01
基本的に私の朝は遅い。
ほぼ毎日深夜までネトゲやら読書やらしているのだから当然ではあるのだけれど…。
昨夜もベッドに入ったのは3時過ぎだったはずだ。
学校があれば無理矢理にでも起きるのだが、幸い高校は現在春休み。
加えて、私は地元を離れ一人暮らしという自由な身。
本来ならそのまま10時過ぎ頃まで惰眠を貪りたいのだが……。
「ダーリン、昨日は激しかったね。」
ふと感じた違和感と、間近で聞こえた声に目を覚ました私はうっすらと瞼を開いた。
目の前には大きな青い瞳でこちらを見つめる金髪の少女の姿。
その目を優しげに細め、微笑みを浮かべている。
「普段ならもっとクールなのに、あんなにはしゃぐなんて思わなかった…フフ、そんなに興奮しちゃったの?」
恥ずかしげにこちらから視線を外しながら少し大人びた口調で囁くその姿は、きめ細かい白い肌や光沢で白金にも見える髪の美しさもあり、まさしく正真正銘の美少女といえるだろう。
思わず私は手を伸ばし、彼女の頬にそっと触れる。
急に触れられた彼女は少し驚いたようだったが、すぐに柔和な笑みを私に向けてきた。
私も釣られるように彼女に微笑み返し、そして……
思いっきり頬をつねってやった。
「イタタタタタタッ!?ちょ、やめて、イタッ」
生憎、私は相手が美少女だろうと容赦しない主義なのだ。
グニグニと引っ張ってみると思った以上によく伸びてちょっと面白い。
「痛い痛い痛い!ごめんなさい!謝るからそろそろ許してダーリン!」
「ダーリンはやめろ。」
痛がってる割りには意外と余裕があるようだ。
確かに目付きは悪いしゲーム内では男の姿をよく使うが、リアルでの性別は一応女だ。
先日引退したグローリーファンタジー内では、有用なシステムを活用するために仕方無く形式上結婚していたので許していたが、現実でまで男扱いされたくは無い。
「じゃあハニー?」
全くもって懲りない女である。
「月城アインさん、私の事は黒木と呼んでいただけないでしょうか?」
「ちょッ!?チハちゃんフルネーム呼びやめて!敬語もやだ!ちはちゃんって呼びたいです!」
少し他人行儀にしてみると、慌ててこちらにすがるように抱きついて来るアイン。
その頭を軽く撫でて宥めながら私は告げる。
「アイン…前にも言ったが勝手に部屋入るのやめてくれないか?毎度、ビックリして心臓に悪い。」
実際の所、言うほどビックリしてはいないのだが、不法侵入される事に慣れて来ていると考えると事態は中々に深刻な気がする。
しかも、侵入方法は管理人さんからスペアキーを借りて堂々と入ってくるから対処も難しい。
「だってチハちゃん、電話したくらいじゃ起きないし…それに今日も一応ノックはしたし呼び鈴も押したよ?」
確かに、私は一度寝るとちょっとやそっとの事じゃ目を覚まさない。
こうしてまんまと布団にまで潜り込まれている以上、その事を突かれると少し痛い。
「それは悪かったと思うけど…私を起こさず寝かせとくって選択肢は無かったのか?」
「無いね。お兄ちゃんも朝御飯作って待ってるしね!はい、眼鏡。」
おかしい、気楽で自由な一人暮らしのはずなのにどうしてこうなった。
とにかく、どうやら用件は朝食のお誘いらしい。
仕方無く起床することにした私はアインから受け取った眼鏡をかけ、ベッドを降りて着替える為にボタンを外しパジャマを脱いだ。
その様子を何故かじっと見つめてくるアイン。
「ねぇ…チハちゃん。」
「何だよ、どうかしたのか?」
私が聞き返してもアインはすぐには答えず、確認するように私の胸元辺りを見つめながら真剣な表情でこう告げた。
「もしかして…また育った?」
返答代わりにアインの顔面には脱いだパジャマを叩きつけておいた。
