【第15話】青年は――……放つ!
僕はエフト。
今、エルフの国に来ています。
先ほどエルフの族長様に僕の名前を呼ばれたときに、つい返事をしたところ、謁見の間が何やら不穏な空気に包まれました。
「……、そこの姫の後ろに控えておる甲冑の者よ。お主、先ほどからその鉄仮面を着けたままでは、如何にここが風の精霊によって、空気を調整しているとはいえ、蒸すだろう。どれ、それを脱ぐと良い」
族長様は、にこやかに笑みを浮かべながら、そうおっしゃいました。
さすがエルフをまとめていらっしゃる方です。
このような身分の低い僕を気にしてくださるとは。
さっきは『おいそこの族長』とか思ってすみませんでした。
「はい。お心遣いありがとうございます。それでは――」
と言って僕が兜を脱ごうとすると、
「いやいや、待つのじゃ待つのじゃ。この者は、妾の側近の騎士でな。えーと、ほれ。素性が割れると、妾の身の上ゆえに、色々と困るのじゃ」
とおっしゃって、イーファ様がすごい速さで僕の兜を押さえつけてこられました。
僕としたことが、自分の立場を見失っていたようです。
確かに、イーファ様のような高貴な御方に仕えていれば、それを崩そうと目論む悪漢はいるでしょう。
実際、イーファ様は攫われそうになりましたし。
いや、これはイーファ様に限ったことじゃない。
もし、僕がイーファ様の王城騎士と知られたら、僕はともかく僕の家族が狙われることがあるかもしれません。
そう考えると僕は目頭が熱くなりました。
イーファ様はそこまで考えて、この兜を渡してくださったのでしょう。
そんなイーファ様のお心遣いを危うく無碍にするところでした。
「イーファ様ありがとうございます」
「うむ。き、気にせんでよいぞ」
僕はそう言いながら、その場で立ち上がり、族長様に言いました。
「申し訳ございませんイブラーヒム様。このイーファ=マギニル=ラーキレイス様の王城騎士にして、専属騎士『エフト』! 姫様の厳命により、顔を晒すことができません。何卒ご理解を!」
シーン――……
……あれ? ばっちり決まったと思ったのですが、何やら謁見の間がまたおかしな空気になったような。
イーファ様は、ご自身の額に手を当てて、あちゃーッといった感じに上を向いて折られます。
族長様は、何やらご機嫌な様子で、ニヤリと深い笑みを浮かべていらっしゃいます。
そして、謁見の間にいらっしゃる方々は、お顔つきが何やら怒っていらっしゃるようなそんな感じになっていらっしゃいます。
僕がそんなことを思ってると、
「ふふふ、ふはははははは! いるではないか『森喰い』本人が!」
族長様がそんなことをおっしゃいました。
僕は驚きながらも凶悪な極悪人がこの場にいるのかとキョロキョロしてると、なぜか皆さん僕の方を見ます。
「ええい! 引っ捕らえるのだ!」
族長様の一声で謁見の間にいた衛兵の皆さんが、一斉に僕の方に来ます。
そして、あっという間に僕は両脇を掴まれてしまいました。
「え? え? どういうことですか?」
「ふん! しらばっくれおって! 貴様が『森喰い』のエフトというのはわかっているのだぞ!」
「え!? 『森喰い』って僕のことだったんですか!?」
「あくまでとぼける気か……。よかろう。その性根、冥界の彼方で叩き直してくるとよかろう!」
先ほどから話題に出ていた『森喰い』という極悪人は僕だと族長様はおっしゃいます。
一体どういうことでしょうか?
「ま、待つのじゃああ!」
僕が混乱していると、イーファ様が急いで僕に駆け寄ってきて、両手を広げられて族長様に言いました。
「確かにエフトは巷で『森喰い』と呼ばれることはあるが、それをしたのはもう何年も昔のことで、このエフトだって、まだ子どもの頃のことなのじゃ!」
「ふん。我々エルフにとってたかが数年前など、昨日のことのようなものだ。関係ない」
「なんじゃと! 貴様らエルフは、幼子がやったいたずらのようなものを許せんほど狭量なのか!」
「普通の幼子が森を破壊できるかあああああ!」
……。
なにやらすごいことになっております。
僕が『森喰い』と呼ばれるエルフさんたちの森を破壊した張本人で、イーファ様は僕を庇ってくださっておられるようです。
しかし、僕が子どもの頃? 森を破壊?
……
…………
………………
「――!? あ、ああぁ! もしかして、昔、僕が受けた『丸太調達』の依頼のことですか?」
僕がそう言うと、また、謁見の間がシーンとなりました。
心なしか皆さん「今更かよ」って感じの顔つきになっています。
……気のせいでしょう!
