3. 恩人
「一体なんなんだ……」
あれから三日。俺がステファン様のことを思い出す度に、ルーファスに抱き寄せられる。そしたらもう、感傷に浸る暇もない。
ステファン様のことを言葉にはしていないし、悲しい顔もしていない。それなのに何故か、ルーファスには気付かれてしまう。
『貴方に悲しい顔はさせたくありません』
言っていることは格好いいし、気遣いも嬉しい。
『ずっと貴方を抱き締めたかった』
そう言ってくれるのも嬉しい。
ルーファスが護衛として侯爵家に迎えられたのは、ルーファスが十八歳で、俺が十歳の頃だった。
護衛になってから二年間くらいは、俺のわがままを聞いて抱き上げて移動してくれたこともある。その記憶があるから、またこうして触れてくれるようになったことは、本当に嬉しいんだ。
それに……俺が馬鹿なことを続けても、最後まで傍にいてくれた。
国外追放になっても、こうして居場所を与えてくれた。
(本当に……感謝してもしきれないな……)
ルーファスが出て行くなと言ってくれるうちは、そうしよう。悲しい顔をして欲しくない、抱き締めたい、と言ってくれるなら、そうしよう。
ルーファスは俺たち家族の恩人だ。ルーファスに本当の婚約者が出来るまでは、俺はルーファスの傍で、できることは何でもしようと決めた。
◇◇◇
「ノエル様。行って参ります」
「うん、行ってらっしゃい」
翌朝。いつものように見送りに出た俺を、ルーファスはジッと見つめる。
(あっ、そうだった……)
慌ててルーファスの肩に手を乗せて、背伸びをして頬にキスをする。
昨夜、使用人たちに本当に婚約者だと信じて貰うために、見送る時にはこうするようにとお願いされた。
「行って参ります」
「う、うん……」
柔らかい笑顔を向けられて、頬が熱くなる。
侯爵家にいた頃はあまり見せなかったけど、ルーファスはここに来てからよく笑うようになった。顔がいいから男の俺でもドキドキしてしまう。いや、元々この体は同性も恋愛対象の国で育ったから、普通の反応なのかもしれない。
馬車が門を出るまで見送って、エントランスに戻る。
「本日も仲睦まじくていらして、私共は嬉しゅうございます」
「ルーファス様が素敵な婚約者様を迎えられて、ようやく肩の荷が下りました」
侍女長と侍従長はそう言ってにこにこと笑う。
二人ともルーファスが生まれた頃から仕えているそうで、ルーファスは、本当の祖父母のようだと言っていた。
「ノエル様。これからもルーファス様をよろしくお願いいたします」
「こちらこそ……不束者ですが、よろしくお願いいたします」
俺は仮の婚約者だ。罪悪感から深くお辞儀をすると、二人を慌てさせてしまった。
この屋敷に来てから、毎朝ルーファスと朝食をとって、見送った後は図書室でこの国のことを勉強している。昼には両親のいる離れで昼食をとり、それからまた勉強をして、夜には四人で一緒に夕食をとる。
両親とは会いたい時に会えるし、敷地内は自由に動けるし、両親は長年の憧れだったらしい家庭菜園を始めた。あまりにも高待遇だ。
「私たちはもう平民なのに、ルーファスはいつまでも敬ってくれるわねぇ……」
「頃合いを見て使用人に転身したいけれど、言い出せない雰囲気だねぇ」
両親はのんびりとティーカップを傾ける。
昼食どころかアフタヌーンティーまで用意されているから、衣食住は貴族だった頃と何も変わらない。
「私はお料理を勉強して、厨房のメイドになりたいわ」
「僕は育てるのが好きだから、庭師かなぁ」
嬉しそうに語る。でも二人とも、生まれも育ちも貴族だ。もっと実力を生かせる場が……。
「来客対応も向いているのではと思いますが……」
「そうねぇ……国外追放された人間がお偉方をお迎えするのは、ちょっとねぇ……」
「っ……申し訳ありません」
「あらいやだ、責めているわけじゃないのよ? あなたがステファン様の行動を咎めるのは、婚約者として当然のことだったもの」
「そうだよ。それに僕は、貴族をやめて国を出られてホッとしてすらいるんだ」
父が明るく言うと、母は、あなたは駆け引きが苦手だったものね、とクスリと笑った。
「弟の方が当主には向いているし、領民たちも今より豊かに暮らせるようになるだろう」
「宰相様がまともな判断の出来るお方で良かったわね」
そう。領地は取り上げられず、侯爵位と共に、父の弟に与えられることになった。
俺を城から屋敷まで送ってくれたのは、兵士と国王の部下だった。その部下が宰相本人だったらしい。
俺が部屋に戻った後に両親と話して、『国外追放は覆せないが、領地と侯爵位は親族に引き継げるよう力を尽くす』と約束してくれたそうだ。
その承認が下りたと記された手紙を見せられる。
国王は、誰に領地を与えるか考えずに済むため、宰相の話を聞いただけで書類にサインをしたという。
「あの国は、もう駄目かもしれないわねぇ」
「薄々気付いてはいたけれどねぇ」
両親はのんびりとした口調でとんでもないことを言う。
駆け引きが苦手だと言う父は、本当は、駆け引きをしなくても上手く貴族社会を渡り歩いていたのだろうか。
そうだ……領地は豊かだし、何より俺が第二王子であるステファン様の婚約者になった時も、貴族たちから目立った反発はなかった。
「もしかしたらルーファスも、あの国を見限っていたのかもしれないねぇ」
父の言葉に、どきりとした。
だからルーファスは、俺が子爵令息に嫌がらせをしても止めてくれなかったのか?
主従関係があっても、それ以外のことはきちんと「それはいけません」と咎めてくれた。
もしかしたら、俺とステファン様の婚約を解消させたかったのか?
もしそれで国に居づらくなったら、この国に呼んでくれるつもりで……?
「ルーファスは、僕たちの命の恩人だよ」
「そうよね。だからね、ノエル。ルーファスとの結婚は、前向きに考えてもいいんじゃないかしら」
両親はそう言って、俺を優しく見つめる。
両親の目にはどう映っているか分からないけど、この婚約は、ルーファスの優しさと責任感からくるただの厚意だ。
「……ルーファスは、俺に恋愛感情があるわけじゃありません。ルーファスには、好きな人と結婚して欲しいのです」
同性婚が認められている国でも、子供が出来るわけじゃない。ルーファスにはこの屋敷を継ぐ跡取りも必要だろうし、何より、男性を好きだとは聞いたことがない。
両親が口を開く前に、勉強をしたいからと告げて席を立った。




