2 はじまりは
遡ります。
出鼻からくじかれた。
我ながら、子供って、こんなに暇でいいのかな?、と思っていた。放課後、近所の子たちがもれなく習い事に通っている間、私がしていたのは、ボーっとすることだった。
一応、季節感はある。
春は住宅地の空き地でレンゲを摘み、夏は小学校の開放プールに通い、秋はススキを魔法の箒代わりに空想し、冬はアニメを見ながらこたつでうどんを食べる。
両親はよく分からないお店(多分)をやっていて、いつも家にいなかったから、近所のじいちゃんばあちゃんに育てられた私たち3姉妹。二つと五つ離れた妹二人はそれでも要領が良かったのか、大学付属の学校に通っていて塾や習い事でも忙しく相手にしてくれない。
私だけ、お受験はどこへやら。地元の公立校でも、やっぱり皆は習い事に忙しくて、学校の外ではお迎えの車が並んでいた。
「ピアノ習いたい?」
「ううん」
「体操教室行きたい?」
「やりたくない」
文句を言うと、あんたがそう言ったじゃないのと母さんは言ってのけたが、子供に決定権持たすなよ。っていうか、期待してよ何かの才能をさ、って放置主義の親だから思うのかなあ。
とにかく、そんな訳で、学校でもマイペースな私は、誰かとグループになるというのがトンと苦手だった。ボス的存在の人に媚を打ったり、洒落で流したりってあわせるのがどーしてもできない。家では、妹たちに厳しく突っ込まれていたけれど、ストレートで噂大好きな我が一族はカラリとした性格ばかりだし。
先生の仰る事は絶対(家では家長=父さんよりじいちゃんが絶対王政をひいているのだ)だから、言う事聞いて委員長とかやっていたからだろうか。派手目な子たちに目をつけられて、消しゴムのカスを投げられるようになったのが、多分、はじまり。
それが、定規になり、掃除用モップになり、私は授業中でも先生に見えないところで、つつかれるようになった。周りはクスクス笑うか、見て見ぬふりか。
親は知らない。着替え、一人で出来るから、黒痣なんて気づかないよね。心配させたくない。帰ったらバタンキューな母さん、深夜に帰って早朝に出て行く父さんは痩せこけているのに。
いつになったら、私も大人になれるんだろう。大人は財布にお札が入っているんでしょう?そしたら電車の切符を買って、好きなところへ逃げるんだ。
小学校からの帰り道、一人ぼっちなのが安心した。行きは集団登校で、ずーっと悪口を言われ続ける。
空を見上げながら、いつも思っていた。
正義のヒーローはいつ助けに来てくれるの?今ってピンチじゃないのかな。
誰も知らない学校へ行きたい。待ちくたびれた私は、中学受験の塾に入りたい、と初めて自発的に親に頼んだのだった。
いつも疲れて私が見る度に仮眠している母さんは、「ひひわよー(いいわよー)」と寝息の向こうから答えてくれた。
おやつに食べていたうどんの代わりに、母さんがいつも持って帰るお惣菜を詰めて、丸パンを二つ、ばあちゃんが風呂敷に包んでくれる。
いざ、出陣。
意外と、わりと成績はいい方。なんてったって暗記が大の得意の私。公式・年号なんでもござれ。全国模試でも100位に入っていたりして。だから、すげーって順位が張り出されるたびに、いやいや、って謙遜していた。
でも、多分、そういうのが奢って見えたんだろうね。ある時から、塾の男の子たちに無視され始めた。私が使ったスリッパは、汚ねー、って誰も使ってくれないし、私が座った椅子はまるで静電気でも発してるかのようにうわっ、て避けて行く。
またかよって思ったけど、そんな様子は学校にも伝線するのか、学年規模でちょっとした無視状態だった。
もうすぐ高学年でしょあんたら、って先生は、形だけは仲裁するフリしながら、所詮子供同士だろって思ってる。仕事だから、って顔に書いてある担任に言ったって、波風立てないように、ってごまかされるだけだ。言われたことは聞くけれど、相談はできなかった。いや、知らなかった。どう口に出したらいいかを。
ただ、クラブに選んだ吹奏楽部が私の息抜きだった。月・水・金の放課後、トランペットを吹く。なぜか似たようなタイプ(苦労人?)が揃っていたのか、先輩も適当で、お互い部活以外は干渉しない感じが楽だった。一応、学校のどこかに居場所はあったから、なんとかやっていけたんだろう。
そんなある日、塾にギリギリ着くと、私の席に見知らぬ男の子が座っていた。転校生?必死に5分英単語テストの課題プリントに向かっている。
「あの・・・」
と一応話しかけてみる。フッと振り返ったのは、細い顎。日焼けして、なんか、怖い。そう思ったけど、周りも、なんだなんだ、って見てるけど一応言わなきゃ。
「そこ、私の席なんです。変わってくれる?」
あっちが空いてるから、って前を指す。うぜー、って誰かが囁いた。ビクッとする。ニヤニヤして見てる女の子もいる。先生は聞こえてないのか知らんふりなのか、授業の準備中。私一人、椅子取りゲームで弾かれて立ち尽くしてるみたい。
きょとん、とした顔をした男の子は、一瞬眉をひそめた。周囲の空気を感じたのだろう。あーあ、そっち側ですか。また傷つかないといけないか、と思ったら
「あ、っごめん。じゃ、どーぞ」
え、という間もなく、隣の椅子にずれて、プリントや筆箱ごと動かした。
「ついでに消しゴム借してくれん?」
忘れたー、そう言ってニコッと笑った。
「よろしく、俺はムロマチ」
みんなもよろしくうっ!とおどけて言う彼は、軽く頷いたように感じた。こんな風に真正面から人に見られたこと、ない。私は口に出していた。
「は、・・・鉢巻?」
「む・ろ・ま・ち!ムロマチキョウだって」
そう言う声も突き放したとかじゃなくて、楽しげ。何だかみんな興味津々で彼を見ている。まるで、動物園デビューした子像みたい。
授業が始まる直前のざわめきの中、
「アウェーなんかクソくらえ、だよな」
とつぶやいた。
・・・また私に話しかけた?
びっくりしてマジマジと固まって横を見たら、照れくさそうにシャーペンをクルクル回して前を向いた。
『負けんな。自分自身に』
私は勝手に解釈。胸が一杯になった。まるで空気がそこだけ止まったみたいに。
後に、
『自分の目で見て、自分で決める。周りに流されてる暇はない』
がモットーだから適当に合わせただけじゃね?覚えてねーし、とあしらわれる思い出だけど。ヒーローの登場を待ち望んでいた私は、あっさり恋に救われた。
(発酵小話:第2話)
アウェー(アウェイ away)・・・敵地での戦い