったのは少し悔しいが、勝手に倒れてくれるなら大きな問題は無い気がするけど…


「なぁ、クーシー…それってちゃんと素材はとれるのか?」


「消えると言っただろう?破壊された器を燃料に無理矢理動いているのだ。障気が消える時は、器となった肉体がすべて消える時だ。」


ちょっと待て!それは流石に聞き捨てならない!そうなってしまったら今までの苦労がほとんど無駄になってしまうじゃないか!ここの運営は何処まで鬼畜なんだろうか?


「安心してちーちゃん。ちーちゃんの頑張りを無駄になんて、絶対にさせないから…」


「お前の仇は俺達が取る。後は任せておけ…!」


焦りが顔に出ていたのだろうか?私が何か言うよりも早く、兄妹がやる気…と言うより殺る気満々の様子で立ち上がる。二人とも何だか顔が怖い。


「………。…お兄ちゃん、行ける?」


「……。当然だ、さっさと片付けるぞ!」



何やら短いやり取りを交わし、二人は躊躇うこと無く暴走ブラッディベアへと向かっていく。

イツキの方はステータス異常を起こしていたはずなのだが凄まじい雷撃を槍に纏い、アニキも両手から今までのパワースマッシュとは比較にならない程の強いエネルギーを放っている。


(二人とも突然どうしたんだ!?)


そう問いかけたかったのだが、いよいよ肉体が限界なのか声が全く出ない。

ブラッディベアにやられたことも勿論悔しいが、それ以上にこんな訳が解らない状況で退場しなければならない事が嫌だった。

我ながら往生際が悪いとは思う。だが、こんな状況で何も出来ないまま二人に全てを任せるしか無いのだろうか?


何とも言い難い感情がグルグルと私の中で渦巻いていく…



『《リミットオーバー》の発動条件を満たしました。発動しますか?』


※《リミットオーバー》は数分だけ全能力を向上させる事ができますが、使用後に大きな反動による強い後遺症が発生します。


※現在の状況で《リミットオーバー》を発動すると短時間で体力を使い果たして死亡してしまいます。


『それでも発動しますか?』


「……。」


あまりにも良いタイミングで通知が来て少し驚いた。


なるほど、とりあえず二人のパワーアップの理由は解った。

どうやらここの運営は鬼畜ではあるようだが、ただ一方的に叩き潰すような真似はしないらしい。


私は迷わずyesを選択しリミットオーバーを発動させる。

二人が発動したというのもあるが、この理不尽な展開に一矢報いてやりたかった。

死んだと見せかけて復活とか、倒したのに素材消滅とか、ムカつかない方がおかしいだろ!



『称号《闇の心得》がランクアップ!《闇の用法》に変化しました。』


『位階として新たに《闇の使い手》が追加されました!』


何故このタイミングで闇関連がパワーアップするのだろうか?

まるで自分がどんどん悪堕ちしているようで少し嫌だが、今の状況でパワーアップ出来たのは好都合だ。最後に全力の魔法をぶつけてやるとしよう。


だが、リミットオーバーの力を得ても声だす力は戻らなかった…どうやらダメージまでは回復してくれないらしい。

詠唱ができない分、代わりに私は自分の中に渦巻く暗く黒い感情をイメージと一緒に魔力に込めていく。


負の感情だって力になる。負の感情が暴走し悲劇を生むことも沢山あるが、負の感情から生きる力を得る人間だっているのだ。


(絶対に大人しく死んではやらないし、私を殺した事は絶対に許さない!)


ありったけの感情を込めて練り上げた闇の魔力を魔呪角を使って収束し、私は1つの球体を目の前に創り出す。

生み出された球体は今までのどの魔法よりも黒く、深い深い吸い込まれるような闇の色をしていた。

この魔法にどんな効果があるのかは解らないが、自分が今出せる最強の魔法であることには間違いないだろう。


(行け…黒い球ッ!!)


適当な名前すら浮かばなかったが、私はそれでも構わず闇の球体を放った。

頭くらいしか動かない状態ではあるが、私の視線のままに飛べば間違いなく命中するはずだ。


目標はブラッディベアの中の障気そのもの。


アニキとイツキがド派手な戦闘を繰り広げる最中、私が放った球が暴走ブラッディベアに命中する。


霞んでいく視界の中で、私の闇が障気を飲み込んでいくのが見えた。


(私は絶対に許さないけど、私の事も許さなくて良いよ…)


真っ黒なのは御互い様だ。


出来れば最後まで見届けたかったが、魔呪族の少女チバの肉体はそこで限界を迎えてしまった。


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