【第6話】姫との謁見、青年は新たなる目標を見つける。
僕の名前はエフト。
先程、イーファ様のお付の給仕であられるマリー様に、王城の北側にある離宮にイーファ様のお部屋があることを、案内して頂いている道中にお聞きしました。
そして僕は今、ラーキレイス王国第4王女イーファ=マギニルニアン=ラーキレイス様のお部屋の前に立っています。
僕は内心穏やかではないです。
何せ、これから仕えるお方は王族で、しかも国王陛下のご息女なのですから。
トントン
などと僕が思っていると、マリー様は扉を軽く叩きます。
あぁ、マリー様。まだ僕は心の準備が出来ていないのですが。
「イーファ様。『新しい』専属騎士様をお連れしました」
「……ん。入れ」
扉の向こうから鈴の音のような綺麗な声が聞こえました。
そして、マリー様が扉を開き、僕は姿勢を正して胸を張って入室しましたが、内心は心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほど緊張していました。
入室するとそこには見たこともないような豪華で、それでいて可愛らしい装飾のお部屋がそこにありました。
真っ白く品の良い刺繍が施された窓掛けや、綺麗な花の模様が掘られた衣装棚。
淡く白い木材で作られた丸机などの如何にも高そうな家具に、それぞれその家具によく似合う生地の敷布が掛けられています。
特に、美しいとしか表現できない天蓋付きで、淡い桃色の覆い布が四隅でまとめられていて、きっとその上で寝たならすごく気持ちいいだろうと思わせるようなふかふかのベッドが印象的でした。
そして、そのベッドの上に多くの本が積まれていて、その真ん中で座り、本を読んでいる人がいました。
その人は物憂げな表情を浮かべて、空色の碧眼で本に目を落としています。
太陽のように明るく紅い、それでいて、ふわふわと柔らかそうな長い髪。
見た目の歳相応の可愛らしいドレスから細く、でも柔らかそうな素足が伸びていました。
僕はこの人がイーファ様だとすぐに分かりました。
「イーファ様。『殿方』の前で、はしたないですよ」
「なんじゃ。『新しいの』は『男』か」
イーファ様はあまり気の進まないご様子で、ゆっくりとベッドから降りられ、白く長い靴下を履かれ、可愛らしいフリルが装飾されたブーツをお履きになりました。
そして、立ち上がられると、イーファ様が僕より拳一つほど低いお身丈であることが分かりました。
イーファ様はそのまま僕に近づかれました。
僕は早くなる心臓の音を聞かれないかと心配です。
「……ふん。『山斬り』が来るというからどんな者かと思ったが、なんじゃ妾と同じぐらいの子どもではないか。いよいよ父様も自棄っぱちになっておるようじゃな」
「イーファ様。エフトさん……んん。エフト様に失礼ですよ」
「ん? 『エフトさん』じゃと? ……随分とマリーに気に入られたようじゃな。見かけによらず手の早いことじゃ」
「イーファ、さ・ま?」
「うっ」
イーファ様のお言葉に、マリー様が何やら少し迫力のある笑顔を浮かべると、イーファ様は身を少し仰け反られました。
マリー様とイーファ様のご様子を見る限り、お二人は僕なんかが立ち入ることの出来ない間柄なのでしょう。
イーファ様とこのようにお話出来るとは、やっぱりマリー様はすごい人のようです。
「まあ、そんなことより」
そうおっしゃられて、イーファ様は僕の方を見ました。
「お前はいつまで、妾を『見下ろして』おるのじゃ?」
僕は姫様の言葉にはっとなり、すぐさま跪き頭を垂れました。
「も、申し訳ございません! 大変な無礼を働きました!」
「その通りじゃ。よってお前は専属騎士には相応しくないので、クビじゃ」
ガアアアーーーン!!
