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天界観測室 〜消えかけた魂の観測録〜  作者: まっつぃ17@短編100本ノック実施中!


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8/8

【第◯観測:最初の転生 ――勇者】


思い出しました。

最初の転生は、勇者でした。


現代社会で、私は二十七で死にました。

原因は過労。積み上がったタスクと削り取られた睡眠の果てに、プツリと糸が切れた。特別でも劇的でもない、統計の中に埋もれるような、よくある終わりです。


次に目を開けたとき、私は剣を握れる身体を持っていました。


豊かな土の匂いがする小さな村。

空を裂く剣と、理を書き換える魔法。


そこは、「努力が正当な報酬として返ってくる」世界でした。


前世で報われなかった私にとって、それだけで救われた気がしたのです。


私は強くなりました。


誰よりも早く起きて木剣を振り、誰よりも遅くまで、指先が凍りつくような感覚の中で魔法を練り続けました。

十七の頃には、村一番の使い手と呼ばれていました。

誇らしかった。


今度こそ、自分は「何者か」になれる。その確信がありました。


――あの日までは。

魔族の軍勢が、平穏を蹂躙しました。

立ち上る黒煙。鼓膜を潰す悲鳴。鉄を焼く血の匂い。

私は戦いました。必死に、死に物狂いで。

けれど、すべてを守りきることはできなかった。

私に剣の理を教えてくれた父が、盾となって倒れました。

「強くなれ」

最期のその言葉は、私の中に呪いのように深く突き刺さりました。

強くなっていたはずなのに。守れる力を手にしたつもりだったのに。

溢れ出したのは、行き場のない自己嫌悪と、それを塗りつぶすための猛烈な憎悪でした。

私は、復讐を選びました。

魔族を殺し尽くす。その一点に、迷いはありませんでした。

王に呼ばれ、私は「勇者」の称号を授かりました。

個人的な恨みは、人類を救うという大義――「使命」へと昇格しました。

私は三人の仲間と旅に出ました。

寡黙な剣士。高潔な魔法使い。慈愛に満ちた僧侶。


二年の歳月。


私たちは四天王を討ち、数えきれないほどの魔族を斬り伏せました。

聖剣が血を吸うたびに、平和へ近づいているのだと信じて疑いませんでした。


けれど、ある魔族の村で、私の足が止まりました。

そこには、泥遊びに興じる子供がいました。

湯気の立つ食卓を囲む家族がありました。

ささやかな日常と、柔らかな笑い声がありました。

それは、私が守ろうとした人間たちの営みと、何一つ変わらなかった。


その夜、私は眠れませんでした。

「俺たちは、本当に正しいのか」

生まれて初めて抱いた疑念が、胸の奥で燻り始めました。

燃え盛っていた復讐心が、冷たい現実に晒されて揺らぎました。

それでも、私は進むしかありませんでした。

父の死を無駄にするわけにはいかない。

私を信じて背中を預ける仲間の期待を、裏切る勇気もなかった。

何より、「勇者」という役割から降りる方法を、私は知りませんでした。


魔王の玉座の前に立ったとき。

私はもう、自分自身の正義を信じられなくなっていました。

魔王は、静かに言いました。

「我らは、ただ生きるために土地を求めた。飢えゆく民に、明日を見せたかっただけだ」

「人間よ。領域を広げ、先に彼らを追い詰めたのは、どちらだ?」

私は、答えられませんでした。

目の前の魔王は、残虐な怪物などではなく、民を愛する一人の「良き王」だったからです。

それでも、私は剣を振りました。

凄惨な殺し合いの果て、仲間は一人、また一人と倒れていきました。

最期には、血の海の中に立っていたのは私だけでした。

私は、満身創痍の魔王にとどめを刺しました。

復讐は終わりました。

けれど、空っぽになった胸の中には、何も入り込んできませんでした。

成し遂げた達成感も、平和への安堵も、勝利の喜びさえも。

ただ、耳鳴りのような静寂が支配していました。

王都へ戻る、夕暮れの帰り道。


私は不意を突かれ、深手を負いました。

現れたのは一人の若い魔族。

彼は、煮え立つような憎悪で私を睨みつけていました。


その眼光は、あの日、父を失った時の私と鏡合わせでした。

復讐に魂を焼かれた、悲しき獣の目。

「勇者め……!」

彼は絞り出すように叫びました。

魔族たちの間では、彼こそが、同胞を虐殺する侵略者に立ち向かう「勇者」と呼ばれていたそうです。

私はそこで死にました。

拍子抜けするほど、あっけなく。

薄れゆく意識の中で、最後に思ったのは、

「これは、永遠に終わらない」

ということでした。


私が父を失ったように、彼もまた大切な誰かを失った。

私が復讐の連鎖に身を投じたように、彼もまた、その暗闇を選んだ。

私は、正しかったのでしょうか。


魔王を殺したことで、世界は本当に平和になったのでしょうか。

私は一体、何を守るためにこの手を汚し続けたのでしょうか。


納得など、できるはずもありません。

それが、私の最初の後悔。


私は、勝負に勝った。

けれど、何一つとして「勝って」などいなかった。

その拭いきれない後悔と、耐え難い虚無感が、私に次の転生を選ばせました。


――勇者では見えなかった真実がある。

ならば次こそは……

世界が私を殺したのか、私が世界を殺したのか。

その答えを知るために。


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