【第1話より】青年の妹、これまでのことを振り返る。
※この話は主人公とは別の視点の物語です。本編ではありませんので、本編を続けてお読みになる方はこのまま[次の話]を押して頂ければ幸いです。
私の名前はエイナ。お父さんは王都で細々と鍛冶屋をやってるの。
私にはお父さんとお母さんと『二人の』お兄ちゃんがいるの。
でも私は7歳まではお兄ちゃんは一人しかいないと思ってたんだ。
あの日のことは今でも忘れない。
あの日、私は明日からラーキレイス王国立フィリアセレス学園に入学することが決まっていて、嬉しくて、楽しみで、いつも夕御飯を食べた後は直ぐに寝ていたんだけど、その日は全然寝れなくて、家族に学園に入ったらしたいこととか、どんな勉強をするのかとか、いっぱい友達ができるかなとか色々なことを話してたの。
そうしてたら、いきなり家のドアが開けて、見たこと無い年上の男の子が家の中に入ってきた。
私はびっくりしてエドルフお兄ちゃんの後ろに隠れながらその男の子を見た。そうしたら、男の子も目を丸くして私の方を見てきたの。
私は知らない男の子に勇気を出して聞いたの。
「「あなたはどなたですか?」」
男の子の声と私の声が重なった。
私はいきなり人の家に上がり込んできて、何を言ってるんだろうと思いました。
すると、お父さんもお母さんもエドルフお兄ちゃんも3人ともびっくりした顔をした。
男の子に家族は私のことを知らなかったのかと聞くと、男の子は本当に知らないといった顔で、「知りませんでした」と答えた。
お母さんはその男の子をゲンコツした後に、私に優しい声でこう言った。
「エイナ。この子はエフト。あなたの『お兄ちゃんよ』」
エフト。
その名前は7歳の私でも知っていた。
『人間災害』とか『森喰い』なんて呼ばれていて、その名前が町の人の口から出る時は「またエフトが……」「エフトならやりかねん」って、エドルフお兄ちゃんが教えてくれた『青ざめた顔』をしながらそう言っている。
それに、お父さんもお母さんもエドルフお兄ちゃんもその名前を言う時は、いつも困ったような顔していた。
いつも私に優しくしてくれて、とってもお金がかかるのに学園に入りたいっていう私の我侭を叶えてくれた大好きな家族を困らせるエフトという人が私は大嫌いだった。
だから、目の前にいる男の子がそのエフトで、しかも私のお兄ちゃんだって聞いた時はすごく悲しかったし、悔しかったし、ムカムカしたの。
目の前の『この人』は私に近づいてきてこう言ったの。
「初めまして。僕の名前はエフトです。エイナ、君のお兄ちゃんらしいですよ」
この言葉を聞いて、私はすごく怒った。
今まで私が生まれてから、お兄ちゃんの癖に一度も会ったことがないし、『らしい』ってお父さんたちが説明したのに信じてないみたい。しかもこんな夜遅くに帰ってきて、家族にも町の人にも迷惑をかけるなんて、エドルフお兄ちゃんに教えてもらった『不良』に違いないと私は思った。
私の血の繋がった兄妹に『不良』がいるなんて恥ずかしくて、腹立たしくて、だから私は言ってやったの。
「あんたなんか『お兄ちゃん』じゃない!」
私はそう言って、自分の部屋に閉じこもった。
明日から楽しみにしていた学園のことも、すっかり忘れて、私はベッドでたくさん泣いて、そのまま寝ちゃった。
それから学園生活が始まったんだけど、学園に来る生徒はみんなお金持ちの貴族様か大商人の子どもばかりで、平民生まれの私はすぐにそのことでバカにされて、しかも『あの人』の妹とみんなに知られてからは、イジメられ始めた。
最初は仲間はずれにされたり、ものを隠されるだけだったけど、そのうち、『あの人』と私の仲が悪いという噂が広まってからは、泥水を掛けられたり、体育の授業で剣の稽古をした時は、たくさんの人から木刀で叩かれたし、魔法の授業では何度も火の玉をぶつけられそうになった。
先生に助けてもらおうとしても、先生も見て見ぬ振りをした。
私は毎日泣きながらお家に帰り、お母さんに何度も泣きついた。
