一緒に登校。
今日はちょっと豪勢に、ベーコンを下に敷いた目玉焼き。半熟になるようフライパンに蓋を被せている。これをパンに乗っけて、とろっとした黄身を潰して食べるのが私は好きだ。更に小鉢に植えたミニトマトは既に収穫して洗い、盛り付けてある。
今日は晴れてるし布団も干すか。ここのマンションはベランダが大きいから便利だ。
あの告白劇が嘘のような日常。昨日のアレは夢だったんじゃないのか?
ピーンポーン♪
玄関からチャイムが鳴り響いて、一瞬で昨日の事が夢じゃないと証明された。
『八雲です』
インターホンに映っていたのは、昨日散々見た“恋人”の顔。
「今朝ご飯食べようとしてたんだけど」
『遅くないか? もう7時だ』
「ふざけんな、私は8時に家を出るって決めてんだ。ロック外すから上がりなよ」
『でも……』
八雲がごねそうだったので、とりあえずインターホンを切ってロックを開けてやった。
アイツが来るまで朝ご飯を食べとこう。そう思って踵を返すと、重要な事に気付いた。
目玉焼き、完熟になってる。
賭けをするに当たって恋愛ごっこのルールを幾つか作った。
その一、賭けの最中は登下校を一緒にする。
「野宮、家族は?」
「母さんと大学生の兄貴が二人、ウチ母子家庭だから。今は一人暮らしだし気にしなくていーよ」
「ふーん」
興味無さげだな、おい。
八雲は相変わらず制服をカッチリ着ている。コイツは着崩すって事を知らないのだろうか。
対して私はネクタイを緩めまくりボタンも第三まで開けて、スカートは膝上十センチって所だ。何故か先生方に注意されないのでこのまま。
「野宮って脚綺麗だな」
「よく言われる」
パンの最後の一欠を口に詰め、オレンジジュースを流し込んだ。
「可愛げの無い返答」
「自分でも自覚してる。ご馳走様」
食器を水に漬けてシンクに置いた。昼は学校だし、夜になってから片付けるのが習慣だ。
「ちょっと待ってて、歯磨きしてくるから」
「はいはい」
素っ気ない返事。可愛げ無いのはお互い様だろ。
それにしても、ホントに可愛くない。
歯を磨いてる間、鏡を見て思った。
部活の為に短く切った髪は、引退した今は少しだけ伸びたので耳に掛けている。背は八雲とたった2センチしか違わない178センチ、加えてAカップの絶壁。白いシャツから伸びた二の腕は焼けてはないけど結構太い。本当に、何だってこんな女を八雲は選んだんだろう。いや、理由は聞いたけども。
「野宮」
「どわぃ!」
急に洗面所のドアを開けられて、変な声が出た。
「そんな変なビックリ声初めて聞いた。まだ終わらんのか?」
やり過ぎて歯茎から血が滲んでた。何事もやり過ぎは良くないね。
登校中。
「今更ながら思った。付き合うって何すんの?」
ふとした疑問。もっと今更だけど、付き合って一日も経ってないのに家に招き入れるのもどうだろうと、今朝の事を思い出しながら。
「うん……ホントに今更過ぎてビックリした」
それにしては表情に変化無いけど。
「答えはくれんの、学年トップ?」
「ゴメン、自分でも思った。付き合うって何すんの」
「ホントに何で付き合おうと思ったのか分からん」
コイツって勉強は出来るけどバカだって事は分かった。
ルールその二、性行為及びそれに準ずる行為は禁止。
当然キスも駄目なワケで(したいとも思わんが)。およそバイブルとも呼べる少女漫画なんて読んだ事無いから、本当に分からん。
恋人同士のする事で浮かぶのはどうも即物的なものばかりだ。
「野ー宮っ!」
「うおっ」
背後からの攻撃で思わず前につんのめった。
「さっちんか。はよ」
「はよー。ね、何で野宮が八雲と歩いてんの?」
「え……あー」
何て答えればいいか分からず濁して、八雲に助けを求める。
「昨日から付き合い始めた」
さらっと言うね。
「わお。あの八雲様が野宮と? mixiで呟いてイイ?」
「さっちんが呟いたら全校生徒に広がるじゃん。嫌だわ」
「ハッハッハ、この上条早苗の交友関係をナメるでないよ……っと、それよりイイの? 八雲なんかと付き合っちゃって」
「なんかってなんだなんかって」
「八雲様親衛隊が黙っちゃいませんわよー?」
「は?」
「うーん、不屈の野宮VS最強の八雲親衛隊。随分見応えのあるカードだと思わんかね、八雲君?」
「え、」
「まぁせいぜい頑張る事だね。めげるなよ野宮!」
さっちんは嵐のように言うだけ言って去っていった。
「……八雲」
「何?」
「親衛隊があるなんて聞いてない」
「うん、僕も今初めて知った」
「取り巻きとかは?」
「そういやいた気がする」
「一発でいい、殴らせろ」
どんだけ周りに興味無いんだ、コイツは。
「ギャハハハハ!」
「どんだけ笑うんだ斎藤」
「いやいや、斎藤は悪くない、八雲が悪い。野宮と付き合ってるって事自体ギャグなのにそれに重ねて顔腫らして学校来んだもん」
「木屋町も殴られろ」
人の不幸を何だと思ってるんだ。
体育着を着ようとした半裸の男が密集する更衣室の中、斎藤のバカ笑いはかなり悪目立ちする。
「まぁ良い傾向だとは思うぞ。お前本気で他人に興味無いし」
木屋町は薄く笑いながら言った。
「興味位はある。関わろうとしないだけだよ」
「小学校の頃からの付き合いだけど、ホントお前の考える事が分からん」
着替え終わった木屋町は斎藤の少し伸びた髪のセットをしていた。斎藤は前髪をピンで止めるのが下手だから、いつも木屋町がしている。
「まぁ、頑張れよ」
そういう事を言ってくれるのは木屋町だけだからありがたい。
「ありがとうお母さん」
「誰がお母さんだブッ飛ばすぞ」