月城アイン。先日引退したグローリーファンタジーでは矛盾兄妹の妹の方として超攻撃型アタッカーをやっていた。
破壊女神、暴槍姫、女子力クイーン(物理)等の物騒な二つ名ばかり持っていたプレイスタイルに反して、現実ではかなりの虚弱体質だったりする。
「はぁ、はぁ…チハちゃん…っ…ちょっと休憩しようか?」
具体的に例を挙げるなら、このように階段を2つ登った程度でぐったりしてしまうほど体力が無い。
もっとも、先程私の部屋ではしゃいでいた影響も大きいのだろうが。
「いや、あと少しで着くし…だから大人しくエレベーター使えば良かったのに。」
私の部屋がある階層から階段を2つ上がれば、アインが兄と住む家族向けの部屋がある階層に到着する。
つまり、目的地は目と鼻の先だ。
仕方無く私はアインの手を取って彼女に部屋の前まで歩き、呼び鈴を押した。
普段エレベーターばかりのアインは本当に限界らしく、私の腕にしがみついて体重を預けて来るのが地味に重い。
アインの体重は実際には心配になるレベルで軽いのだが、私だって筋力的にはむしろ非力な方なのだ。
「ずいぶんと遅かったな…」
ドアを開けて出迎えてくれたのはアインの兄であり、保護者的存在である月城鉄星。
グローリーファンタジー時代の矛盾兄妹の兄の方であり、防御特化型の頼れる壁役としてそこそこ有名だった。
そこそこ止まりだったのは妹の方が色んな意味で派手過ぎたからだろう。
もっとも、何度かパーティーを組んだ人間から見れば、妹に負けず劣らずのぶっ飛んだ人なのだが…。
そんなぶっ飛んだ男ではあるが、そこそこ付き合いが長い私は敬意と親しみ込めてアニキと呼ばせてもらっている。
「うっす、アニキ…アインが階段使ったらこの様だ。一応、私は止めたぞ?」
「今日は行ける気がしたんだもん…。」
アニキに軽く挨拶しつつ現状を報告すると、すぐに呆れ顔をするアニキ。
アインが瞳をウルウルさせながら何やら言ってるが、この人には通じないだろう。
身長190㎝を越える長身から妹を見下ろす表情は、むしろ呆れているようだ。
「すまん、愚妹が面倒かけたな…」
そう言って私にしがみつくアインを軽々と持ち上げ肩に担ぐアニキ。妹とは言え、かなりハイレベルな美少女であるアインを完全に荷物扱いである。
アインがいくら小柄とはいえ、とくに力む様子も無く持ち上げるとは相変わらずの怪力だ。
「お兄ちゃん妹の扱い雑すぎぃっ!」
「とりあえず入ってくれ…食事の用意は出来てる」
非難の声を上げるアインをさらりと無視して、私に声をかけつつ部屋の中へ戻っていくアニキ。
だが、朝食の前に一つだけ言っておきたいことがある。
「アニキ…いつも御馳走してくれるのはありがたいんだけど、最近体重の増加が酷いんだが?」
具体的な数値は乙女の名誉のため明言を避けるが、アニキに飯を御馳走になるようになってから少しずつだが確実に体重が増えたのだ。
「ようやくまともな顔色になってきたな…最近は体調も良いようで何よりだ。」
乙女的に深刻な問題なのだが、アニキは振り向きもせずにそう返してきた。
「……くっ……まぁ…確かに最近は貧血でフラつかなくなったけどさ…」
なんと、恐ろしいことに私はどうやら知らぬ間にアニキに体調管理されていたようだ。確かに元々サプリメントばかりの私の食生活の見かねて始まった食事のお誘いだったが、まさか本当に体調を改善するつもりだったとは思わなかった…。
アニキ的にはこれくらいでも良いのかもしれないが、私的にはもっとスレンダーな女でありたい。
作ってくれるアニキには申し訳ないが、朝食は控えめに抑えさせてもらうとしよう。
………
結論から言えば、オムレツがフワフワトロトロで美味しかったです…。