僕は頭を撞鐘に叩きつけられたような衝撃を受けました。
僕が、僕が至らないばかりに、国王陛下の大願を叶えることが出来ませんでした。
僕は自分の不甲斐なさに情けなさ過ぎて、涙が溢れてきました。
「な、なんじゃ。急に泣き出しおって」
「も、もうじわげございません。僕がいだらないばっかりに、びめ様に不快な思いをざぜてじまい……」
「い、いや。それほどのことでも……、あ、いや、その通りじゃ! よってお前はもう用ず」
「ひ・め・さ・ま?」
「……み、でもないな。うん。妾は心が広いので、今のは不問にしてやらんこともない。以後気をつけよ!」
な、なんとお優しい人でしょうかイーファ様は。
大変な無礼を働いた僕に、名誉挽回の機会を下さるとは。
僕は姫様の寛大なるお言葉に、より一層頭を深く下げて、感謝致しました。
「ありがとうございます! 不肖このエフト。イーファ様のために、精進致します!」
「ああ、うん。なんかやりにくいのう……」
イーファ様はなんとも言えない表情をされて、再びベッドに腰をお掛けになりました。
足をブラブラと振り、何かを探しているように部屋を見回されました。
すると、「あっ!」とお声をあげられて、深い笑みを浮かべられて僕を見ました。
それを見たマリー様が何かに呆れたような顔をしながら、「またですか」と呟かれました。どうしたのでしょうか?
「エフト……だったか」
「はい!」
「お前は妾の専属騎士として何をするか分かっておるか?」
「はっ! イーファ様のため、いつ何時もこの命をもって、お護りし、お仕えすることです!」
「ふむ。じゃが、考えてもみよ。外出するならばそれは分かるが、普段妾が部屋にいる時は、王城のみならず、この離宮にも四六時中、他の優秀な騎士が警護にあたっておる。そんな中、専属騎士は必要と思うか?」
「いえ! 必要ありません!」
「んなっ!?」
「え?」
僕がそう答えるとイーファ様は驚かれたようでした。
ですが、僕のような若輩者で未熟者ならともかく、近衛騎士団に入られるような優秀な騎士様たちが警護されているならば、必要はないと思います。
イーファ様は「ゴホン!」と咳払いされますと、それを見ていたマリー様は「クスッ」と小さく笑われました。
どういうことでしょうか?僕にはよく分かりませんでした。
「本当に変わっておるな。……まあ、よい。そんなわけだから、お前には他の事をやってもらおうと思う」
「はっ! なんなりとお申し付け下さい」
「うむ。良い心がけじゃ。では、その部屋の隅にある、ほれそこじゃ。そこにある汚れた布が何枚かあるじゃろう?」
イーファ様がそう指を向けられた先には、籠の中に無造作に積まれた何枚かの布がありました。
「それを新品同様に綺麗に洗ってくるのじゃ」
イーファ様はニヤニヤを笑みを浮かべられながらそうおっしゃいました。
「ふふふ。まさか出来ぬとは言――」
「お任せ下さい姫様! 必ずや綺麗に致します!」
「……はあ!? 妾はお主に『洗濯』をしろと言っておるのじゃぞ?」
「はい! イーファ様の身の回りのものを任せて頂けるとは、身に余る光栄でございます!」
僕がそう答えると、イーファ様は口を閉ざされ、目を吊り上げられました。
「ぐぬぬ。ならば、話は以上じゃ! さっさとやりに行け! 良いか? 決して手を抜かずに、『一生懸命』やるんじゃぞ!」
「はい! 承知致しました! それでは失礼致します!」
僕は立ち上がり、部屋の隅にあった籠を持ち上げて、お部屋を後にしました。
イーファ様が僕に洗濯の任をお与えになったのは、新人は新人らしくまずは簡単な仕事からやるべきであるということ、つまり、そういった仕事を地道にこなしていくことを通してこの離宮に慣れるようにというイーファ様のご配慮です。
先程大変な無礼を働いたにも関わらず、このような新参者を労る優しさに、僕は心の中ですごくイーファ様に感謝しました。
僕は離宮を歩いていたマリー様とは違う給仕の人に、洗濯をする場所と必要な道具の置き場所を聞きました。
その人は最初、不思議そうに首をかしげましたが、僕が名乗ると、『青ざめた顔』になり、とても親切にそれらの事を教えてくれました。
僕は教えられた場所で、洗濯桶と洗濯板を用意し、早速洗濯を始めました。
僕はまず、気合いを入れるため、自分の両頬をパチンと叩きました。
そして、イーファ様に言われた通り、『一生懸命』に汚れた布を洗濯板に水に浸しながら擦りました。
ドッパーーーーン!!
