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結果から言うと、私が魔力弾を放てるようになるまでにそう時間はかからなかった。
魔力を集める感覚を掴むのに多少苦労したが、それさえできれば後は今までゲームやアニメで見てきたイメージをそのまま活用できた。
本当はもう少し色々試して見たかったのだが、本当にフランさんが大変そうなっていたので私もその手伝いへと回る。
とりあえずイツキは案の定フランさんと少し練習しただけで簡単に覚えたので、3人で手当たり次第にプレイヤー達に魔力を流しまくっていたのだが、途中で意外な形で中断することになった。
『プレイ時間が二時間を経過しました。ログアウトしてゲームを終了してください。』
頭の中で響いたのはアナザーワールドフロンティアでは珍しいゲーム内アナウンス。
このアナウンスが流れるまでゲームだと言うことを忘れていたのは恐らく私だけでは無いだろう、ほぼ皆サービス開始に合わせて始めたのか、私と同じように呆気にとられた顔をしているプレイヤー達が結構いる。
「フランさん、いったん休憩にしますか?」
「そうですね、一度広場まで戻りましょう。」
私の問いかけにフランさんも頷く。このアナウンス、1回や2回くらいなら無視しても問題はないのだが、4時間を越えて連続プレイしてしまうと、プレイヤーの健康保護の為に強制的にログアウトさせられてしまうらしい。
強制ログアウトをするのはゲーム的に色々厳しいし、今のタイミングで無理をする必要は一切ないので大人しく従っておくことにする。
現実では二時間でも、VR内での体感時間は軽く倍以上はあるので、確かに疲れる人もいるだろう。
「それでは、引き続き行動を共にすることを希望する方は、現実時間で一時間後に広場に集合してください。休憩後はいよいよギルドへ向かいます。」
広場についた後、フランさんの指示を聞いてプレイヤー達が次々とログアウトしていく。全員が武器技能や魔力の制御を覚えた訳ではないが、その切っ掛けくらいは掴めそうな所まではいったらしい。
休憩の後はいよいよファンタジーではお馴染みのギルド向かうことになる。
場所については情報交換に参加したプレイヤーの一人が知っていた。何故さっさ行かなかったのか疑問だったが、本人いわく、やれることを全部やってからじゃないと進みたくないそうだ。
確かにRPG等で中盤頃までゲームを進めた後に、序盤の重要な隠しフラグを達成していないことを知って最初からやり直した経験は私も無いこともない。
だが、この手のゲームは隠しフラグなんて腐るほどあるものだ。いちいち探すのも面倒だし、このゲームの今までの傾向を考えると、絶対にタチの悪い隠し方をしていると思う。
こういう時は何か見つけたらラッキーという程度に考えて、普通にプレイするのが正しい楽しみ方というものだ。
「チバ、食事はどうする?」
そろそろログアウトしようと思ったところで、アニキがそんなことを尋ねてきた。
この質問で思い出したのだが、このゲームにも空腹度と渇水度が存在する。ちゃんと食料を売っている店もあるらしいから、そろそろ用意しておくべきかもしれない。
「ちーちゃん、一緒に食べようよ!」
イツキも誘ってくれるが、何度もお邪魔するのも申し訳ないし、今はゲームの攻略に意識が向いていて普通に食事を取るのも何だか面倒な気分だった。
「今回はいいや、悪いが休憩のうちに色々やりたいことあるから食事はまた今度な!」
二人にそう断って私はさっさとログアウトの操作を行った。視界が暗転する直前、ショックを受けたアニキと、むくれるイツキの表情が見えた気がしたが、それは気のせいだということにしておこう。
ログアウトした私は部屋に常備している携帯食料を野菜ジュースで胃に流し込み、急いでシャワーを浴びてた髪を乾かした。本当はこういう雑なやり方をしているとアインやアニキに怒られるのだが、私はそんなことよりも今はゲームをしたかった。
きっちり30分で支度を済ませ、私は再びアナザーワールドフロンティアの世界へとログインする。
少しの暗転の後、私は女神像のある広場へと戻ってきていた。
約束の時間まではリアル時間で約30分。
チュートリアルを終えてからの状況が目まぐるしく変わりすぎて、今まで落ち着いた時間を取ることが出来なかったが、ようやく少しだけだが時間を作ることが出来た。
確認の為、まずは自分のステータスを見てみる。
《プレイヤーネーム》
チバ
《種族》
魔呪族-女
《位階》
魔呪族のタマゴ
名も無き者
《称号》
用意周到
闇の心得
闇女神の祝福
《技能・能力》
魔呪角
魔見眼
初級鞭術
装備
E旅人の服
E旅人の外套
Eノービスウィップ
苦労して修得した鞭技能が増えて武器が追加されたくらいで、前に確認した時と大きな変化はない。
魔力の操作を覚えたから少し期待していたのだが、アナウンスもなかったし、やはり魔力を使えるようになっただけでは駄目らしい。
ついでに空腹度と渇水度も確認してみると、こちらは3分の2くらいまで減っていた。思ったほど減ってはいないが、今のうちに食料を買っておくべきかもしれない。
だが、買っておくべきだとは思うのだけど、困ったことに自分がお金を持っているかどうかをまだ把握できていなかった。
