神様、それ救済措置とは言わないと思うんですよ
五歳くらいの時に前世の記憶を思い出しました。
言うて異世界転生をした、という事実に気付いただけでそれ以上の事は特に何があるわけでもありません。
これがどこぞのお貴族様の家だとかであれば、悪役令嬢とか取り巻きとかヒロインの可能性もワンチャン……? なんて夢を見たかもしれませんが、生まれは平民。
上に三人の兄がいて、下に妹が一人いる。四番目のこども。それが私。
父も母も朝早くに起きてせっせと働いてるようなところで、生活は決して裕福とは言えない。
そんなだから私としては前世の記憶を思い出したからといっても、何ができるでもなかった。
前世の便利な知識は、しかし今ここで活用できるようなものではない。お金をかけずにできそうな生活の知恵も、正直今役立つようなものはほとんどなかった。
あくまでも前世の身の回りの物がある程度あって場が整ってるところならまだしも、物はロクにないし食べ物も入手できる種類が限られてるようなところで、代用できそうな物もないとなれば前世の便利な知識とか、もう絵に描いた餅でしかないんだわ。
掃除の時に重曹とかクエン酸とかね。
使い方次第で楽々お掃除! とか言われるけど、まずもってその重曹とかクエン酸がないんだわ。
クエン酸はオレンジとかレモンあたりがあれば……とは思わなくもないんだけど、ここいらでは見かけないし買うとなるととっても高級品。
一応レモンに似たビタミンたっぷり含まれてそうな果物がないわけじゃないんだけど、異世界産なのかちょっと前世の知識で活用できるかわからんのよな……
なので私は成長と共にできる事を物理的に増やしていくしかなかった。
物が少ないとはいえ、私が住む村は農業と畜産業をやってるところなので、食べる物に困るような事はなかった。
牛もいればヤギもいる。綺麗な水を手に入れるよりもミルクを手に入れる方が容易かった。
肉もまぁ……ある程度育った家畜から得られるけれど、気軽にポンポンお肉が食卓に出るわけでもない。
タンパク質は基本的に畑で育てている豆で摂取するものであった。
豆があるなら豆乳は可能かと思ったけれど、大豆じゃない豆なので私の知る豆乳とは違うものになる挙句、村の技術的なものではそんな物を作るより普通に食べた方がマシレベル。色んな意味で世知辛い。
それでも毎日身体をめいっぱい動かして親の仕事の手伝いをして、自由時間で友達と遊んだり休憩したりしていたら、私はどんどんすくすく成長した。
兄や妹も同じようにすくすく育った。
そうして年頃の乙女と言っても過言じゃないくらいの年齢になったあたりで。
私は何故だか聖女になったらしい。
意味が分からん。
いやあの、聖女ね聖女。知らないわけじゃないよ?
前世で読んだライトノベルとかでちょっとは履修したから知ってるよ?
でもさ、その手の聖女って、基本的にこう小柄で、清楚か元気いっぱいか、性格はそれなりに異なるにしても大抵は可愛い女の子がなってるわけで。
私、前世よりも今の方がとても逞しく成長しちゃったんですが。
身長は170を少しばかり過ぎたし、体格だって結構しっかりがっしりしている。
放牧させた牛を追いかけたり馬に乗ったりと身体を動かしまくったのもあるからか、華奢とは程遠い。
どうやら神託が下ったようで、大教会から迎えが来て私は王都へ行く事になってしまった。
それというのも。
聖女は王家の人間と結婚しないといけない決まりらしいので。
王子様、と聞けばまぁ、ちょっとは想像しちゃうけどさ。
でも無理では?
この世に生を受けてから今までずっと平民として暮らしてきた女がいきなり王子様の妻っていうのは無理すぎでは!?
それにさぁ、そういう系統の作品に出てくる聖女って基本的に華奢で小柄で可愛くて守ってあげたくなるようなタイプが多いと思うの。
……私当てはまってないんだけど。そこまでブスではないと思いたいけど村の男の子たちからは女の子として見られた事ないしどっちかってーと同じ村の女の子たちからきゃーきゃー黄色い悲鳴あげられる方が多かったわ。
……むしろ私が王子様ポジションなのでは?