…………ザァァ
何ということでしょう。
いつもとは違い、『全力』で布を洗濯板で擦りつけた瞬間、布は消え、洗濯桶と洗濯板は粉々に砕け散り、水は短い雨になってしまいました。
僕は地面に膝をつき、両手の平もつけ、落ち込みました。
一日に二度も失敗してしまえば、きっと寛大なお心をお持ちのイーファ様だとしても、お許しにならないでしょう。
僕はイーファ様のお怒りになられたお顔を想像しながら、正直にこのことを話すために、イーファ様のお部屋に戻りました。
僕が扉を軽く叩くと、「入れ」と入室を許可されたので、入りました。
入室すると、口の端を少し吊り上げた笑みを浮かべたイーファ様がいらっしゃいました。
「ふふふ。なんじゃやはり洗濯なぞ出来ぬと申すのではない……な? って、どうしたのじゃ? なぜ、そんなにずぶ濡れなのじゃ?」
僕は正直に事の顛末を答えました。
「申し訳ございませんイーファ様! 僕が不甲斐ないばかりに、イーファ様の大切な布を『消して』しまいました! そして、離宮の大切な備品である洗濯道具を『粉々に』してしまいました!」
僕がそう言うと、イーファ様は不思議そうなお顔をしました。
「あの布を『消した』? 洗濯道具を『粉々に』したじゃと?」
「はい……。申し訳ございません! 如何様な処分でも受けます!」
「あ、いや、お主は何を言っておるのじゃ? あれだけあった洗濯物が『消える』はずないじゃろう? 本当のことを申してみよ」
「いえ、イーファ様に嘘をつくなど出来ません! 全て本当のことです……」
僕がそう答えると、より一層イーファ様は不思議そうなお顔をしました。
そして、何かを考えておられるように目を天井を見るように上に移されました。
「よく分からんことを……。なっ!? さてはお前、妾の使用済みと思って『盗んだ』のじゃな!?」
「滅相もございません! 僕にそのようなことは恐れ多くて出来ません」
「ふん。ならば、その『消した』ときの様子を見せてもおうではないか」
「しかし、イーファ様。もう洗えるものはさっき僕が『消して』しまいました」
「それは心配には及ばん」
イーファ様はそうおっしゃられると、ベッドの下に潜られて、そしてポイポイと次々と染みや汚れのある布をお出しになられました。
そして、イーファ様がベッドの下から出られる頃には、洗濯物が山積みになりました。
「どうじゃ! これだけあれば、足りないことはあるまい」
イーファ様はそうおっしゃられて胸を張りました。
「ひ・め・さ・ま?」
「ひぅ!」
僕が入室してからイーファ様の傍に控えられていたマリー様が口を開かれると、イーファ様は背筋を伸ばして肩をビクッと震わせました。
「最近洗濯物が少ないと思ったら、そんなところに隠していたのですね! あれほどベッドの上でお茶を飲んではいけないと言ったでしょう!」
「な、なんじゃ! 別によいではないか!」
「よくありません! 染みがついたらすぐに洗わないと落ちないと教えたでしょう!」
「そのぐらい分かっておるわ! そうやってマリーがすぐ怒るから、素直に言えんのじゃろうが!」
「私だってすぐに言ってくれれば怒ったりしません!」
「嘘じゃ! 前に言った時は怒っておったではないか!」
「それは、あなたがベッドの上で紅茶を飲んでいたことを怒ったんです!」
「ああ言えばこう言う!」
「それはこっちのセリフです!」
……イーファ様とマリー様が喧嘩を始めてしまいました。
まるで姉妹喧嘩をしているように僕には見えます。
昔から喧嘩をするほど仲が良いとは言いますが、お二人のご様子はまさにそれだと思います。
そして、ひとしきりやり取りを終えたイーファ様は僕を見ました。
「そんなことより……。さあ、お前が嘘偽りないなら、見せてもらうではないか!」
「はっ! よろしくお願い致します!」
そうして、僕とイーファ様、マリー様の3人は、さっき僕が洗濯をした場所にやって来ました。
僕は念の為、新たに洗濯桶と洗濯板を3組ほど借りてきました。
イーファ様は僕が準備を終えるとおっしゃいました。
「うむ。では先程と『同じ』ようにやってみせい。『嘘偽りなく』やるのじゃぞ」
「しかし、イーファ様……」
「とにかくやれ」
「……はい。では、失礼して」
僕はイーファ様に促され、さっきと同じように『一生懸命』に、洗い物を洗濯しました。
ドッパアーーーン!!