ステータスに所持金を示す表示がないので持ってないのかもしれないが、それならそれで所持金は0と表示されるはずだ。
このゲームなら所持金0もあり得そうではあるが、もしやと思い自分の体を調べてみると、旅人の服の内ポケットに何やら膨らみを見つけた。
取り出してみると膨らみの正体は厚手の布で作られた袋で、中を確認してみると銀色のコインが10枚入っていた。多いのか少ないのかは解らないが、おそらくはコレがこの世界のお金なのだろう。
なにも解らない状況ではあるが、こういう時は普通に買い物をしてみれば大体の物価と相場くらいは把握できる。
今居るのはスラム街や貧民街という表現がしっくり来てしまうような所ではあるが、情報通りなら広場の近くにいくつか店があるはずだ。
「……いらっしゃい」
多少無愛想ではあるが、店員が女の人で少し安心した。
男の姿ならともかく、角が生えてるといえほとんど素の自分の姿で大人の男性の相手をするのはちょっと不安だった。
店の外観がボロボロだったから不安だったが、商品の方は素人目でみる分には問題無さそうだ。
主に消耗品を売っている店のようで、店先には丸薬や緑の液体等の回復薬っぽいアイテムが並んでいる。色々とみていると、その回復アイテムに混じって黒っぽいパンのようなものがあるのを見つけた。
値札の数字を確認してみると、値段も他の物に比べて多少安いようなので、まずはこれを買ってみることにしよう。
ついでに水もあるか店員に聞いてみると、どうやら水は容器を持参する必要があるらしく、今購入するのは諦めることにした。
「このパンを1つ下さい」
「あいよ、銅貨三枚ね…」
生憎銀色の硬貨しか持ってなかったが、試しに1枚店員に渡してみるとパンと一緒に銅貨が7枚返ってきた。どうやら銅貨10枚で銀貨が1枚分の価値があるらしい。
「この辺りじゃ、物価はこんな感じなのか?」
私としては特に深く考えずに発した言葉だったのだが、コレを聞いた店員は舌打ちをしながら銅貨を一枚返してきた。
「悪いけど、それ以上は安くできないよ……近くの水場に魔物が陣取ってるせいで水の値段が上がってるんだ。」
完全に偶然だが、安くなった上にクエストらしき情報を手にいれてしまった。
確かに高いかもとは思っていたが、商人をやってた頃の癖で確認したのが功をそうしたようだ。
何が役に立つのか解らないので、ついでに昔の癖に従って店員に礼を言って銅貨を1枚渡して店を後にする。無駄な出費になるかもしれないが、後々世話になることがあるかもしれないし印象は残して置いた方が良いはずだ。
「もう少し見て回ったら戻らないとな…。」
メニュー画面から時刻を確認すると、買い物を続けるには厳しい時間だった。
どうやら店を探すのに思ったよりも時間を使ってしまったようだ。
「ちぃぃぃいぃぃぃちゃぁぁぁんッ!!」
「え?イツ…ぐほぉッ!?」
声に気付いたときにはもう遅かった。背中を襲った衝撃になすすべもなく、私は地面を転がるはめになった。
「一人で先に見て回るなんてズルいよ!」
どうやら彼女達も早めにログインしていたらしい。
憤慨するイツキに色々と反論してやりたかったが、残念ながら言葉を話せる状態じゃ無かった。ゲームだから耐えられるレベルの痛みに収まっているが、現実で同じことをやられたらと思うとゾッとする。
「やりすぎだ阿呆。チバ、大丈夫か?」
イツキの頭を軽く小突き、アニキが手を差し出してくれたのでその手を借りて起き上がる。
やっぱりアニキの方はしっかりしていて助かるな…等と考えていたのだが、何故か私は立ち上がる事を許されず、その場に座らされてしまった。
「チバ…お前、食事はどうしたんだ?」
まさかの説教コースだった!経験上この流れは長くなる。タックルからのこのコンボは流石にキツい、何か上手い言い訳を考えないと!
「え?ちーちゃん家の冷蔵庫って飲み物とプリンくらいしか入ってないよね?」
この野郎!余計なことをばらすなよ!
「まだ十代半ばの娘がそんな食生活をしていたらダメだ。また倒れるぞ?」
大きくため息をつき、おもむろに説教を始めるアニキ。正直、あんたの説教も十代半ばの男子がやることじゃ無いよ!とツッコミたいのは山々だったが、それを言ってしまうと説教がさらに長くなってしまう。
「アニキ、約束の時間まであんまり無いんだけど…」
「問題ない、時間は把握している。多少ギリギリになるが何度でも言っておかないとお前は何度でも同じことを繰り返すからな!」
制限時間のおかげで長くならずに済みそうではあるが、残念ながら説教から逃れることは出来ないようだ。
「アニキのそういう何でもしっかりやろうとし過ぎるところって嫌い」
「嫌われるのを恐れていたら説教など出来ん。良いか?お前は基本的に真面目なのに趣味が絡むと色々蔑ろにする傾向が……」
結構勇気をだして毒を吐いてみたのだが、抵抗虚しく説教が始まってしまった。
アニキの説教は基本的に全て正論な上に、本当に善意で言ってきてくれるので私のような人間には結構キツイ。
「チバ、ちゃんと聞いているのか?」
「あ、はい。」
精神がゴリゴリ削られるの感じつつ、私はただただ時間が過ぎ去るのを待つのだった。