と、まぁ、そんな風に思ったところで私の王都行きは回避できなかったし、王子様と対面を果たす事にもなった。
あー、これ絶対貴方のような平民風情が殿下と婚約など、とか他のご令嬢の方々に嫌味とか言われる感じの展開になりそうじゃん。
――そう、思っていた時期が私にもありました。
王子様はクソだった。
お前みたいな平民と結婚しないといけないとか俺は認めないぞとか初対面で言い放たれたし。
でも直後に王妃様が扇子を閉じた状態で王子様の脳天に撃ち落として泣かせてましたね。
あの、私から見た王子様なんだけども。
確かにね、美形だとは思う。
思うのよ? ただ。
貧相だなぁ。
っていうのが真っ先に出てきた感想だったよね。
はぁ? そんな薄っぺらい身体で生きてける? うちの村なら仔ヤギに秒殺されそうなくらい貧弱というか貧相というかもやしの方がまだマシなのでは? って気がしたよね。
というか体格は私の方がむしろ……って感じでした。
あれこれ性別間違ってない?
王子様ではなく王女様でした?
でしたらその華奢さは正解かもしれない。
いや正解じゃねぇわ私にナニはついてないんだわ。ついてんのそっちなんだわ。
扇子でバシンと脳天ブッ叩かれた王子様が泣いていても、王妃様は平然としてました。王様も実の息子がそんな目に遭っていてもしら~っとした目を向けています。
王子様の味方誰もいなくない?
よく周囲を見てみれば、その場にいた護衛らしきガタイの良い騎士の方々も、部屋の壁際で控えているメイドらしきお姉さんたちも。
なんだかまるで躾のなってない犬を見る目を向けていた。
うちの村なら屠殺する前の家畜を見る目とかそんな感じ。
「ごめんなさいね、このバカ息子が失礼な事を言って」
「あ、いえ」
初対面で男女みたいに言い出したのを言ってるんだろうな、とは理解できているので私は首を横に振る。
だって、実際王子様と並んで立ったら私の方がどうしたって男の人に見えそうなんだもの。
王子様の方が私よりちょっと身長低いし、体格も細身で強風が吹いたら飛んでいきそうだし。
なんだったら私のデコピン一発で後ろに倒れてしまうのではないだろうか、って思ってるから。
というか王妃様の口からバカ息子って出てきた。
そういう言葉を使わないと思ってたからそっちの方に驚きを感じる。
「この馬鹿がどれだけ馬鹿であっても、貴方は彼の言う事を素直に聞く必要はありません。
言っている事に正当性があるのならまだしも、理不尽な事に関しては一切聞く耳を持たなくていいです。むしろこの馬鹿が愚かな事をしでかした場合鉄拳制裁もやむなしです」
「そんな母上! 王族に対してそのような事をすれば不敬でしょうに!」
「お黙りなさい。聖女が現れたという事は貴方の愚かさは神が認めたという事に他ならないのですよ」
「い、意味がわからな」
「お黙り」
言葉を遮るように再度黙れと告げた王妃様の眼力は、絶対零度なんてもんじゃなかった。王様もうんうんと頷いてるけど、え、それで本当にいいの……? という気が凄くするわけで。
あまりの迫力に黙り込むしかなかった王子様から視線を移動させて、王妃様は私を見た。
「貴方が聖女である以上、何が何でもうちのバカ息子と結婚はしてもらいます」
「あの、でも私平民なんですが」
「聖女である以上、身分なんてものは問題ありません」
「あ、はい……」
なんてこった私も王妃様の迫力に負けた……ッ!