お母さんは私に学園を辞めても良いと何度も言ってくれて、私も辞めたいと何度も思ったけど、エドルフお兄ちゃんが学園で頑張れば、きっと幸せになれると何度も励ましてくれたので、学園には行くだけ行っていた。
そんな生活が続いていたある日、いつも通り私が泣いて帰ってくると、本当に珍しく『あの人』がいた。
『あの人』は、泣いている私を見て、「どうしたのですかエイナ!? 何があったのですか?」と聞いてきた。
私は何も知らずに自分の好きなことをしていて偽善者ぶる目の前の男に腹が立ち、こんな人のせいでいつもイジメられることが悔しくて、でもそんな生活をどうにもできない自分が悔しくて、悲しくて、私は『あの人』に向かって全部をぶつけた。
「誰のせいで泣いてると思ってるの!? あんたがいるせいで私はみんなからイジメられてるんだよ!! 何も知らないくせに優しくしないで!! あんたが悪いんだ! 全部あんたのせい! あんたなんか死んじゃえ!」
私は大声で泣き叫びながら自分の部屋に籠もった。
すぐに部屋のドアを『あの人』が何度もノックしたけど、返事なんかしてやらなかった。
でも、バキバキって音がしたと思ったら、「あっ」と言って、『あの人』は私の部屋のドアを壊していて、何だか気まずそうな表情をしていた。
私はすぐに「何してんの! 出て行って!」と部屋にあるものを投げつけたけど、投げたら危ないものも当たっているのに、悲しそうな顔をして傷一つなく『あの人』は立っていた。
私は自分の無力さを知った気がして、お布団に包まってまた泣いた。
すると、『あの人』が近づいてくる音がした。
どうせ何をしても無駄なんだからどうにでもなれと私は思った。
『あの人』はベッドの横に座ると、布団越しに私の頭を撫でてきた。
それは、ドアを壊すほどの力があるとは思えないほど優しく丁寧で、町で悪評が立つような不良のような荒々しさはなかった。
「すみませんエイナ。僕は兄のように頭が良くないので、あなたがどうして泣いて苦しんでいるのか分かりません。……でも、僕のせいであなたが悲しんでいるのだけは分かりました。僕はそんな自分がとても腹立たしく、兄妹なのにあなたのことをよく知らないことが悲しいです。そして何よりも目の前で泣いている妹を見るのが悲しいです。そんな僕でも話を聞くことは出来ます。僕に、僕があなたにどんな非道いことをしたのか教えてくれますか?」
私は初めて『あの人』のこんなにも長い言葉を聞いた。
そして、その後私は今までの学園生活やその中でみんなからどんなことをされて、どんなイジメを受けてきたのかを感情のまま殴るように『あの人』にぶつけた。
一通り話したら、『あの人』もう一度、今度は直接私の頭を撫でて、真剣な表情を浮かべてこう言ってきた。
「今まですみませんでしたエイナ。でもこれからは大丈夫です。僕があなたを守ります」
この時の言葉はもちろん信じられなかった。
でも、少しだけ、ほんの少しだけ『あの人』の中に『お兄ちゃん』が見えたので、私は『あの人』のことを『バカエフト』と呼ぶことにしようと思って、その日はいっぱい泣いたのですぐに寝てしまった。
翌朝私が起きると、バカエフトが朝食の席にいた。
いつも私が起きる前に修行に行っていたので、多分初めてかもしれない。
バカエフトは「おはようございますエイナ」と言ってきたが、私はまだ彼を許すつもりは無かったので、「話しかけないで」とぶっきらぼうにそう返した。
お母さんは私の言葉遣いに少し怒ってきたが、私は変えるつもりはなかった。
そして、私が暗い気持ちで学園に行こうとすると、何を考えているのかバカエフトが付いてきた。
私は「付いて来ないで」と言ったが、バカエフトは「僕もこっちに用がありますので」と言って離れようとしなかった。
だから私は走って先に行こうとしたが、全力で私が走っているのに、バカエフトは涼しい顔で『歩いて』付いてきた。
朝から中々怖い思いをした。
学園に着くと、兄は校門のとこで私が校舎に入るまでずっと立って見送っていた。
何がしたいのかわからなかったけど、その日は『運がいい』ことに誰からもイジメられなかった。
それから毎日バカエフトは私の登校に付いてきた。
