【第◯観測:最初の転生 ――勇者】
思い出しました。
最初の転生は、勇者でした。
現代社会で、私は二十七で死にました。
原因は過労。積み上がったタスクと削り取られた睡眠の果てに、プツリと糸が切れた。特別でも劇的でもない、統計の中に埋もれるような、よくある終わりです。
次に目を開けたとき、私は剣を握れる身体を持っていました。
豊かな土の匂いがする小さな村。
空を裂く剣と、理を書き換える魔法。
そこは、「努力が正当な報酬として返ってくる」世界でした。
前世で報われなかった私にとって、それだけで救われた気がしたのです。
私は強くなりました。
誰よりも早く起きて木剣を振り、誰よりも遅くまで、指先が凍りつくような感覚の中で魔法を練り続けました。
十七の頃には、村一番の使い手と呼ばれていました。
誇らしかった。
今度こそ、自分は「何者か」になれる。その確信がありました。
――あの日までは。
魔族の軍勢が、平穏を蹂躙しました。
立ち上る黒煙。鼓膜を潰す悲鳴。鉄を焼く血の匂い。
私は戦いました。必死に、死に物狂いで。
けれど、すべてを守りきることはできなかった。
私に剣の理を教えてくれた父が、盾となって倒れました。
「強くなれ」
最期のその言葉は、私の中に呪いのように深く突き刺さりました。
強くなっていたはずなのに。守れる力を手にしたつもりだったのに。
溢れ出したのは、行き場のない自己嫌悪と、それを塗りつぶすための猛烈な憎悪でした。
私は、復讐を選びました。
魔族を殺し尽くす。その一点に、迷いはありませんでした。
王に呼ばれ、私は「勇者」の称号を授かりました。
個人的な恨みは、人類を救うという大義――「使命」へと昇格しました。
私は三人の仲間と旅に出ました。
寡黙な剣士。高潔な魔法使い。慈愛に満ちた僧侶。
二年の歳月。
私たちは四天王を討ち、数えきれないほどの魔族を斬り伏せました。
聖剣が血を吸うたびに、平和へ近づいているのだと信じて疑いませんでした。
けれど、ある魔族の村で、私の足が止まりました。
そこには、泥遊びに興じる子供がいました。
湯気の立つ食卓を囲む家族がありました。
ささやかな日常と、柔らかな笑い声がありました。
それは、私が守ろうとした人間たちの営みと、何一つ変わらなかった。
その夜、私は眠れませんでした。
「俺たちは、本当に正しいのか」
生まれて初めて抱いた疑念が、胸の奥で燻り始めました。
燃え盛っていた復讐心が、冷たい現実に晒されて揺らぎました。
それでも、私は進むしかありませんでした。
父の死を無駄にするわけにはいかない。
私を信じて背中を預ける仲間の期待を、裏切る勇気もなかった。
何より、「勇者」という役割から降りる方法を、私は知りませんでした。
魔王の玉座の前に立ったとき。
私はもう、自分自身の正義を信じられなくなっていました。
魔王は、静かに言いました。
「我らは、ただ生きるために土地を求めた。飢えゆく民に、明日を見せたかっただけだ」
「人間よ。領域を広げ、先に彼らを追い詰めたのは、どちらだ?」
私は、答えられませんでした。
目の前の魔王は、残虐な怪物などではなく、民を愛する一人の「良き王」だったからです。
それでも、私は剣を振りました。
凄惨な殺し合いの果て、仲間は一人、また一人と倒れていきました。
最期には、血の海の中に立っていたのは私だけでした。
私は、満身創痍の魔王にとどめを刺しました。
復讐は終わりました。
けれど、空っぽになった胸の中には、何も入り込んできませんでした。
成し遂げた達成感も、平和への安堵も、勝利の喜びさえも。
ただ、耳鳴りのような静寂が支配していました。
王都へ戻る、夕暮れの帰り道。
私は不意を突かれ、深手を負いました。
現れたのは一人の若い魔族。
彼は、煮え立つような憎悪で私を睨みつけていました。
その眼光は、あの日、父を失った時の私と鏡合わせでした。
復讐に魂を焼かれた、悲しき獣の目。
「勇者め……!」
彼は絞り出すように叫びました。
魔族たちの間では、彼こそが、同胞を虐殺する侵略者に立ち向かう「勇者」と呼ばれていたそうです。
私はそこで死にました。
拍子抜けするほど、あっけなく。
薄れゆく意識の中で、最後に思ったのは、
「これは、永遠に終わらない」
ということでした。
私が父を失ったように、彼もまた大切な誰かを失った。
私が復讐の連鎖に身を投じたように、彼もまた、その暗闇を選んだ。
私は、正しかったのでしょうか。
魔王を殺したことで、世界は本当に平和になったのでしょうか。
私は一体、何を守るためにこの手を汚し続けたのでしょうか。
納得など、できるはずもありません。
それが、私の最初の後悔。
私は、勝負に勝った。
けれど、何一つとして「勝って」などいなかった。
その拭いきれない後悔と、耐え難い虚無感が、私に次の転生を選ばせました。
――勇者では見えなかった真実がある。
ならば次こそは……
世界が私を殺したのか、私が世界を殺したのか。
その答えを知るために。




