出校日の朝
「いってきます」
いってらっしゃい、と家の中から母親の声が聞こえた後、堀田愛は家を出た。
今日は、夏休みに入ってから一回目の出校日なのだ。
まだ、朝の8時だというのに田んぼのあぜ道はすでにむしむしと暑い。そんな夏特有の暑さにうんざりとしながらも、愛は学校への道のりをもくもくと歩いていく。
―そういえば、あの事件からもう一ヶ月も経つのか…。速いな…。
そんなことを、ぼんやりと考えながら。
「おはよう、愛。」
一人の少女が声をかけてきた。考え事をしていた愛は、ワンテンポ遅れて挨拶を返す。
そんな愛の様子に気がついたのだろう。少女は、愛の顔を心配そうに覗き込んだ。
「どうかしたの?朝からぼんやりして…」
この少女は有永明美。
この村の村長の娘であり、愛の小さい頃からの幼馴染だ。
長い髪を2つに束ね、切れ長の瞳の奥には意志の強い明美の性格を現しているかのような、強い光を宿している少女だ。
しかし、今日はその光がいつもよりも弱いように感じた。やはりあの事件をまだ気にしているのだろうか?
「うん、ちょっと…行方不明の事件のこと考えてて…」
愛はそう答え、あははと弱々しく笑ってから、うつむいたきり黙りこくってしまった。
明美も、「そっか…」と少し悲しそうな顔をしてから青い青い空を仰ぎ見た。
その後は、暑くて気だるいからだろうか、それとも愛の言う「行方不明事件」の話題のせいだろうか、学校に着くまで二人が口を開くことはなかった。