私は「しつこい」「恥ずかしいからやめて」「ついてくんなバカエフト」と何度も言ったが、バカエフトはどんなに私から非道いことを言われてもそれだけは止めなかった。
そんな朝のやり取りが始まってから、まだ、仲間はずれや陰口は言われていたけど、露骨なイジメはされなくなった。
私もバカエフトのおかげでそうなっていることにはすぐに気づいた。
でもしばらくして、バカエフトが校門から中には入ってこないで、朝の登校の時しかいないことにみんなが気づくと、またイジメられるようになった。
そして、またイジメられるようになって1週間過ぎたぐらいに、また珍しくバカエフトが私よりも早く家に帰ってきていた。
バカエフトはすぐに泣いていた私に駆け寄ってきて、「大丈夫ですかエイナ!? また何かされたのですか!?」と聞いてきた。
私は「うるさい! もう私に関わらないで!」と怒鳴って、夕御飯も食べないですぐに自分の部屋に籠もった。
そして、私は久しぶりにベッドの中で泣いた。
次の日、やっぱりいつも通りバカエフトは私に付いてきた。
でも、今日はすごく顔が怖くて、私は何も言えないでいた。
学園の校門に着くと、いつもは校門で止まるバカエフトが、今日はなんと校門の中に入ってきた。
すぐに先生たちが、校舎から出てきて、バカエフトを止めた。
「こ、困ります。学園は関係者の方以外に立ち入ってもらっては」
先生たちがそう言うと、バカエフトは怖い顔で、でもすごく堂々と胸をはって答えた。
「僕はエイナの兄です! 関係ないはずはありません! 僕の妹は学園に入ってからイジメられています。私は王国騎士を目指しています。王国騎士は国民を守る者。だから私はエイナを守ります。そして、何より兄として妹を守りに来ました!」
バカエフトは恥ずかしがることもなく、堂々とそんなことを先生だけじゃなくてみんなの前で叫んだ。
そうすると、校長先生が校舎から出てきてバカエフトに話しかけた。
「き、君がなんと言おうと、学園内に生徒以外の者を入れさせるわけにはいかん! それに君は王国騎士になるために『修行』をしているのだろう? こんなところで油を売っていていいのか?」
「修行はもちろん大事です。でもそれ以上に家族が大事です! 学園に入ることが出来ないのでしたら、校門の前で一日中待たせていただきます!」
「い、一日中……だ、と」
バカエフトがそう言うと、校長先生は驚いた顔になった。
「ま、まさか。校門の前で修行は、しないのだろう?」
「いえ! 修行は大事なので、校門の前でさせて頂きます! 誰がなんと言おうと、妹がイジメられなくなるまで続けます!」
「なんじゃと!?」
バカエフトの言葉に、校長先生は『青ざめた顔』をした。
そして、すぐにバカエフトに頭を何度も下げてこう言った。
「我々が、全力を尽くしてイジメをなくしますので、何卒!何卒校門前で修行をするのはやめて下さい! お願いですから! この通り!」
校長先生のその言葉を聞いて、バカエフトは私の頭を撫でてこう言ってきた。
「いいかいエイナ。校長先生たちがこれからはちゃんと守ってくれるから安心しなさい。……もし、それでもイジメられることがあったら僕に言いなさい。いいですね?」
「う、うん。わかった」
バカエフトはそう言って、いつも通り修行に行ったの。
そして、その日のうちに校長先生が全部の学年クラスを「名誉ある学園でイジメなどという非常に低俗な行為がされているようですが、今後、そのような行為をした者は、貴族だろうがなんだろうが退学処分にし、再入学の権利を剥奪する! また、教師もそのような行為を見かけて見過ごしていた場合、懲戒免職処分にするので、肝に銘じるように!! これは脅しではない! 命令だ!」と言って回った。
こうして学園からイジメは無くなった。
その後、やっぱりエフトは、いつも通り私が登校する時だけは、校門前まで着いて来るの。
でもいつもと違うのは、私にも友達が出来たこと。
同じ平民出の女の子で、アイナと言う子で私と名前が似ている子。
今までは自分がイジメられるのが怖くて、話しかけることが出来なかったと、別にアイナは悪くないのに謝って来てくれた事がきっかけで、私達はすぐに仲良しになることが出来た。