…………ザアァァ
そして、さっきと同じく、布は『消え去り』、洗濯道具は『粉々に』なり、桶の水は『短い雨』になり、洗濯をした僕と、それを見ていたイーファ様とマリー様に降り注ぎました。
………………
イーファ様は目を開いて、口を開けたお顔をして、何もおっしゃってくれません。
きっと呆れてものも言えないのでしょう。
僕はビクビクしながら、イーファ様のお言葉を待ちます。
「……噂通り、馬鹿げた力じゃな」
「ええ、これほどとは……」
マリー様もイーファ様と同じようなお顔をされて、僕の方を見ます。
僕はますますいたたまれない気持ちになります。
「ふ、ふん。洗濯もろくにできないとは、今まで何をして生きてきたのじゃ?」
「……はい。この10年間、王国騎士になるために『修行』だけをしてきました」
「『修行』とは?」
「棒を剣に見立てて、素振りをするだけです」
「ふむ。つまりじゃ、お前は棒を振るだけしか出来ん『能なし』ということか」
「……返す言葉もございません」
僕がそういうと、イーファ様は深い笑みを浮かべられて、とても満足そうなご様子でした。
「洗濯もろくに出来ず、棒を振ること以外は『能なし』が、妾の専属騎士が務まるか? ……もう言わんでも分かるじゃろう?」
「……はい」
「うむ。では、今この時をもってお前を妾の専属騎士の任を解にーー」
「お待ちください」
そう言ってイーファ様のお言葉を遮られたのは、マリー様でした。
「イーファ様。専属騎士様のお仕事に『洗濯』は必要ないでしょう?」
「え? い、いや、それはだな。なんというか……そ、そう、えっと、だな」
「な・い・で・しょう?」
「……うむ」
マリー様が頑なな笑顔でそうおっしゃられると、イーファ様はシュンとされてしまいました。
「さあ、エフトさん。もう大丈夫ですよ」
マリー様は優しい笑みを浮かべられて、僕にそうおっしゃります。
僕はマリー様の慈愛に溢れたご配慮に、感謝しながら答えました。
「それは違います!」
「……え?」
マリー様は予想外なというお顔になりました。
「イーファ様が僕に洗濯をするように命じられたのは、僕のような新参者でも出来そうな仕事であり、また、早く離宮の生活に慣れるようにとのイーファ様の寛大なるご配慮なのです!さらに言えば、イーファ様のそのご慧眼をもって僕の足りない部分を正確無比に見抜かれたのです! マリー様の僕のような者を気遣うお優しさには感謝致しますが、どうか! イーファ様のご意向をご理解ください!」
「ええ~、でも、えぇ~……」
僕がイーファ様の山よりも高く海よりも深い優しさと聡明なるお考えについて、マリー様に進言すると、マリー様は納得の行かないご様子で言葉を濁されました。
イーファ様の方を見ると、さっきまで何故かお慌てになられていたのですが、今は胸を張られて堂々とされています。とても威厳のあるお姿です!
「ふ、ふん。分かっておるではないか! 中々見どころのあるやつじゃ」
「はっ! ありがたき幸せ!」
「うむ。では引き続き作業を進めよ。まさかとは思うが、力加減が出来ぬわけではあるまい?」
「イーファ様にご命令頂いた『一生懸命』にやらなければ、なんとか出来るかも知れません」
「かまわん。目的を見失うな。一生懸命やることに意味があるのではなく、布の汚れを落とすことに意味があるのじゃ」
「はっ! イーファ様のご助言ありがたく頂戴致します!」
「うむ。では掛かれ」
「はい!」
僕はイーファ様に改めてご命令頂き、新しい洗濯道具を用意して、洗濯の続きに取り掛かりました。
その様子を見てからか、マリー様は一言おっしゃいました。
「……なんですかこの茶番は」
茶番とは何のことでしょうか?