「貴方がたの側近には、正しく理解できている者をつけますのでこの後陰でコソコソ身分を笠に着て貴方を虐げるような者が近づく事もないでしょう。
勿論貴方も万が一道を違えるような事になれば、その時は周囲の者が正道を説く事もありましょう。聖女だからと全てが正しいわけでもありませんから」
「それはまぁ……私が聖女と言われても自覚はないし実感もありませんし……」
何が何でも王子様と結婚しろというあたり、こちらの自由が全くないのが困りものだけど……聖女だからって理由でそうなら正直やってられないとしか思えないし、その上で王子様に逆らうななんて言われようものなら私は持てる力のすべてを使ってどうにかこの場を切り抜けるしかない。
家族を人質にとられたら詰むよなぁ……なんて思っていたら、王妃様は「貴方たち平民が知る機会はほとんどないのですが」と前置いた上で聖女について教えてくれた。
この世界の聖女は、次代の王となる人間が愚かでこのままでは国が傾くとなった時に神から遣わされる存在であるらしいのだ。
聖女は平民の中から必ず現れるというわけではない。過去には貴族の家の娘が聖女になったというケースも存在している。
聖女ではなく男性の聖人と呼ばれる者も極まれに現れるようなのだけれど、そちらの方は滅多にないとの事。
次代の王の伴侶として、というのなら、聖人が現れる時は王女が女王になる時で、その王女がどこまでも愚かである場合、という状況になるわけで。
女王が即位する国も勿論あるけれど、王となるべき男性に相応しいのがいない場合などの状況である事が多いので、そんな時に頭の中身がお花畑な女を女王にするような国はまずもって無い。なので聖人が現れるのは、代々女王が国を統治しているところくらいなもの……らしい。
馬鹿が国のトップに君臨するとどうなるか。
端的に言えば国が傾く。
そうして内乱だの王族の処刑から新たな国が出来上がるだの、過去の歴史や創作物の中ではよくある話ではあるけれど、実際にそうなった場合大変な目に遭うのは誰か。
処刑される王族……などではない。
新たに国が変わる事で色々と変化が訪れ、それらに適応していかなければならない民である。
前世だと首相が変わったくらいじゃそんな大きな変化はないような気がしてたけど、でも有能から無能に変わった場合とか、無能から有能に変わった場合はそれなりに変化があるわけで。
国のトップが無能だと、そいつを上手い具合に操って甘い汁を啜ろうとする奴が現れるのは言うまでもない。
傀儡政権で国が上手く回るならまだしも、その手の連中は最終的に責任を傀儡に押し付けて自分たちだけがとんずらするので、残されるのは食い荒らされた国だ。
その後で革命が起きたところで、悪い連中がきちんと皆成敗されるかとなると……まんまと逃げおおせる奴もいるわけで。
この国に限った話ではないけれど、過去そういう……まぁちょっと権力を私利私欲に使いまくってやらかした連中というのは大勢いたわけである。
結果として巻き込まれて死ぬ民草も大勢出て、中には本当に滅んだ国も出てしまった。
一応神様も人間の事をちょっとは気にかけてくれてるらしく、神託とかで助言を与えたりしてるらしいんだけど……神殿の人が皆清廉潔白かっていうとそうでもなくて。
神託を捻じ曲げたりおかしな解釈したりして自分たちに有利に事を運ぼうとする人も出てしまったりとか。
人間の欲望は果てしないもんね……一回落ちたら楽な方にずるずる流れてっちゃうもんね……
でもそれで周囲を巻き込むのはアウトでしょ。
結果としてこの世界の神様は、じゃあもっと直接的に……と聖女や聖人を遣わす事にした、というのがこの世界における聖女や聖人の始まりのお話である。
私も今までなかったのに、なんかある日突然おでこにわけのわからん痣ができたなと思ったらそれが聖女の証らしい。
聖女の役目は別に祈って結界を張るだとか、そういう創作にありがちなものではない。
伴侶となる王をマトモな道に導く事なのだとか。
要するに甘ったれてる根性を叩きのめして真っ当な人間に矯正するのが役目らしい。
「それ聖女じゃなくてもよくありません!?」
「私たちとて甘やかしてばかりではありませんよ」
「まぁ確かに世の中には親がろくでもなくてもマトモに育つ子もいれば、逆に親がマトモでも子がロクでもないってのもありますけどぉ……」
でも結婚する必要なくないですか?
