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1 サッカーボールになりたい

(注意書き)

この物語はフィクションです。


作中に出てくる人物名や商品名などは、実在の方々とは関係なく、想像上の物語だと大目に見ていただけるとありがたいです。


それでは、時間や場所、視点等、行ったり来たりで分かりにくいかもしれませんが、少しでもお楽しみいただけましたら、幸せです。

夢は叶う?


あなたの人生ならば、どう答えてくれるだろうか。



・・・・・・*



7年後の夏の五輪の開催地が東京に決まった時、


「2020年になったら、新国立競技場で見せてやる」


そう、彼は言うはずだった。新しく生まれ変わったオリンピックスタジアムでもある芝生の上で、私たちに見せるのだと。きっと勝負時には、いつものように、あんパンをカバンに忍ばせていることだろう。


ワールドカップじゃなくて?24歳って、五輪だとオーバーエイジ枠の年じゃない?


と私が聞いたなら、冗談めかして言うかもしれない。


「それならロシアまで、お前来れるのかよ、2018年」


行けるよ、と私は答えただろう。お年玉で執念で宝くじを当てて、とか、バイトと出世払い30年分とかで親に泣きついて。


「は、お前みたいな根性なしじゃ、無理ムリ。今でも、小遣いなしのくせに無理だろ、到底大阪まで来るのなんか」


キビシイお見通しですな。きっとその頃、24歳の私は社会人かもしかしてまだ学生のままかもしれない(大学に行けたとしても4年で卒業する自信なし)。



・・・・・・*



このバスに乗らなければ、きっと八重洲南口の夜行高速バスの朝一便には間に合わない。だから、手前の交差点でそれらしきバスが信号待ちしているのを横目に見ながら私は、肝心な言葉を急いだ。


「あのさ、私、分かっていると思うけど、キョウくんのことずっ」

「悪いけど」


ずっと、と言う前に言葉をかぶせられた。気づけば、彼のコンバースの白いスニーカーと、私の赤いニューバランスのつま先は僅か10センチ位しかない。おぉ、なんて近くに来ていたんだ。雨に濡れたアスファルトに慌てて足を引っ込める。


「俺は、お前、論外だから」


え、ポカンと開けた口に朝日が入ってくるみたいな気がした。


「付き合うとか、大阪と東京で、学生が無理だし。そもそもお前のことご近所さんとしか思ってねーし」

「・・・知ってる。それでもいい。応援したいだけだもん」


はぁーとため息をついて、チロッと来ようとしてるバスをチラ見して言った。


「あのさー、言うけど。毎回、観客席の一番てっぺんで、チーム関係者でもねーのに、ノートにめちゃ記録しながら双眼鏡でガン見する三つ編みミニスカート女、って有名だぜ?この7年間、お前ずっと居たろ?」

海外遠征の時も、がら空きの観客席の端にいそうな気がしたもんな、と皮肉な笑みを浮かべる。


「ぐっ・・・、な訳ないじゃん。別に待ち伏せとかしてないでしょ?出待ちも差し入れとかも控えたのに」

「当たり前だ。お前、家族より来てるって何なの?しかも一人で」

「さすがに、毎回は誰もついてきてくれないし、それに私好きだもん」


「何が?」

「・・・サッカー」

「はっ、オフサイドもゾーンも分かんねーミーハーのくせに」


その時、バスが止まって扉が開いた。見慣れた遠征の相棒の、とんでもなく大きなビニールバックを左肩にかけて、BOSEのヘッドフォンを首にかけたまま、答えを訂正する間もなく、バスに乗り込んで、振り返ることもなく去って行った。


私って本当にダメだなぁ。肝心な時に、言葉はいつも口から逃げていく。


決まってるじゃない、キョウ君に決まってる、私には。


だけど、キョウ君には、私なんかじゃなくて、今日も大事にボールネットに入れてカバンと一緒にさげている、それ、に違いないだろうけどね。



2005年。ワールドカップ開催で国中が湧いていた2002年でもないのに。


なんでうちの小学校に来たのか、コーチのコネなのか新聞社の協賛とかなのかは分からない。


日本中にブームを巻き起こしたベッカム様と同じ母国の選手が、放課後のグラウンドに現れた。それは、スポーツ少年団に入る友達につきあって見学に来ていたキョウ君が、たまたまジャングルジムで時間を潰していた時だった。


「Hey!」


と言いながら、スポーツ刈りのその紳士が真っ直ぐに低く蹴り上げたボールは、勢いよくゴールポストに当たったあと、そのまま違う方向に飛んで行った。その先は・・ジャングルジム。


何気にキョウ君も見ていたのだろう。よろけつつも、ドッジボールのように両手で受け取ってから、バウンドさせてつま先で蹴り返した。案の上、方向はめちゃくちゃで、必死に取りに行くキョウ君を見て、その人ははにかんだような笑いを立てた。悠々とキョウ君の方に歩いて行く姿に、周りの取材陣たちからも笑いがおきて、なんだなんだ、と人だかりも付いていく。


ざわめきの中には、あれってリバプールの!イングランド主将候補だろ?という声が上がっていたかいなかったとか。


その人は足の甲で受けると、キョウ君にリフティングでボールを渡したまま、肩を優しく叩きながら何か話しかけて、カメラマンたちと去って行った。


掃除当番で、プレハブ校舎の2階の窓からその様子を眺めていただけの私には、会話のようすまでは詳しくは分からない。


分かっているのは、ボールを貰ったキョウ君は、そのままサッカー少年団に入り、私と同じ中学受験の塾以外に語学教室に通い出したこと。


そして、中学に入るなり塾を辞めて、サッカー部でなく地元のサッカーチームのユースチームに入り、U-15日本代表に選ばれ(学校は横断幕を張ったりお祭り騒ぎ)、中学卒業と同時に大阪のプロチームのユースチームに入るため、こうしてこの街を去って行く。


そのサッカーボールは、キョウ君にとって永遠に大事な宝物になったんだ。


だけど


2020年7月、あの芝生にキョウ君が立つことはなかった。


そう、だから私は思う。


夢は叶わない。


だけど・・・。





(発酵小話:第1話)

ワールドカップとは、ご存じでしょうがサッカーの国際大会で4年に一度行われます。オリンピックでも種目ですが、比較的年齢層の若い選手が対象になります(前年12月までに23歳以上だった選手はオーバーエイジ枠と呼ばれ、数名が選ばれることもあります)。(参考:Wikipedia)


ベッカム様とは、2002年のワールドカップでも大人気だった元イングランド代表で主将だったデビッド・ベッカム選手(David Robert Joseph Beckham)のこと。そして、紳士とは・・・またの機会に。

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