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また遅くなってしまいました。申し訳ありません!

「思った以上にヤバそうな相手だな…」


クーシーの案内されるままに歩いていた私がまず見たのは、禍々しいと言う表現が相応しい、ドス黒く濁った巨大な魔力の塊だった。

普通の魔力は体の中心辺りに静かに燃える炎のように見えて、そこから光の筋が伸びて全身に巡るような形で見えるのだが、ブラッディベアの物と思われる魔力はそれと全く違う。

中心の炎は原型をとどめず、半ば爆発してるように荒れ狂い、綺麗な循環も見えず、黒い炎が全身に延焼しているように拡がっている。


「ここから先は奴の縄張りだ。我は縄張りの外から貴様等の戦いを見せてもらうとしよう。」


クーシーは楽しげに尻尾を揺らしながら足を止めて振り返った。どうやら此処から先は私達だけで行けと言うことのようだ。


「チバ、此処から奴に魔法を当てることは出来るか?」


「流石にある程度目視できないと厳しいな…もう少し近づかないと無理だ。」


アニキに質問されて少し頭の中でシミュレーションしてみたが、魔力の形しか見えない現状では正確に頭部に魔法を当てる自信がなかった。

魔力の流れが正常だったなら狙えたかもしれないが、あんなに乱れていてはどっちを向いているのかすら解らない。


「だったら少し危ないけど、私とお兄ちゃんが囮になるよ!ちーちゃんが先にやられちゃったら意味無いもんね。」


「……そうだな、チバは臭いでばれないように風下からまわってくれ。接近は隠れながら慎重にな?」


二人のどちらかが倒れてしまっても駄目だとは思うのだけど、確かに私が狙われてしまった場合、何も出来ずにやられてしまう可能性はかなり高い。

更に言うなら、獣を相手に完璧な形で不意打ちするのは恐らく不可能だ。これまでのウルフや熊相手でも、殆どが先にこちらが襲われて迎撃する形になっていた事を考えると、生存率をあげつつ確実に魔法を当てるには、不本意ながらこの作戦を採用した方が良さそうだ。


「解った……でも、絶対に無茶な事はするなよ?回避を最優先に動いてくれ。」


こうして素人なりに考えて作戦を立て、私達は早速行動を開始した。


先に二人が標的への接近を開始を始めてから少し待って、私も慎重に歩みを進めた。

まだ目で見える位置では無いが、魔力の動きを見るかぎり、二人の存在はまだ気付かれていないようだ。

今のうちに私もある程度標的を狙える位置まで近付いておかないと…


「グオォォォォォォッ!!!」


接近を始めてどのくらい経っただろうか?元々不安定なブラッディベアの魔力が一際大きく歪んだ直後、獣の咆哮が轟音となって響き渡った。どうやら遂に二人が標的に接触したようだ。


「急がなきゃ…!」


本当は一刻も早く魔法を当てなければならないのだが、困ったことに私はまだ標的を目視出来ていない。慎重さと接近がばれないように遠回りに接近した事が仇になり、完全にタイミングにのり遅れてしまった。

恐ろしい咆哮に顔をしかめながらも私は歩みを速める。これまではなるべく物音も立てないよう気をつけていたが、交戦状態になってしまった以上、そんな悠長な事はいってられない。


「ガァッ!!!」


バキバキと音を立てて木々が倒れていくのが見えた。信じられないことにブラッデベアの攻撃が原因らしい、どれだけの腕力があればそんなことが事が出来るのだろうか?奴の攻撃は一発も受けるわけにはいかないようだ。


「行け、夜雀!!」


それらしい影が見えると同時に私は魔法を放った。幸か不幸か、奴が大暴れしたお陰で木々や茂みが倒れ、思ったより離れた位置からでも射線が確保出来たのだ。

放たれた闇色の鳥達は最短距離で飛んでブラッディベアの頭を闇に包む。ひとまず効果はあったらしく、ブラッディベアの動きが止まる。

念の為さらに何度か夜雀を放ち、厳重にブラッディベアの頭部を闇で梱包していく。


「チバ、無事だったか!」


「こっちの台詞だ!何でアニキが心配する側になってんだよ!?」


駆け寄ってきたアニキの予想外の台詞に思わず声が大きくなってしまった。まさかボスに追われていた人間に無事を確認されるとは思わなかった。


「ちーちゃんが思ったより遅かったからね、一人で行動させちゃった訳だし?」


続いてイツキもやってくる。

確かに遅れてしまったのは申し訳無いが、だからと言ってそこまで過保護に心配されても困る。

パーティーの一員として色々と文句を言いたいところではあるが、ブラッディベアがいつ動き出すか解らない以上、いつまでも無駄話をしている訳にはいかない。


改めてブラッディベアを見てみると、その姿は異形という表現が相応しいものだった。


まず体色が違う。ブラッディベアの元となったブラウンベアの場合、土を連想させる茶色の毛並みなのだが、ブラウンベアの場合はそれが全てドス黒く濁り、何とも表現し難い色になってしまっている。

そして、もっとも特徴的なのはその前足だ。私の記憶が確かなら通常の熊は後ろ足に比べ前足が少し短くなっているはずなのだが、ブラッディベアの場合はむしろ前足の方が長くなり、掌からは真っ赤に染まった剣のような爪が伸びている。