そんな風に言えば王妃様はそっと首を横に振った。
「国が滅ぶかどうかの瀬戸際なのです。
聖女が遣わされた時点で、次なる王はぽんこつであると神が認めてしまったという事。
そのままでは国が滅ぶけれど、聖女の導きにより王が正道へ戻る事ができるのならば国は繁栄し続いていく事となるでしょう。
ですが、もしそうならなければ。聖女が王を見捨てた場合、国は神の怒りによって滅びます」
「知らぬ間に国の命運背負わされてる……!?」
いやでもしかし。
「それでも結婚する必要ないのでは? 教育係くらいの立場でよいのでは!?」
「いいえなりません。これは神の試練でもあるのです。
なのでもし王子以外の王位継承権を持つ者を次なる王として貴方と結婚させた場合、神の試練を脱落したと見なされ国が滅びます。これはかつて他国で起きた本当の話なのですよ。
故に申し訳ないのですがもし他に想いを寄せる相手がいたとしても国のために諦めてこのバカ息子の妻となっていただきたいの」
「うーん、なんだか思ってるのと大分違う展開になってきましたね……」
普通こういう時って、王家に入る事ができるのだから光栄に思いなさいとか、そういう事を言われたりするのがよくあるパターンなのではなかろうか……
「そ、そんな。こんな奴と結婚なんて嫌だ……ッ!」
「嫌だ、じゃないんですよこのお馬鹿。貴方がマトモな王族であるならそもそも聖女は選ばれません。聖女が選ばれた時点で貴方にはもう選択の余地はないのです。貴方の我侭で国を滅ぼすなど以ての外。
それくらいならいっそ潔く首を切って死になさい」
王子様の弱々しい反対の声は、王妃様にバッサリと秒速で切り捨てられた。
しかも結婚するつもりがないなら死ねとまで言い放った。こっわ。私が自分のお母さんにそんな事言われたら流石にハートブロークンなんてもんじゃないわ。
しかも創作でよく見かける王家の人間が死ぬ時によくある毒杯とかですらない。絞殺、ギロチン、そういった死に方もあるとは思うけどまさか自分で首を掻っ切れって言われる王子様とか、私初めて見ました。
まぁでも王妃様の言い分はとても理解できる。
王子様の我侭で国の人間が全員死ぬかもしれないのだ。それなら王子一人の犠牲で済むならそっちが死ねとなるのはまぁ、わからんでもない。
生憎たった一人を守るために世界を敵に回す系RPGのヒロイン的な立場に王子様が今いるわけだけど、王子様のために世界を敵に回してやろうって気は生憎私にはないわけだし。
王子様のせいで国が滅ぶとなれば、私の今世の家族たちも危うい。
家族と王子様なら、私は家族を選ぶかな。生憎王子様とは今日が初対面だし。初っ端から失礼な態度だったし。この人のために何かしてあげようって気がまったく起きないし。
むしろコレと結婚しないと本当にだめ?
「さぁどうするのです。潔く死を選ぶのであれば後始末は引き受けましょう。ですが生きる事を選ぶのであれば、今後は次なる王として相応しくなるべく今まで以上にビシバシ扱きますよ。甘えは許しません。
さぁ、選びなさい。生か死か。
生きるを選んだ場合、貴方の命と国の命運は貴方の妻となる聖女が握っていると知りなさい。
貴方が王族としてどうしようもない、と神が認めてしまったせいで、彼女もならなくていい聖女に選ばれてしまったのです。被害者は聖女の方なのですよ」
決して声を荒げているわけでもない。むしろ声量としては大きくもないし普通の会話程度のものだ。
けれども王妃様のあまりの迫力に私は見た。
王妃様の背後に稲光のようなエフェクトと、あとなんか東洋の竜っぽいスタンドを。
――結局のところ、王子様は自ら首を掻っ切って死ぬ勇気も度胸もなかったようで、しぶしぶではあるけれど私との結婚を受け入れるしかなかったようだ。
私もしぶしぶだけど国が滅ぶとか言われちゃったら……ねぇ?
あと、聖女が国を出て他国で暮らすような事になれば聖女が国を見捨てた=この国は存続する価値なし、と神が認めて滅ぶらしいので、私と王子様との結婚はどうあっても逃れる事はできないらしい。
外交とかで他国に行くのは有りでも、他国で暮らしてこっちの国に戻らないってのはアウト。
旅行くらいはギリ可能かもだけど、長期旅行だとどこまでがセーフなんだろう……? とか考えたところで、多分そんなチキチキチャレンジは流石に私もやる度胸はない。
私の家族や友人のみならず、この国全員の生死を突然握るような羽目になってしまった以上、私と王子様はしぶしぶではあるものの交流を重ねるしかなかったのである。
と、まぁ、普通こういう状況になれば、政略結婚で愛がないわけだし、しかもこの政略って部分も正直疑わしいレベル。王子様に恋心を抱いているような令嬢がいた場合、貴方のような平民が彼の妻になろうなど身の程を知りなさい! とか、そんな風に言われる可能性は思い切りあるわけで。
ひそひそこそこそ色んな事を言われたり、くすくす嗤われたりするかもなぁ……と思っていたのだけれど。
どうやら聖女に関しての事は貴族であるなら常識として学ぶものらしく。
聖女が王子を見捨てるような事になれば国が滅亡=家も存続どころの話じゃない、というのが貴族たちの認識だったので。
私は別に王子様に恋をしている令嬢に睨まれたりすることもなければ、むしろ思い切り味方してくれる事となってしまった。
一応王子と結婚する以上、王妃としてやってかなきゃならないんだけど元が平民なので、王妃としてのお仕事のいくつかは臣籍降下した王族と結婚する令嬢の方々が手伝ってくれたりするらしい。まぁ聖女って言われても全能でも万能でもないし、いくら前世の記憶を思い出してるとはいえ私のその知識は王妃としての仕事に役立つものでもない。普通の貴族の娘のようにやれと言われても、できるまでには相当な時間がかかるのは言うまでもないので、皆で手伝いますね、というのはとても助かる。
覚えられるところからやるにしても、正直そんなすぐになんでもかんでもできないと思うからね。
ちなみに王子様が他の令嬢に目移りしたとして、いざ口説こうにもその結果聖女に見捨てられては国の滅亡、家も消えてなくなる可能性しかないとなれば、そんな誘いに乗るような令嬢は現れなかった。
自分が王子との恋を夢見たせいで家族や友人、果ては国中の人たちが死ぬような事になればその原因の一部になんてなりたくもないし、それ以前に王子様がぽんこつすぎて良いのはツラだけときていたのもあって、令嬢たちは靡かなかった。
聖女が現れた時点で王子様との恋愛は旨味もときめきも何もないのだ。
国中の人間が死んだって構わない。私は彼との恋に生きるの!