僕にはよく分かりませんでした。
僕はさっきのように一生懸命やるのではなく、布を消さないように、洗濯道具が壊れないように、水が飛び散らないように、丁寧に優しく、そう、妹の頭を撫でるように布を洗います。
コシ、コシ、コシ、コシコシコシ。
僕は緩急をつけて、優しく優しく洗います。
コシ、コシ、コシ、コシコシコシ。
うーん。中々汚れが落ちません。
タンタンタンタン。
洗濯とは違う音がすると思い、顔を上げると。
僕の洗濯の様子を見ながら、イーファ様が右足のつま先を上げたり下げたりして、床を叩いていました。
コシ、コシ、コシ、コシコシツルッ――ベチャ。
あ、よそ見をしていたら、手から布が滑って床に落ちてしまいました。
「ああ! もう見てられん! ちょっと貸してみよ!」
「え!? あ、はい」
イーファ様は何やらイライラしたご様子で僕に近づきながら、袖を捲り、僕から洗濯板と洗濯物をお奪いになりました。
「よく見ておけ。こうやるのじゃ!」
ゴシ、ゴシ、ゴシ、ゴシゴシゴシ!
イーファ様が洗濯物を洗い始めると、なんと見る見るうちに汚れが取れていきます。
「お、おおお! すごいですイーファ様!」
「そうじゃろうそうじゃろう。全くこんな簡単な洗濯も出来んとは使えぬ奴じゃ♪」
イーファ様はそうは言いますが、とても楽しそうです。
そのご様子を見ていたマリー様は、何やら楽しそうな表情をされていましたが、右手を握られて口元にやると軽く咳払いをして、表情を直されました。
「ゴホン! ……イーファ様。王族が自ら洗濯をするなんて、他の者に見られたら示しがつきませんよ」
「はっ!? しまった! つい昔の癖で!」
マリー様に一言言われると、姫様は急に何かに気づいたようにハッとなられて、すぐにご尊顔を赤くされました。
「ぐぬぬ。もうよい! 妾は部屋に戻る! お前は洗濯が終わるまでは戻ってきてはならぬぞ!」
「はい! 承知致しました!」
そう言い残されて、イーファ様はマリー様と共にお部屋に戻られました。
さあ! 頑張って洗濯します!
その後、何枚か布を駄目にしてしまいましたが、洗濯を終えてイーファ様のお部屋に伺い報告をすると、イーファ様は「妾は疲れた。今日はもうよい。帰って休め」と言って頂きました。
僕のような下々の者を労るイーファ様のお優しさに感謝をして、寄宿舎の自室に帰りました。
僕は寄宿舎の食堂で、何故か僕の周りにだけ人が座らなかったのですが、夕食を済ませると、国王陛下の大願を成就すべく、訓練場で『気当て』の練習を始めました。
「やっ!」
「はっ!」
「とうっ!」
「てやっ!」
「はああああ!」
「うおおおお!」
「どりゃあああ!」
僕は色々と掛け声を出してみたり、色々とポーズを変えてみたりしましたが、何かを得られた気がしません。
大変恐縮ですが、どなたかに練習を手伝って頂こうとも思いましたが、皆様僕が訓練場に入られるや否や、訓練を終えられて帰ってしまいました。
あのように短い訓練だけでも、強くなれる皆様を尊敬します。
僕も早く先輩方のようになりたいです。
結局僕は何も得られないまま訓練場を後にして、明日のために部屋で休みました。
朝起きて、イーファ様の元へ赴き、ご命令して頂いたことをやり、『気当て』の練習をして、寝るといったように、僕の王国騎士生活はこのような感じで、毎日が過ぎていきます。
イーファ様からのご命令は、
ある日は庭の雑草を取り、手入れをするように言われました。
しかし、雑草を引き抜いた際に、庭の土も根こそぎ引き抜いてしまい、土が散乱してしまった時には、イーファ様は「馬鹿者! こうやって根本を掴んで丁寧に引っ張るのじゃ!」とおっしゃって、上手な雑草取りの仕方を見せてくださりました。
その後にマリー様に一言言われると、「はっ!? しまった! つい昔の癖で!」とおっしゃられて、また、お部屋に帰られました。
またある日は、イーファ様のお部屋の埃取りを命じられた際は、叩き棒で誤ってお部屋の花瓶を砂のように木っ端微塵にしてしまいましたら、イーファ様は「何をやっておるのじゃ! もっと物の形をなぞるように上から叩いていくのじゃ!」とおっしゃって、綺麗な埃取りの仕方を見せてくださりました。