あんな爪でまともに攻撃されたら死に戻りは確実だろう。


幸い目隠しはちゃんと聞いているらしく、ブラッディベアは闇を振り払うようにしきりに頭を振っているが、夜雀は簡単には解けないはずだ。

だが、視覚を封じても聴覚等の感覚を頼りに反撃してくる可能性は高い。こちらからの攻撃は慎重に行うべきだろう。


「目隠ししただけで動きを封じた訳じゃない。私がまず気を引くから、二人は上手く隙を突いて攻撃してくれ…」


私は腰にぶら下げていた鞭を手に取った。

夜雀の維持の為に魔法は使えないが、ブラッディベアが周囲の木々を薙ぎ倒したお陰で鞭を振るうスペースは十分だ。

作戦は多少変わってしまうが、これで奴を間合いの外から攻撃すれば、何とか二人が攻撃する隙が生まれるかもしれない。


「了解!じゃあフルパワーで攻撃しちゃうよ!」


「待て!チバ!無茶をするんじゃない!」


イツキはすぐに応えてくれたのだが、困ったことにアニキの方が納得してくれなかった。


「考え無しに仕掛ける方が無茶だろ!まぐれ当たりでも食らったら終わりだぞ!」


私は思わず叫び返した。普通に攻撃してもブラッディベアが反射的に腕を振り回せば巻き込まれてしまう、敵の腕はイツキの槍よりも射程が長いのだ。


だが、叫んだのが良くなかった。

ブラッディベアが闇に包まれたままの頭をこちらへと向ける、闇で見えないはずのブラッディベアに鋭く睨まれた気がした。


「ガアァァァァァァッ!!!」


「…ッ!?」


凄まじい咆哮にビリビリと皮膚が震える。

間違いなく危険な状況だ。今すぐ逃げなければならないことは解っているのだが、困ったことに足がすくんでしまい動かない。


「チバ!逃げろ!」


アニキの声が遠くに聞こえる。今まで戦闘職の経験はほとんど無いとはいえ、声で敵に気付かれるとはVRゲーム経験者としてあまりにも間抜けなミスだ。


ブラッディベアが唸り声を上げながら迫ってくる。


全くもって情けない。体が言うことを聞かない私はぼんやりとその光景を見つめながら確信した。

私の死に戻りは確実だろう、余裕があれば二人を撤退させないと…


だが、完全に絶望する私の目の前に、大きな背中が現れた。


「アイン!何とか勢いを削いでくれ!」


「もう!今はイツキだってば!」


アニキは私を守るようにブラッディベアの正面に立つと、イツキに無茶ぶりしつつも自身は構えながら独特の呼吸を始めた。

確か空手の息吹とか言う呼吸法だ。どうやら本気でアレを止めるつもりらしい。


そんな事はやめてさっさと逃げろ!


そう叫びたかったが残念ながら声がでない、どうやら私の体はまだ萎縮しているらしい。

しかも、本気なのはアニキだけじゃないらしく、直ぐそばで凄い魔力の高まりを感じた。


「皆おいで…私に力を貸して…」


イツキが槍を構えながら無駄に魔力を大量放出していた。


私の眼で見る限りではそうとしか見えないのだが、変化はすぐに現れる。

何かがイツキの放出した魔力を取り込み、それを凄まじい風のうねりへと変換していく。


精霊魔法…その存在自体は聞いていたし、イツキは確かにそれらしい能力は持っていた。

どうやら彼女はぶっつけ本番でそれを試し、しかも成功させたらしい。



「やった出来た!バーストウィンドスティンガァァァッ!!」


イツキは嬉しそうに笑いながら荒れ狂う風を槍と一緒に束ねると、ブラッディベアに向けて全部まとめて投擲した!



「グギャァァァァッ!?」


爆音と共に放たれた槍は凄まじい暴風共にブラッディベアを襲い、突進の勢いを殺しながら深々と右肩に突き刺さる。

私はこれでブラッディベアを倒したのではないか一瞬と思ったが、敵も普通の相手では無かった。

怒りに呼応するように溢れ出した魔力で私の夜雀を吹き飛ばすと、血走った眼で私達を睨み、丸太のようなサイズの左腕を真っ直ぐ振り下ろして来た。


木々を容易く薙ぎ倒す相手の一撃だ。普通に考えれば防げる訳は無いのだが、普通じゃない輩はもう一人残っている。


「パワースマッシュ……回し受け!」


小さな呟きと共に技能による光をその手に宿すと、

ブラッディベアの一撃に迷う事無く立ち向かう。


直後、轟音と共に土煙が上がった。


ブラッディの一撃が軌道をずらされ、私達のすぐ横の地面を抉ったのだ。

攻撃技能を防御へ応用したようだが、それだけではブラッディベアとの筋力差を埋める事は出来なかっただろう。

だが、この男は幼少の頃身に付けたという空手の技能を駆使することで、見事に化物の一撃を受け流したのだ。


「パワースマッシュッ!!」


防御成功を喜ぶ事もせず、アニキは間髪いれずにブラッディベアの顔面を殴った。御丁寧に動物の神経が集中している鼻を潰したようだ。


「ギャァァァァァァ!!」


流石のブラッディベアも堪らず悲鳴を上げながら後ずさる。


「えっと…結果的に囮作戦成功かな?」


「今のうちだ、態勢を整えるぞ!」


「あ、ハイ!」


今の戦闘に全くついて行けなかった私は、言われるがままに頷くことしか出来なかった。


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