なんて言い切れる娘さんは流石にいなかった。
まぁそうだよね、そんなのが現れたらアンタのせいで私や私の家族、友人までもが死ぬかもしれないんだってなるし、そうなる前にお前が一人で死になさい、とかなりそうだもんね。
なんだったら王子と一緒に心中しろとまでなりそう。怖い。
権力を持ってる令嬢ならそうなる前にしれっとそんな恋愛脳の令嬢とその家諸共潰しにかかりそうだし。
そうでなくともとばっちりで死ぬかもしれないお花畑の身内が処分する可能性もあり得る。
そんなわけで、令嬢のほとんどが私の味方である。
ついでに令息たちも味方だった。
王子の味方がいなすぎてなんか可哀そうになってくるな……
なんて思ってたけど、まぁ性格が割とアレなので。
同情は一瞬で消えましたね。
まぁでも、周囲に自分の味方がいないと悟った王子様は、その後多少大人しくはなった。
私との結婚を回避するべくいっそ平民となって出奔する、というのを考えたりもしたようで、平民の暮らしについてそれとなく――本人はそのつもりでも全然それとなくなかったけれど――聞いてきたりしたので、私は実際に体験させた方が手っ取り早いとなって、ちょっと馬の世話とかやらせてみたりもした。
結果として王子様の体力は私より年下の、村のこどもたちよりも低い事が判明した。
うそでしょ……? なんだったらうちの村のおじいちゃんとかおばあちゃんより脆くない……?
私が本気で慄いた結果、王子様は自分のフィジカル的なスペックがとんでもなく低い事を理解したらしく、平民に紛れて暮らす事は不可能だと自覚したらしい。
今からでも鍛えればもしかしたらワンチャンあるよ……?
というか、性格悪くて令嬢たちからは距離を置かれた挙句、側近たちからも内心嫌われてた時点でさ。
もし王子様を暗殺しようとした刺客が襲ってきた時にさ。
体力なさすぎて自衛もできそうにない王子様とか、すぐ死ぬじゃん。
側近も一応刺客に対して黙って見てるだけとかはしないと思うけど、本気で助けようとするかは微妙なところじゃん。初撃は防いでくれても次の攻撃はわかんないじゃん?
相手の方が一枚上手で……とかなんとか言って見捨てられる可能性あるわけじゃん!?