その後にマリー様に一言言われると、「はっ!? しまった! つい昔の癖で!」とおっしゃられて、部屋を出て行くように言われました。
さらにある日は、イーファ様にお部屋の前の廊下を雑巾がけするように命じられた際は、雑巾の水分が一瞬で蒸発してしまい、雑巾が発火してしまいましたら、イーファ様は「阿呆かお前は! こうやって、虹のアーチを描くように丁寧に拭くのじゃ!」とおっしゃって、芸術的な雑巾がけを見せてくださりました。
その後にマリー様に一言言われると、「はっ!? しまった! つい昔の癖で!」とおっしゃられて、手に持っていた雑巾を僕の顔に投げ付けられて、お部屋に篭ってしまわれました。
そんなこんなで毎日イーファ様に怒られながらも、僕は誠心誠意イーファ様のお言いつけを守りながら専属騎士として過ごしていました。
そんな生活がしばらく続いたある日、イーファ様のご命令を終えて報告に伺った際のことです。
イーファ様は何やらとてもお疲れのご様子でした。
「はぁ……。お前は何を命じてもめげないのじゃな……」
「? イーファ様のご命令は僕にとってこの上ない喜びですが?」
「……いい加減、妾もお前というやつがどんなやつか分かってきたわ」
「そんな、イーファ様に僕のことをご理解頂けるなんて、恐れ多くて申し訳ないです」
「はぁ~」
何やら本当にイーファ様はお疲れのご様子です。
「これは、騎士としての欠点でもないと簡単には辞めさせられぬのう……」
イーファ様は口元で何かをブツブツと呟かれましたが、僕にはよく聞き取れませんでした。
イーファ様は気怠そうにベッドに横になられ、積まれていた本の一つを手に取られました。
「今日はもうよいぞ。また、明日来い……」
「はい! ありがとうございます!」
「はいはい。さて、続きでも読むか……『ライト』」
イーファ様が一言そう言われると、眩い光の玉が指先に浮かび上がり、そして、指先から離れて宙に浮かび上がりました。
「わあ。イーファ様は魔法を使えるのですね」
僕が良い物を見たなあと思いながらそう言うと、イーファ様はこちらを向かれ、怪訝そうなお顔をされました。
「何を言っておるのじゃ? 『ライト』なんぞ。少し練習すれば誰でも出来る超初級魔法じゃろうが」
「そうなのですか。僕は魔法を練習したことないので、分かりませんでした」
「なんじゃと!?」
僕がそう答えると、イーファ様はベッドから飛び起きながらそうおっしゃいました。
「まさかとは思うが、お前、魔法が『使えぬ』のか?」
「はい。一つも使えません」
「そうか! そうかそうか! ……くくく」
僕が素直に自分が魔法を使えないことを言うと、イーファ様は何やらすごく嬉しそうなお顔をされて、口の端から笑い声が漏れていらっしゃいました。
「クッハハハハハ!! そうか盲点じゃった! そう言えばお前は棒を振るしか能がなかったのじゃな!」
「??? は、はあ」
イーファ様は大層お笑いになられて、続けておっしゃります。
「魔法が使えぬ王国騎士など聞いたこともないわ! 魔法も使えぬ者が妾を護るなど不可能じゃ! 即刻父様に言ってお前を『解任』してやるわ!」
「え?」
そ、そんな。
僕はイーファ様がおっしゃられたお言葉に、愕然としました。
すると、マリー様が厳しいお顔をされて、イーファ様におっしゃりました。
「イーファ様! 確かにエフトさんは魔法が使えないかも知れませんが、それを補う、いえ、それ以上の力があることはご存知でしょう!?」
「ええい! マリーと言えど、この事に関しては、余計な事は言わせん! 第一、魔法が使えないなど、王国騎士としての資質に関わることじゃ」
「それがどうしたのですか!? 魔法がなんです!」
「ええい! うるさいうるさい! これは決定事項じゃ! 分かったかエフトよ!」
イーファ様が仰る通りです。
もしこれから、魔法が使えないと役に立たない場面があったとしたら、僕は何の役にも立てずに、イーファ様をお護りすることが出来ないかもしれません。
それに、他の王国騎士様が、皆様魔法が使えることを知らなかった僕の無知さに、僕はとても恥ずかしい思いでいっぱいです。
僕は、体を震えさせながらも、イーファ様に頭を下げて言いました。