「確かあの時、木を切りすぎちゃってすごく怒られました」
「『切りすぎた』!? 我らが森をあれだけ蹂躙しておいて、その程度の認識なのか貴様は!」
「え、ええ!? そ、そんなにひどいことだったんですか!?」
「――――っっ」
僕がそう答えると、族長様はものすごい形相になり、何やら額から「プチッ」って音が聞こえたような気がします。
「ええい! そこになおれ! 私が貴様の首かっ切ってやるわ!」
そうおっしゃって、族長様は杖を持たれると、ブツブツと不思議な言葉を紡がれました。
そうすると、杖の先に魔法でできた剣のようになりました。
ずんずんと、魔法の剣を構えた族長様が近づかれます。
ど、どうしよう。
「や、やめるのじゃ! イブラーヒム殿!」
「ええい。問答無用! そこをどかぬのなら姫ごと切り捨ててやる!」
なっ! ま、まずい! このままでは姫様が大変なことに!
くっ、しかし、僕が剣を抜けば、族長様もお怪我されてしまいます。
どうすれば!
――! そ、そうだ! こんな時のために練習した技があったじゃないか!
まだ、一度も成功したことはないけど、今やらなければ!
僕はそう思い、全身をただ一点、族長様に集中し、力を溜めます。
いつか王国騎士団長様に教えていただき、練習を続けてきたあの技を。
武器を使わずに相手を倒す妙技――『気当て』
僕は力を溜めたと同時に、それを解放しました。
「――はああああっ!」
ドドドドドゴゴーーオオオオオン!!!!!
轟音と共に、謁見の間には土煙が立ち籠めて、パラパラとお日様の見えるようになった天井から建物の破片が降り注いでいます。
失敗しました。
王座のあった場所はすでに跡形もなく、まるでえぐり取られたかのように円形に建物は削られて瓦解しています。
練習のときは、失敗しても小さな穴でしたが、兜があったせいか、狙いが外れ、とんでもないことになりました。
はっと思い、元々狙っていた族長様を探すと、族長様はお尻を床につけたれて座っていらっしゃったので大丈夫そうでした。
危なかった。
もし、あれが当たっていたら大変なことになってました。
「な、なんだあれ!」
「分かるわけ無いだろ!」
「あいつ武器を抜いてないよな!?」
「武器無しで、声だけでこんなことになったのか!?」
「嘘だろ!? そんなの人間にだってエルフにだって、というか他の種族にだってできねぇだろ!」
「ば、ばけもの……!」
そのようなことを謁見の間にいた皆さんがおっしゃり始め、皆さん「青ざめた顔」をされてました。
なんだか久しぶりに見た気がします。
「あ、あのー。大丈夫でしたか? 皆さん?」
僕がそう声を掛けると、皆さんビクッ!と体を震わせてました。
「ひ、ひぃぃぃ」
「ど、どうか命だけは! 命だけは!」
「お、俺は関係ないぞ! 俺はあんたを殺そうなんて微塵も思ってないからな!」
「お前ズルいぞ! 自分だけ! お、俺もだ! 俺も関係ないぞ!」
「ああ、大精霊様! どうか生まれ変わったら、お慈悲を。贅沢はいいません。どうか僅かな幸せで細々と暮らせる平穏な生をください」
「ブツブツブツブツ……」
そう口々におっしゃって皆さん壁際に離れて行かれました。
僕は頭を掻きながら、族長様のところまで行きました。
「あ、あの大丈夫でしたか? そ、その色々と失敗しちゃってすみません」
「へぁ!? あ、あ、あ、ああ、こ、ここ、こちらもつい、か、かっとなってしまってな! も、申し訳ない! そ、そうだ。これは両国の信頼回復のための場! もう一度、そう、もう一度、『平和』的に話し合おうじゃないか! なっ! みな! 皆もそれでよかろう!?」
族長様がそうおっしゃると、壁際に皆さんはそれはそれはキレイにブンブンと一糸乱れず首を縦に振られました。
ここまで、一糸乱れず揃って行動できるとは、きっと王国騎士様たちと同じくらい鍛錬を積まれているのでしょう。
僕も見習わないと!
「エフト。よくやった!」
「え? イーファ様今なんて?」
「なんでないなんでもない! さあ、イブラーヒム殿! それでは『平和』的に『話し合い』をしようじゃないか」
「ひぃひぃいぃぃ」
そうおっしゃって、イーファ様はニヤリとしたお顔をされました。
さすがお心優しいイーファ様。先ほど族長様から危害を加えられようとされていたのに、それを全て水に流し、友好的に接せられるとは、僕は感無量の思いです。
そう、争いは何も生みません。
みんな平和的に解決できるのが一番です。
久々の更新です。
短いですが、エルフ国編冒頭部分になります。
書いていて、気づいたのですが、
エフト反省してなくね?
と思いましたが、いや、面白そうだしこれでいいやといった感じにまとめてしまいました。
一応、弁解しておくと
これまでのエフトだと、謁見の間が壊れたのは自分の力じゃなくて、族長の力と誤認していたことでしょう。
少し自覚した今回のエフトは、さすがに自分がやったとは気づいています。
その他は、いつもどおりですがw
そんな感じで、不器用ながらもエフトに自覚させていきますので、ご容赦を。
それでは次回 「青年、君の名は――」でお会いしましょう!
うーん。ちょっと無理があったな。
どうせなら「シン・エフト」の方が良かったかな。
流行には3歩遅れて乗っていくが私です。