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再びログインした私達は標的となるブラッディベアと戦うため、外縁部の町を後にした。
サンドバック代わりに使った例の謎の塊が浮遊するエリアを抜けると、いよいよ敵が出現するエリアに突入する事になる。
因みに資料を調べていて解ったのだが、謎の塊は『女神の守り石』という物で、魔除けの効果があるらしい。そんな物を殴って良かったのだろうかと少し不安になったが、それはそれで正しい使い方とは書かれていた。中々に謎な物質だが、これのお蔭で防壁の外にも町があるのだろう。
「来たぞ!ブラウンウルフだ!」
守り石のエリアから目的地の森に入るまで道中は草原になっているのだが、このエリアに入ってから何度かこの茶色い狼達に襲撃を受けている。
「お兄ちゃん、ちーちゃんのガードよろしく!」
「了解だ、チバは牽制を頼む!」
私の注意する声に兄妹が武器を構える。
襲ってきたウルフの数は3体。真っ直ぐこちらに向かってくるウルフの1匹を、イツキがまるで槍投げのようなフォームで貫き仕留める。
実際に戦闘をして解ったのだが、このゲームは武器の殺傷能力と攻撃の当て所が露骨に結果に出てしまうようだ。
槍を使うイツキは急所を突いて結構簡単に敵を仕留めるのだが、素手や鞭を使うアニキと私は中々敵に有効打を与える事が出来ない。
「せいやぁッ!」
結果、アニキは盾で敵を撲るようになってしまった。
しかも、面の部分ではなく側面の部分でだ。
私の知ってるシールドバッシュと違う!
「ギャン!?」
イツキの脇を抜けて私達に飛びかかった1匹が、アニキの変なシールドバッシュを受けて吹き飛ぶ。確かに素手で戦っていたときよりも格段に攻撃力は上がっているようではある。
私の方も一応進展はあった。こちらに気を取られたイツキの背後を狙う一匹に、私はすかさず鞭を放った。
ーバチィィィッ!!ー
狼には当たらなかったが、目の前で音を立てて弾ける鞭に驚き、狼の動きが止まる。
鞭は決定力はまるで無いものの、牽制や威嚇としての効果は中々高いらしい。
「イツキ!よそ見すんな!」
「ゴメン、ちーちゃん!」
私の声と鞭の音に反射的に振り返ったイツキが、振り回した槍の切っ先で狼の頭を切り裂く。
血のような赤いエフェクトが瞬き、狼は悲鳴を上げながら地面を転がるように逃げていく。
「また逃げられちゃった…」
「こっちもだ、仕留められたのは1匹だけのようだな…」
どうやらこのゲームだと、普通の動物系の敵は命の危機を感じると逃げてしまうらしい。
狼の他にもウサギなども見かけたのだが、そちらにいたってはコチラに気付いただけで逃げてしまった。
この感じじゃ、普通の討伐系クエストも中々大変そうだ。
「残念、また狼肉だね…」
《ブラウンウルフの肉》
品質未鑑定
草原や森に生息するブラウンウルフの肉。
食べられないことも無いが、臭みが強く調理には工夫が必要。
イツキが唯一仕留めることが出来たブラウンウルフにギルドカードを翳し浄化すると、その体が光に変わって消失する。
いわゆるアイテムドロップの機能だが、少なくとも現状では均等に自動分配してくれる機能はなく、浄化したプレイヤーしか手に入らないようだ。
パーティー組んだ場合は工夫しないと揉めそうなシステムだが、私達は後で3人で均等に分配すると言うことで落ち着いている。
「毛皮なら防具とかになりそうなんだけどな…」
「肉はスパイス類が手にはいるまで、調理はやめておいた方が良いな…。」
食材アイテムに関してはアニキに丸投げだ。私もイツキも料理しないし。
個人的に安心したのは傷やダメージの描写が思ったよりも穏やかなことだ。
グロかったらどうしようと心配していたのだが、流石の運営もそこまで鬼畜では無かったらしい。
その後も何度か狼の襲撃を退けながら暫く歩き続けると、ようやく目的地である森が見えてきた。
戦闘と移動で蓄積した疲労に耐えきれ無くなっていた私は、安心してその場に座り込んでしまった。
「あぁ、体が重い…どんだけ体力無いんだよ魔呪族。」
「ちょうど森も目の前だ、今のうちに少し休んでおこう。」
「そうだね、ついでに水分とかも補給しとこうよ。」
予想していた事ではあるが、私が選択した魔呪族は本当に体力や筋力が低い。
筋力が低いはずのエルフのフランさんにも筋力で負けていたし、体力に関しても私が原因の休憩はこれで二度目だ。二人とも余裕がありそうなので、何だか申し訳ない気分になってくる。
「そんな顔しないでよちーちゃん!」
「森に入ったら魔法も使うんだろ?頼りにしているぞ?」
「ちーちゃん言うな!くっつくな!頭を撫でるな!解ってるから離れろ!」
少し落ち込んでいるのが顔に出ていたのか、イツキには抱きつかれ、アニキには頭を撫でられてしまった。