「イーファ様。これまで、ありがとうございました……。また、僕が至らないばっかりに、イーファ様に『役立たずの専属騎士』を傍に置いていたという汚名を着せてしまい、大変申し訳ございませんでした。……失礼致します」
そう言って僕は、マリー様がお呼び止められる声を無視して、イーファ様のお部屋を後にしました。
そして、寄宿舎の自室まで、フラフラ覚束ない足取りで帰りました。
その日の夜は、ベッドにうつ伏せになり、未熟な自分を恥じながら、涙を流し、知らない間に寝てしまいました。
次の日、僕は自室の荷物をまとめていると、トントンと聞き覚えのある扉を叩く音がしました。
扉を開けるとそこにはマリー様がいらっしゃいました。
マリー様は有無を言わせない表情で、ただ「付いて来て下さい」と僕におっしゃりました。
僕は、ただその言葉に従って、マリー様の後を付いて歩きました。
マリー様に連れられて僕がたどり着いたのは、もう来ることもないと思っていたイーファ様のお部屋でした。
僕は、マリー様に促されるままに入室しました。
「ふん。来たか」
入室すると同時にイーファ様は僕に向かってそうおっしゃられました。
そして、僕の前に立たれるので、僕はすぐに跪きました。
「昨日の件で、お前に伝えなくてはならないことが出来た」
「は、はい」
僕はこれ以上、何を言われるのか怖くて仕方ありませんでした。
イーファ様は目を瞑られて、深く一息つかれた後、おっしゃりました。
「昨日、お前の解任の件で、父様と協議した結果」
僕はビクッと肩を震わせます。
国王陛下に、僕が役立たずだったことを知られたのです。
僕は自分が情けなくなりました。
「――で、あるからして、って、おい! 聞いておるのか!?」
「え!? あ、はい。申し訳ございません!」
「まったく。よいか、もう一度しか言わんぞ! よく聞くのじゃ!」
「は、はい!」
イーファ様は眉を吊り上げられるとこうおっしゃいました。
「父様と協議した結果、エフト、お前に『一ヶ月間の猶予』を与えることになった」
「猶予……ですか?」
「そうじゃ」
イーファ様は口をへの字に曲げながら、つまらなそうにそうおっしゃいました。
「つまりじゃ。その一ヶ月の間に、お前が魔法を使えるようになれば、また、妾の専属騎士となることを許すということじゃ」
僕はイーファ様のお言葉を聞いた瞬間に、破顔しました。
僕のような魔法も使えない三流の王国騎士に対して、国王陛下とイーファ様は、一ヶ月もの時間を待って下さる。
僕は、その寛大なご処置、ご配慮に、感無量の思いを抱きました。
「ありがとうございます! 国王陛下並びにイーファ様のご期待に必ずや答えてみせます!」
「ふ、ふん! 別に答えんでもよい――」
「ひ・め・さ・ま?」
「う、うむ! 精進するのじゃ!」
「はっ! 必ずや! 必ずやこのエフト。魔法を覚えてみせます!」
「うむ。では話は以上じゃ。あと、魔法を使えるようになるまでは、妾の部屋への入室は許さん。わかったな?」
「はい! 承りました! それでは早速行って参ります!」
僕は元気にそう答えると、シャキっと立ち上がり、すぐに踵返し、退室しました。
扉を閉める瞬間。
「あまり、頑張らなくて良いぞ~。無理するな~」
とベッドに横になりながら、手を振るイーファ様を見ました。
僕は『体を壊さない程度に頑張れ』というお優しいイーファ様のためにも、気合いを入れて、魔法を覚えようと決心しました。
僕は両手で顔をパチンと叩き、やる気を出します。
よし! 頑張るぞ!
大変お待たせ致しました。
仕事をしながら、時間を見つけて書いているので、頻繁な更新は出来ないことをお許し下さい。
では、話変わって。
ついに姫様とエフトが出会いました。
きっと今回は話が長いので、色々と思われたことがあるかと思いましたが、そのへんについては、また、違う視点の物語や次話以降にちゃんと説明していきたいと思います。
まずは、頭を空っぽにしていただいて楽しんで頂ければ幸いです^^
それでは次回に。
私の都合により、返信コメントを短く返すことにしましたが、それでも問題なければ、ご感想頂ければ幸いです。
ありがとうございました!
蛇足
イーファ(cv:釘宮理恵)
マリー(cv;大原さやか)
私の勝手な妄想です。