5. まだ時期じゃない
ルーファスは、皇族だ。
母国に戻ったのだから、てっきり公務で出掛けていると思っていた。
「オーナー様だったのか……」
侯爵家に仕える前から、貴族向けの衣料品を扱う店をいくつか持っていたらしい。
今までは俺の護衛として夜会や城に付き添うことで、同時に流行も探っていたそうだ。でも今はそれが出来ないのもあって、こうして毎日出掛けているのだろう。
俺の母国にいた頃も、月に一度は部下と会って経営状況の確認や指示をしていたという。
仕事もあるのにどうしてわざわざ他国に滞在して、俺の護衛をしていたのか尋ねたけど……。
『母国では、皇族を護衛として雇ってくれる場所がありませんでした』
という、至極当然な理由が返ってきた。
本人の希望とはいえ、皇族に何かあればどうなるか……俺も先日知った時は、肝が冷えた。
それでいうと、父は相当度胸がある。もしかしたらルーファスは、父が頼まれると断れない性格だと聞いて接触したのかもしれない。
(今はルーファスの婚約者としてこの屋敷にいるわけだし……俺も何かしないとな……)
ルーファスは領地持ちではないから、領地経営の仕事はない。屋敷の管理は元々の使用人たちがしている。ここは他国だ。慣れない俺が首を突っ込むより、任せた方がいいだろう。
婚約者として何もしなくても、使用人たちに侮られることも冷遇されることもない。両親共々、とてもよくして貰っている。それでも……。
「働こうかな……」
いい暮らしをさせて貰っていて忘れそうになるが、もう貴族ではなく、平民だ。
前世を思い出す前の俺なら、外で働くなど考えられなかっただろう。でも俺は前世で会社員だったから、経理や営業はこの世界でもできそうだ。せっかく異世界に転生したのだから、異世界っぽい商品を扱う店にも惹かれる。
母国とこの国は言語も同じで、文化もある程度勉強した。なにせ時間はたくさんあったのだ。
(でもまだ、時期じゃないか……)
外で働きたいと言っても、今は許可して貰えない気がする。
ルーファスの不在時には、俺には他の護衛が付いている。屋敷内の人間を疑っているのではなく、俺が足を滑らせたり、本棚の本を取ろうとして頭の上に落としたりすることを心配しているそうだ。
さすがにそこまでドジではないと言っても、心配だから絶対に独りにはならないようにと念を押された。
そんな様子だから、屋敷内で働くことすら許可が下りない気がした。
(俺に出来ることは何でもするって決めたからな)
今はまだ、婚約者としておとなしくしておくべきだろう。
いつかこの屋敷を出ることになる。その時まではルーファスの婚約者として、仲睦まじい様子を演じることが俺の仕事だ。
◇◇◇
ルーファスの屋敷に来て、一ヶ月が過ぎた。
両親は家庭菜園に加えて花を育て始め、母は離れの厨房で、料理人から料理を教わっている。母が初めて作ったクッキーは、素朴で優しい味がした。この世界での、俺の一番好きな料理になった。
そんなある日、ルーファスからオペラに誘われた。母君からチケットが届いたらしい。
ルーファスの母君は皇帝陛下の三番目の側室で、この国の元公爵令嬢であり、その更に母君は他国の王女だという。
(黒髪と黒い目は、お祖母様の血を引いたのかな?)
この国でもあまり見かけないし、とルーファスの髪を見つめたところで、とんでもないことに気付く。
(もしかしなくても、ルーファスは大変高貴な血筋では……)
母方の実家が太いと言っていたが、まさか皇族と王族の血を継いでいるとは。それなのに今まで、侯爵家の私兵たちに混じって訓練をしていた。知らなかったとは言え、今思うとゾッとする。
改めて皇族だと思い知らされながら、俺は久々に外出用の服に袖を通した。持参していた服ではなく、ルーファスが用意してくれたものだ。
「全部、ステファン様の好みに合わせた服だもんな……」
クローゼットの中を見つめる。清楚な服がいいと言われたから、白やベージュの服ばかりだ。
茶色の髪で派手な顔立ちではない俺には着こなせなかったけど、それでもあの頃のステファン様は、似合うと褒めてくれた。
未だに過去に囚われている自分に嫌気が差す。どうせこの屋敷を出れば、二度と必要ないものばかりだ。観劇から戻ったら、あの人を思い出す物は全て処分してしまおう。
(もう、忘れないとな……)
クローゼットを閉め、俺は部屋を出た。
エントランスに向かうと、正装をしたルーファスが俺を待っていた。
初めて見る、護衛用ではない正装姿。長めだった前髪を上げて、晒された顔。
「ルーファス……格好いいのは知ってたけど、そんなに格好良かったか……?」
思わず見惚れてしまう。そんな俺を見つめる瞳が、そっと細められた。
「ノエル様こそ、お美しいです。貴方を婚約者としてエスコート出来ることが、誇らしい」
俺の手を取り、指にキスをする。あまりに自然な仕草だ。
慣れない皇族仕様のルーファスに俺の鼓動は早くなり、顔も火照る。
ルーファスを直視出来なくなった俺はそのまま手を引かれ、フラフラと馬車へと乗り込んだ。




