10. 国王陛下
「は……? 国王が崩御した……?」
母国の王の死を聞かされたのは、それから一ヶ月後だった。
新聞記事には、持病の心疾患が突然悪化したと書かれていた。だいぶふくよかだったから、不審死ではなさそうだけど……。
「第二王子の振る舞いを容認し続けたせいで、貴族たちからの支持が離れつつあったのだから、生きていたとしてもいずれ王位を追われていただろうね」
「えっ……どなたですか……?」
バルコニーでルーファスとお茶をしている最中、知らない人の声がした。
陽に透けて輝く金色の長い髪と、凜とした表情の美しい顔立ち。
「ノエル様。こちらは、新しい国王陛下です」
「新しい……国王陛下……?」
ふと、以前に遠目に見た人物と印象が重なる。
「っ……王太子殿下っ、いえっ、国王陛下っ」
「そう畏まらないでくれ。この屋敷の主はルーファス殿だからね」
深く頭を下げる俺に、柔らかい口調でそう言った。
崩御を悼む言葉をかけようとすると、それも遮られる。父親とは物心ついた頃から会話らしい会話をした記憶もないから、何の感情も湧かない、と陛下は肩を竦めた。
陛下とルーファスは国家間の交流行事で知り合い、その後も公務で度々顔を合わせていたらしい。
ルーファスが俺の母国に興味を持ったのも、侯爵家を選んだのも、陛下との会話がきっかけだったそうだ。
「ルーファス殿が侯爵家に護衛として仕えていると聞いた時は耳を疑ったが……今となっては感謝しかない。今まで私には権限がなく、君たちの国外追放も止められなかった。弟のことも、ずっとつらい思いをさせてすまなかった」
「陛下、そのようなっ……どうか頭をお上げくださいっ……」
王族が頭を下げるなんて、と慌てながらも、皇族のルーファスは俺に仕えていたのだから、一瞬よく分からなくなってしまった。
「国外追放は、俺が嫉妬心を抑えきれずに馬鹿な嫌がらせを続けたせいです。……殿下の幸せを願って、自ら身を引くべきでした」
「何故ノエル様が奴等の幸せを願わねばならないのですか。貴方を傷つけた以上の苦しみを与えられるべきです」
「ルーファス殿の言う通りだな。貴方に一切の咎はない」
「ですが……」
「王位を継いでから再調査させたのだが、君の最も重い嫌がらせが、教室で成績の悪さを馬鹿にした言葉だったか」
陛下の言葉を受けて、前世を思い出す前の記憶を手繰り寄せる。とんでもないことをしてきたと思い込んでいたけど……。
「この成績では到底王族の婚約者にはなれない。その主張は、あまりにも真っ当だ。むしろ激励しているように思えるのだが?」
「ノエル様……嫌がらせの意味を、ご存知ですか?」
「知ってはいるよ……」
呆れているどころか、心底心配そうな顔をさせてしまった。
でも、どんなに憎くても、殴ったり持ち物を壊したりはできなかった。人格を否定するような罵倒もできなかった。それはきっと、思い出していない前世の体験がそうさせたのだろう。
(人格を否定する上司もいたから……)
ああはなるまいと強く思っていたことが、今世の俺の性格にも影響したのかもしれない。
学園内のことを知らないルーファスには、もっと過激な嫌がらせをしていたと思われていたんだろう。
「いくらお優しいノエル様でも、まさかそこまでとは……」
「えっと……不甲斐ない、よな……」
「いえ、大変愛おしいです」
まるで幼子のようだ、と慈しむ瞳で見つめられた。
「なんにしろ、侯爵一家の汚名は晴れた。貴族たちに反対する者もいない。国に戻る気はないだろうか? 父君には、新たな爵位を与えることも出来る」
陛下の言葉は、信じられないものだった。
でも汚名が晴れたのなら、国に戻っても陛下の評価を下げることはない。両親は生まれも育ちも貴族だから、平民として過ごすより戻った方がいいはずだ。
「弟と子爵令息には、地方の屋敷を与えた。二度と君の前には現れないから、安心して欲しい」
第二王子は王族から除籍され、子爵令息も同じく平民になったという。それでも国王陛下から屋敷を与えられたということは……一生幽閉、ということだ。
「弟たちはもう愛し合っていないと言っていたが……喧嘩でもしたようだな。真実の愛なら、すぐに仲直りするだろう」
陛下は爽やかな笑顔で言うが、背筋が凍るような空気を感じる。
(真実の愛……俺が嫉妬して当たる度に、言い返されていたな……)
自分たちは真実の愛だから、俺とは違うのだと子爵令息は言っていた。それを否定して逃げようとしたことで、陛下の怒りを買ったのだろう。
「ルーファス殿、すまない。今の私の権力では、足だけしか落とせなかった」
「充分です。手と舌は、いずれ私が」
「頼もしいことだ。それまで、彼らが生きているといいが」
物騒な話をする二人に、ますます背筋が冷えた。王族はこのくらいないと生きていけないのかな……でも物理的に落とすわけじゃないから、まだいいのか……?




