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遅れてしまい申し訳ありません。第一章クライマックスみたいな所まできているので、色々悩みながら書いてます。ノープランで始めた代償に早くも苦しんでます。
水の臭いがするというアニキの案内を頼りに私達が辿り着いたのは、透き通った綺麗な水で満たされた小さな泉だった。
人の手が入っているのか泉の周囲に背の高い植物は存在せず、青々とした草花が芝生のように生えているだけだった。
「あれ?あっちのほう何か道になってない?」
イツキの声に促されそちらを見てみると、軽自動車なら何とか通れそうな幅の道があった。
「…どうやら此処は水汲み場か何かになっているようだな…ん?どうしたチバ、急に黙り込んで。」
この時になって、ようやく私は此処が例の水場ではないのかという考えに至る事ができた。
私たちは此処に辿り着くまで、禍獣の痕跡を追って道なき道を歩いて来たから二時間以上かかってしまった訳で、もし道が整備されているのならもっと早く辿り着けるのでは無いだろうか?更に言うなら、この世界には軽自動車は無くても、馬車ならあるんじゃないか?整備された道を馬車を使って移動した場合、此処までどの程度の時間がかかるだろうか?
「……ごめん、二人とも…私ミスったかも…」
完全に私のミスだ。少し考えれば解ることなのに、他の事に手一杯で頭が回らなかった。せめて二人に話しておけば回避できたかもしれないが、話したらイツキが暴走しかねないと思って黙っていたのが仇になってしまった。
「実は二人には言って無かったんだけど……」
此処は例の水場とは無関係かもしれないし、もし仮にそうだとしても、今からでも説明すれば魔物に襲われる前に何か対策出来るかもしれない。
そう思って直ぐに二人に事情を説明しようとしたのだが、そんな甘い考えはこの世界では許されていないようだ。
「許可無く我等の縄張りに立ち入るのは誰だ…」
声の主は泉の中から現れた。
直ぐ様反応したのはやはりアニキだ。私達を庇うように魔物の前に盾を構え立ちはだかる。
「おお、でっかいワンコだ!」
緊張する私達とは対照的に、イツキは目を輝かせた。
「我は犬ではない。誇り高き妖精族の守護者、ブルー・クーシーだ。」
意外にも律儀に応えた主は、イツキの言う通り大きな犬の姿をしていた。
クーシー…確かヨーロッパの神話や物語に登場する犬の妖精のはずだ。
私が本で読んだ記憶が確かなら、クーシーは手を出さなければ無害だが、一度牙を剥けば人間にとって脅威となる存在だったはずだ。
「アニキ、盾を下ろしてくれ…戦っちゃだめだ。」
クーシーが纏う魔力量を見た私はすぐにアニキに指示を出した。
魔見眼が捉えた魔力量は私達の軽く数倍はあり、明らかに私達とは格が違う。
「ふむ…野蛮に武器を振り回すだけの愚者では無いようだな。」
ゆっくりと尻尾を振りながらクーシーが低い声で答える。どうやら最悪の事態は一先ず回避できたようだ。
「見た目は可愛いのに声はダンディなんだね…」
「イツキ、ちょっと黙ってな…」
確かにイツキの言う通り、ブルー・クーシーの見た目は水色の巨大なゴールデンレトリバーみたいで可愛い。すごいモフモフで抱きつきたいくらいだが、今はそれどころでは無い。すごいモフモフだけど。
「……モフモフ」
「ちーちゃん、不用意に近付くと危ないよ?」
ハッ!?いつの間にか無意識にクーシーに近付いていたらしい、なんて恐ろしいモフモフなんだ!
そう言えば毛並みで思い出したが、クーシーは本来の伝承では濃緑色だった気がする。
わざわざブルーと名乗ってるなら、もしかしたらこの世界では複数のバリエーションがいるのかもしれない。
「早々にこの森から立ち去れば、今回は特別に見逃してやろう。」
今の所私達を攻撃するつもりは無いようではあるが、やはり友好的と言うわけでは無いらしい。
戦って勝てそうにないし、交渉の材料も思い付かない以上、大人しく言われた通りにするしかないのだが、そんな考えをイツキが受け入れる筈もなかった。
「無理!まだ目的の熊さんと戦ってないもん!」
止める間も無く返答するイツキ。一瞬襲われるんじゃないかと私は個人的にビクビクしていたのだが、クーシーの反応は全く予想しなかったものだった。
「ほぅ、貴様等ごときがあの堕ちて狂った熊と戦うというのか?」
忠告を無視した私達を咎めもせず、クーシーはむしろ興味深そうに聞き返してきた。
「そうだよ!ちゃんとギルドから依頼も受けてるし!」
「奴は貴様等のような駆け出しが相手するような雑魚とは違う、捨て駒にされているだけではないのか?」
クーシーの言葉は当然私も考えた物だった。だが、ギルドが何を考えていようとも、イツキにとっては関係無いのだ。
「そんなの向こうが勝手に思ってるだけでしょ?私達が本当に勝っちゃえば良いだけの話だよ!」
渾身のどや顔と共にイツキはクーシーに答える。どや顔は若干ウザいが、確かにイツキの言う通りなのだ。向こうに何らかの悪意があろうとも、このクエストはギルドが正式に依頼を出し、それを私達が正式な手順を踏んで受領した事になっている。
私達が本当にターゲットを倒してしまえば、ギルドは規定にしたがって私達に報酬を出すしかないのだ。
「フッ、面白い。良いだろう!本当なら我が片付けてしまおうと思っていたが、特別に貴様等に獲物を譲ってやろう、存分に挑むが良い!」
