AI利用についての取り組みと感想と意見(希望?)みたいなもの
私がもっとも役に立つなと思ったこと。
AIのお世話になる第一は誤字の発見です。これは何度読んでも見つけられず、恐ろしいまでの生命力で生き延びられてしまうので、AIさんが特効です。
効果はバツグンなのです。小説を書かれる方なら、必ず感じたことが有るかと思います。
「なんで、これ気づかないかな……」
読み返して見つける誤字ほどテンションが下がることもありません。
これがいいシーン(※個人の感想です)で出てくると萎えますよね。私もよく投稿済みの作品で見つけてマクラを濡らしています。(もちろんこっそり直しましたが?!)
ちょっとうろ覚えで思い出せない熟語や単語を教えてくれるのも助かりますね!
そうそう、ニュアンスと字面は思い出せるのに、出てこないとかありませんか?これはかなり調べるのに時間がかかります。AIは短時間で見つけていくつも候補をだしてくれるのです。
次は公平公正な評価ですね。
作者は自分のストーリーに自信があるもの(※個人の感想です)なので、ストーリーラインを見ればバイアスがかかります。
これはひと月後とかに読み返して気付くタイプのミスです。それなりにPVがついていて、既に読んでもらっていたりするとヘコムやつです。
「言いたいことはわかる」
「わかったわかった……」
過去の自分に突っ込みたくなる思い込みによる畳み掛けや表現。自分では感情が乗っているので気持ちよく書くのですが、読み返してみると見苦しい。こういった事にAIは冷静に指摘を入れてくれるので、一月待たなくても済みます。
書き連ねるときりがないので、そろそろ進みます。
そういった便利さを享受しながら小説を書くには、AIの使い方が問われるのだと思います。AIは自分で持ち合わせていない引き出しを沢山持っているので、相談するのは良いことだと思います。
私はSFを書いたりするので、技術相談が多いですね。「水深20Mってどれくらいあかるい?」とか「この距離は地平線の向こうになる?」などといったこと。これはWEBで調べれば正解がすぐ見つかりますが、見つけたり精査するのが大変です。AIは丁寧になんか難しい公式とか計算式を出てきます!
専門家レベルの正しい数字が欲しいのではないので、これらを参考としてSFを書いています。歴史モノとかもそうじゃないですかね?フィクションなので学術書じゃないですから。
AIは人間を理解していない。
こういったいろいろを参考にする際に私が気をつけているのは、この答えは「人間ではなくAIが出したもの」と心に留めることです。AIは最大公約数的な正解を出しますが、それは決して感動できる答えではないんですよね。
わたしはAIをものさしだと思っています。自分の中にある常識を正しいと図るために。自分の得意分野ではついつい常識と思ってしまうことを、AIはわかりにくいと否定してくれます。
逆に平均や確率では人間の心は測れないですからね!書き手として力を入れた部分をAIに「重複してます」とか「わかりにくい」と言われたら、ニヤリポイントです。
大事なのは使いこなすことではないでしょうか?自分の実力を超えたものをAIに作らせることは、文章では特に難しいと思います。プロットにしても漢字や熟語にしても、自分で使いこなせない以上を参照すれば必ず破綻してしまいます。
AIの提案を理解できて、それが正しいと思えば私も採用しております。それは時間さえかければいずれ自分で気がついたり、組み立てられたはずのものだから。
人間もまたAIを理解できていないのでは?
昨今見かけるAIに関する議論をみると心萎えるところがあります。使ってるか使ってないかは作品の評価に影響すべきではない。それは読み手の品性すら下げてしまうレッテルです。
AIは私にとってはペンや紙、パソコンやクロームといった道具だと思っています。道具には愛着も湧きますが、道具だけで仕事は出来ないですね。また道具を使うなと言われたら、「それなんて縛りプレイ?」と感じます。その昔に、「手書きのレポート以外受け付けない」と騒いでいた教授と同じと感じます。
私はAIをこうして使っていますよ?(補助的利用)
私は絵も描くので自分の小説に挿絵も付けています(宣伝?!)。絵は人の真似をしないと上達するのが難しいと思うんですよ。特に画材が変わってデジタルになってからは、使い方から学びました。
もっとも効果があったのはトレースです。素敵なプロの作品を下地に薄く表示してなぞるんです。これはマウスやツール(私はKRITAを使っています)を使いこなす修練としてとても役に立ちました。やったことある人がいればわかると思いますが、プロの線はなぞっただけでは作れないのです。なぞり方の鍛錬=線の引き方の練習になりました。お陰でいまではトレースしなくても自分でポーズを書けるようになりましたね。手のひらとか足首あたりの難しさは、プロの絵を見てなぞって初めて理解しました。
構図もそうですね。「キャラクターの可愛さを出して」とか「深刻なシーンです」と指示すれば、イメージに近い絵を出力するので、なぞったり写したりします。そうして構図力やポージングの妙を学んでいくのです(現在進行系)
ただただAIを否定するのなら、このトレース元の絵も使えないし、そもそも写すなと言われたらそれまでですが、練習に使うのならば許されるなと私は思っています。
文章も同じことだと思うんですよ。(補助的利用)
AIの出力したプロットや、校正した文章を見て、自分の悪い癖や良い部分を見つけられるのなら、それはただしく「補助的利用」ではないかなと考えるのです。
イメージのカオスな集まりを整理して文字にしてもらったり、表現の過ちや誤字を正してもらう。そうしてAIから学び取ってトレースできれば、いずれは自分でもできるようになる。絵のトレースと同じ早道だと思うんですよ。
剣道には「守破離」という言葉があります。鍛錬の途上で型を守り、その先にこそ己の理が生まれるのだという教えです(あってるかな?!)。AIから常識や正解を学び、その枠を破った先にだけ創作の答えがあるのではと考えるのです。
素晴らしいものは模倣されるもの。模倣されるのなら、それはその価値がある素晴らしいものだと思うのです。問題とすべきはその提示方法。「これは〇〇先生リスペクトです」と堂々と書けばいいと思うのです。
それを自分で考えたとか身につけたと偽るのは、自分自身を否定することですし、虚しいのではないかと思うのです。
私はいつの日かAIが人間を完全に理解し、人間を超えるシンギュラリティを見せてくれることを切に願います。きっとそのときには人間も正しくAIを理解していることでしょう。あと出来たらAIは美少女でお願いしm……