紙装甲どころかオブラート装甲なのによく周囲に喧嘩売るような態度で敵作れたな。
王子だから身分的には確かに敵なしだったのかもしれないけど、下剋上フラグ乱立しまくってたと思うんだよねぇ。
いざ敵から逃げなきゃいけない時とかも秒でへばりそうだったから、ちょっと体力づくりもかねて騎士の訓練に参加させたりもした。私は王子の理不尽な我侭を叶えてやる義理はどこにもないし正当なものでない限りは言う事をきかなくていいと言われている。それと同じように、私は王子にある程度の命令をしていい事になっていた。
とはいえ、こちらも理不尽な内容であれば周囲の側近や令嬢たちが止めるし窘められる事もあるだろう。
まぁ私無茶振りはしてないんで今のところはそういうのないけど。
私はとりあえず、いざという時走って逃げたりできる程度の体力をまずつけましょうと言っただけだし。
メンタルが近所のガキ大将みたいだった王子に体力をつけさせて腕力に訴えるような事になるんじゃないか、という危惧はあれど、多分そんなすぐに効果は出ないし、当分は私の方が多分強いままだと思うしで問題はなさそうだった。
体力がついてきたら次はもうちょっと実践的な内容に踏み込んだりさせて、少しずつ鍛えさせていった。
結果としてひょろひょろもやしだった王子様は、まぁマシになったかな、といったところまでにはなった。
もうちょっと鍛えたいけど、フィジカルばっか鍛えさせても駄目よね。
勉強も苦手みたいだったけど、私も貴族の常識とか知らないんで一緒に勉強する事にして基礎から叩き込んでもらった。
最初はこんな事も知らないのかよ、なんて私の事を馬鹿にしていたけれど、だがしかし計算とかは私の方が早くて正確だった事で、平民以下だった……!? となった王子様は危機感を持ったらしく。
その後はどのジャンルの勉強もある程度真面目に受けるようになった。
うん、私の計算能力は前世の記憶の賜物です。でもまぁ、負けてられないと思って奮起したならそれはそれで。
いきなり立派な王様になれるだけのスペックを身につけろ、と言われてもそう簡単にできるわけでもないので、目標は少しずつ、ステップアップしていく形で作っていった。
そうして達成できたら褒めたりもした。
上っ面のおべっかではなく本気で。それこそ、太陽神と呼ばれたテニスプレイヤーのようなテンションでだ。正直に言うとそのテンション持続するのは結構疲れたけれど。
それでもそれが少しは良い方向に転がったのか、令嬢たちからも殿下が最近マトモになってきたなんて言葉が出てくるようになった。
そこは失礼な事を言ったら私が遠慮なく叱ったりもしたもんな……王子様育成ゲームをリアルでするとか予想外すぎるわ。というかこれ子育てでは……?
「明日、時間がとれたから遠乗りに行くぞ」
「また突然ですねぇ。宿題は済ませましたか?」
「ふん、馬鹿にするな。とっくに済ませた」
「成程、なら構いませんよ」
出会いが出会いだったし、生憎と私と王子様の間に恋愛のような甘酸っぱい空気はない。
ない、けれどまぁ、出会った当初と比べれば最近は気安く言葉を交わせるようになってはきた。
「明日の競争は絶対負けないからな!」
「遠乗りがしれっと競争になってる」
「うるさいな、いいだろ別に」
「まぁいいですけど。私が勝つし」
「ホントにお前馬に乗ってる時に聖女の力とか使ってないんだよな!?」
「あるわけないでしょうそんな力。馬には村にいた時にも乗ってましたからね。村一番の暴れ馬だったゴッスンテイオーに比べればここの馬は皆素直ですし」
「なんだその馬の名前……」
「命名は村長です」
そう言えば王子様はちょっとだけドン引きしてますみたいな顔をした。
まぁ確かに私も思った。村にいるよりも競馬場にいそうだなって。
少しの間呆れたみたいな顔をしていた王子様だったけれど、急にキリッと表情を引き締める。
「とにかく! まずはお前に勝つ! 俺はお前を超えてみせる! 覚悟しておけ!!」
「人を指さしちゃいけませんよ」
「うるさいなわかってる!」
わかってるっていう割に指は私に突き付けられていたままだけれど。
その直後王子様は何事もなかったかのように指をおろした。
そうしてふんっ! と鼻息荒くそっぽを向いて去っていった。
「思うんだけど、もうこれ私完全に将来の伴侶っていうより永遠のライバル的ポジなのでは……?」
初対面の時に比べて気安い関係にはなっているけれども、恋が芽生える感じではないよね。
そんな私の呟きは当然王子様に聞こえる事はなかったけれど。
近くに控えていた騎士の一人には聞こえていたらしく、彼はこちらを見てグッ! と親指をおっ立てた。
「ちなみにそれどういう感情のどういうリアクションなんです……?」
そう聞いてみたけれど。
護衛の騎士はアルカイックスマイルを浮かべただけで何も答えてはくれなかった。
ちなみに他に控えていた使用人の方々も同様である。
私の立場がライバルポジだというのなら。
別にこれ、聖女じゃなくても聖人でもいけたんじゃね? とは思ったけれど。
そんな私の呟きは周囲に控えていた人たちに華麗にスルーされたのであった。
多分最終的にはなんだかんだでお互い上手く関係築いていけるエンド。
次回短編予告
伯爵家次男のロイドは近々見合いを控えていた。
そんなロイドにとある助言がされたので、彼はそのアドバイスを参考にしたのであった。
次回 アドバイスを参考したけれど
素直に言う事を聞くとは限らないわけで。