「やったぁ!ありがとうクーシーちゃん!」
クーシーの言葉にイツキが嬉しそうにその首に抱き付く。
何だか妙な展開がイツキのせいで更に妙な展開になってしまったようだ。とは言え、こちらとしては好都合な展開だ。
「だったら悪いが少し頼みがあるんだけど良いか?」
「良いだろう。所詮は無謀な戦いだ、少しくらいなら手を貸してやる…」
思った通り、クーシーは私達に協力してくれる気になったらしい。折角の機会だ、別に悪い事をするつもりは無いし、たっぷりと手を貸してもらうとしよう。
クーシーの協力を得た私達は、ひとまず当初の予定通りに交代で休憩を取ることにした。
まず私が休憩に入ったのだが、どうやらクーシーの影響のせいか休憩中全く敵が来なかったらしいので、兄妹には一緒に休憩に入ってもらった。
休憩中に時計を見たら既に深夜と呼ぶべき時間になっていたが、普段はこういうのに口煩いアニキも初日と言う事で密かにテンションが上がっているのか、ゲームの続行に珍しく協力的だった。
「マジか…魔呪族って妖精族と仲悪いのかよ。」
「大きく見た場合はそうなるな。個人で見れば貴様や我のような例外はいくらでもいるが、魔術で精霊を縛る事を得意とする魔呪族に、我々妖精族が良い印象を持っていることは極めて稀だ…我等妖精族と精霊は兄弟のようなものだからな。」
兄妹を待つ間、私はブルー・クーシーと過ごしていた。
普通NPCとは此処まで突っ込んだ会話は出来ないのだが、クーシーはどうやら独立した知能と思考を持ったユニークNPCらしく、普通に会話できてしまっている。
こういった人間同然の思考力を持ったNPCは最近のゲームでも滅多に登場しないものなのだが、こんな初期段階で出会ってしまう辺りにアナザーワールドフロンティアというゲームの底の深さを感じる。
「つまり術式魔法を使うのがよく無いって事か?」
「そうではない、術式魔法で精霊を強制的に従わせるのが問題なのだ。そう言う意味では妖精族は魔術師嫌いと言えるが…我の知っている術者は精霊を縛らぬように式を工夫していた。要は使い方の問題だ。」
初めはもっと色々クーシーに協力を取り付けようと思っていたのだが、難易度が下がりそうと言う理由でイツキに禁止されてしまった。
それで話すべきことも早々に片付いてしまい、こうして雑談しているのだが…このクーシー、昔は主である妖精と世界を旅していた経験があるとの事で、会話していて凄く面白い。
魔術の事や種族の特徴や歴史などを、懇切丁寧に教えてくれる。
因みにサービス開始したばっかりなのに昔もなにも無いだろと言う突っ込みは禁止だ。そんな事を言う人間にファンタジーを楽しむ資格はない。
「精霊に嫌われてしまうと当然精霊魔法の使用は大きく制限されることになる。魔術師としての幅を狭めてくなければ、貴様もせいぜいよく考えると良い…」
「まだ自律魔法しか使えないんだけど…まぁ、覚えとくよ、ありがとうクーシー」
特に魔法の話は興味深いものばかりだ。こんな初期段階で様々な話を聞けたのは、今後の大きな助けになるはずだ。
「お待たせちーちゃん!クーシーちゃんと仲良くしてたかな?」
「その犬に変な事とかはされなかったか?」
雑談しているうちにあっという間に時間が過ぎたらしく、イツキとアニキが復帰してきた。
「我は犬ではない。誇り高きブルー・クーシーだ…生意気ばかり言ってると噛み砕くぞ小僧。」
「やってみろ、ただではやられんぞ?」
復帰早々睨み合うクーシーとアニキ。この二人、何故か相性が良くないようだ。
「やめろ二人とも、これからターゲットに挑むのに無駄な体力消耗するような事をするなよ。」
「ちーちゃん、そこは私の為に争わないで~って言うところだよ?」
なんでやねん。何が悲しくてワンコ2匹(※妖精犬と人狼です)にヒロイン染みた事を言わなきゃならんのだ。
そもそもそう言うのは趣味じゃないし、ヒロイン役はイツキの方がお似合いだろう。
ふざけるイツキをたしなめつつ、私は今後の作戦を確認する。
「まず、ブラッディベアの居場所まではクーシーが案内してくれるんだな?」
「うむ。だが、その後は金髪の小娘との約束通り手は出さんぞ?無論、撤退するのなら手伝いくらいはしてやっても良いがな。」
クーシーは本当に最低限の手伝いしかしてくれないようだが、それだけでも十分ありがたい。いざという時に撤退の手助けがあるのなら、多少の無茶はできそうだ。
「で、発見したらまず私が夜雀で視界を封じる。そこを…」
「私とお兄ちゃんがガツンとやっちゃえば良いんだね!」
作戦と言ってもやることは今までの戦闘と殆ど変わらない。
不意討ちからの速攻。
まだ手札が少ない私達には、それが最善で限界という結論に至ったのだ。
「それで決められたら話は早いんだが、そう簡単にはいかないだろうな…」
「何度か攻撃してみて、通じないようなら撤退か…」
少し不満げに呟くアニキに私はしっかりと頷いて見せた。
これまでの戦闘を見る限り、アニキでもブラウンベアの攻撃を受け止めるのは難しいようだった。
ならば、それ以上の強さを持つブラッディベア相手に、防御や持久戦は不可能と判断するべきなのだ。
「それじゃ、出発だ。頼むぞクーシー。」
兄妹に無茶はしないように改めて念を押して、私は出発を宣言した。
再三確認はしたが、それでもこの兄妹は無茶しかねない…私がしっかりしないと!