それからは学園が楽しくて、授業も今までよりもずっと分かるようになった。
お母さんから私が明るくなってくれて嬉しいと涙を流しながら言ってくれた時は、私も泣いたけど、全然その涙は嫌じゃなかった。
エフトは相変わらず毎日修行修行している。
たまに会って話しかけてきたときは、まだ照れくさくて強い言葉で返しちゃうけど、それでも私の中で、それまでのバカエフトはバカを通り越して大バカだったので、ただのエフトになったの。
それで絶対に忘れない私の大切な思い出があるの。
それは、初めて遠足で南の森の近くまで行った時のこと。
私はアイナと一緒にお喋りしながら、お昼にお母さんが作ってくれたお弁当を食べていた時、いきなり少し離れたところから叫び声がしたの。
そこには私達みたいな子どもを丸呑み出来そうな大きな狼が何十匹もいて、襲いかかってきたの。
先生たちが一生懸命戦ってくれたけど、その狼たちはすごく強くて、あっという間に私達は囲まれてしまった。
私は怖くて怖くてアイナと抱きしめ合って震えた。
そして、狼たちが私達を食べようと一斉に襲いかかってきて、私はもうダメだ!と思って目をギュッと瞑った。
でも私達は食べられなかったの。
だって目を開けた時にそこにはエフトがいて、狼たちは半分以上は『細切れ』になっていたの。
エフトが真ん中に丸い玉が埋め込まれた棒を振ると、狼たちはどんどん細切れになっていった。
それで目を何回か瞬きした時には、もう狼は一匹も残っていなかった。
エフトは狼達を倒すと、すぐに私のところに来てくれた。
「大丈夫ですかエイナ。怖かったでしょう」
そう言ってエフトは私の頭を優しく撫でてくれた。
その時、エフトの手はすごく震えていたのをはっきりと覚えている。
こんなにみんなに迷惑をかけるぐらい、修行をしちゃって、それで先生たちでも一匹も倒せなかった狼を、あっという間に倒しちゃうぐらいすごく強いのに。
でも、魔物を見れば怖いと思う私と同じ人間で。
それでも誰かを守もろうとして、私を何度も守ってくれた優しい私の『お兄ちゃん』。
私はその日から、修行バカで、空気は読めないし、鈍感で、馬鹿力で、怖がりだけど、誰よりも努力家で、誰よりも誠実で、誰よりも優しくて、誰よりも純粋で、そして誰よりも勇敢な『お兄ちゃん』が、大好きになった。
夢に向かって努力するお兄ちゃんを尊敬するようになった。
ちょっと大バカなお兄ちゃんを見ていると、お母さんが言っていた『愛おしい』っていう気持ちを持つようになった。
そして、お兄ちゃんが15歳になった日、お兄ちゃんは自信がなさそうに、「みんな……。僕は、僕は本当に、『王国騎士』になれるんでしょう……か?」と私達家族にそう言ったの。
こんなに努力をして、こんなに優しくて、こんなに勇敢なお兄ちゃんが、王国騎士になれないはずがない。私はお兄ちゃんが王国騎士になれることを誰よりも信じている。
だから私はこう言ったの。
「大丈夫!私は信じてるよ!お兄ちゃん!」
次の日、お兄ちゃんが王国騎士試験を受けに行く時に、不安そうにしているお兄ちゃんに私は言った。
「お兄ちゃん! 私も王国騎士になろうと思うの! だから先になって待っててね!」
お兄ちゃんは一瞬驚いた様な顔した後に、優しく笑みを浮かべて、「これはもう私には必要ないから、エイナにあげましょう」って言って、修行で使っていた棒を私にくれた。
そして、お兄ちゃんは凛とした表情のカッコイイお兄ちゃんになって、試験に行った。
私はすぐに家族にこう言ったの。
「私も今日から『お兄ちゃんみたいに修行』して、王国騎士になる!」
「「「お願いだから!『普通に修行』して!!」」」
私は初めて家族から『青ざめた顔』をされました。
お兄ちゃん。試験頑張ってね!!
ちょくちょくこうやって、主人公以外の視点のお話を入れていこうと思います。
僭越ながら、妹フラグは立てておきました!
全国6133万4千9997人(2010年度人口統計調査男性総人口-作者を含む兄弟の数)のシスコンの皆様!ご愛読ありがとうございます!