照れ臭いやら何やらで私は声を上げて振りほどく、本来は筋力が足りなくて無理なはずだが二人はちゃんと離れてくれた。ちょっとだけ元気が出たのは内緒だ。
「魔法を使うって言っても、普通の魔力弾じゃ威力が足りないからな…ボスまでに色々試してみないと。」
「そうだね、イメージが大事なんだよね?」
不味い黒パンと皮袋に入った微妙に臭う水を補給しつつ、森の中での行動について軽く相談する。
鞭や槍は遮蔽物が多い森の中では使いにくそうだから、一応今まで魔力を温存していたのだが、現状唯一使える魔力弾では確実にターゲットには通じそうにない。
普通のウルフ相手でも足りない威力では、ブラッディベアには恐らく牽制にもならないだろう。
ブラッディベアを相手にするなら、どう考えても魔力弾よりも強力な魔法が必要になる。
「俺も何か出来れば良かったんだが、俺はそれ以前の問題だからな…ガードはしっかりするからお前達は魔法に集中してくれ。」
アニキは練習時間があまり取れなかった事もあり、まだ魔力の制御を修得出来ていない。
だが、彼の役割は元々獣人としての身体能力と本人の格闘術を活かした陽動と直接戦闘だ。仮に魔法が使えたとしてもブラッディベア相手に、いちいちイメージを固める必要がある魔法を使う余裕があるとは思えない。
むしろ一番大変な役割なはずなのに、私達を気遣う余裕があるとは流石はアニキだ。
休憩と相談を終えた私達は、早速森の中の探索を開始した。
獣の感覚で高い探知能力を持つアニキを先頭にして、私の後ろをイツキがガードする隊列で森の中を進む。
私をしっかり守る形の並びだが、私も守られてばかりではいられない。
全身に意識を巡らせ、身体に流れる魔力を活性化しいつでも魔法を使えるように準備しておく。
森の中は鬱蒼としており、確かに未熟な腕で鞭を扱うには難しそうだった。
「何かが高速で近付いてくる、構えろ!」
アニキの突然の大声に驚いた。私にはなにも感じられなかったのだが、アニキの声の後、確かに茂みを掻き分けて一匹のウルフが私に向かって飛びかかってきた。
「うわッ!?」
色気の無い悲鳴をあげる事しか出来ない私と違い、兄妹は冷静だった。
隊列の側面を狙われたので一瞬遅れたものの、ウルフの牙が私に届くよりも速くイツキの魔力弾がウルフの脇腹を打ち、ほぼ同時にアニキの盾がウルフの頭に振り下ろされる。
「うわぁ…」
結果、私を襲ったウルフはキリモミ回転しながら地面に叩きつけられた。
何も出来ないまま手早くイツキに槍でとどめを刺されるウルフの惨状には思わず同情してしまったが、森の視界の悪さは予想以上に厄介そうだ。
今のように急に敵が飛び出してきた場合、イツキやアニキのように反射的に動けない私では何も出来ないまま攻撃される可能性が高い。出来る限り慎重に行動した方が良さそうだ。
その後、私なりに精一杯慎重に行動をした結果。思わぬ成果が出た。
「チバ!右後方からくるぞ!」
アニキも狼の聴覚に慣れてきたらしく、敵のいる方向を正確に教えてくれるようになった。
その指示を受けて、私は魔力を活性化させた両目でその方角を睨む。
「…数はたぶん4匹だ!一匹だけ先に突っ込んでくるぞ!」
木々や草花が薄く魔力の光を放つ向こうから、明らかに植物とは違う光が4つ向かってくるのを魔見眼で捉えた私は、直ぐ様二人に報告する。
《魔見眼》
魔眼の一種であり魔力を見ることに特化している。
通常の魔力視と違い魔力を消耗せずに魔力を見る事が可能。
成長すれば魔力の解析も可能になる。
魔法を使うために魔力を活性化させていたのが良かったのか、不意打ちに備えて警戒していたのが良かったのかはわからないが、気付けば私は魔見眼を使えるようになっていた。実際に使用することが条件だったのか、魔見眼の解説も追加された。
「喰らえッ!」
茂みの向こうの先頭の一匹を狙い、私は魔力弾を放つ。
向こうからはコチラの姿は見えていなかったらしく、茂みから飛び出した顔面に命中し、先頭のウルフが派手に転倒する。
そのうち隠蔽する敵や手段は出てくるかもしれないが、魔力の濃淡で隠れた敵の姿を捉えることが出来るようになり、私でも何とか不意打ちに対応できるようになった。
「ちーちゃん!コイツら様子がおかしいよ!」
イツキが転倒したウルフにとどめを刺そうとしたのだが、そこで後続の4匹が予想外の行動を取った。
なんと、4匹はイツキでは無く、本来仲間であるウルフの方を襲い始めたのだ。
「コイツら、障気にやられてるぞ!」
障気に犯された生物は凶暴化し、仲間であろうと見境無くあらゆる生物を襲い始める。
転倒したウルフに噛みつく4匹を魔見眼で見てみると、魔力の光にドス黒い何かが混じっているのが見てとれた。
生物が障気に犯される最大の要因は、強い障気を纏った生物…即ち、強い禍獣からの感染だ。
どうやら、ブラッディベアに確実に近付いているようだ。




