魔法、ガチャ制になりました
その日、空に巨大なポップアップが表示された。
《魔法システム Ver2.0 公開》
《公平性向上のため、全魔法はガチャ制になりました》
《※確率は公平です(体感には個人差があります)》
世界は、一瞬で終わった。
俺は中堅魔法使いだ。火球一本でここまで生きてきた。地道に詠唱を磨き、魔力制御を鍛え、命中率と威力を安定させてきた。努力型である。
努力が、好きだった。
その努力が、今日死んだ。
森でスライムと対峙し、いつものように詠唱する。
「燃えろ、火球」
視界の端に、無機質な文字が浮かんだ。
《N:シャボン玉》
ぽこん。
虹色のシャボン玉が、ふわりと飛ぶ。
スライムは無傷だった。
俺は、もう一度詠唱した。
《R:観賞用花火》
パァン、と夜空でもない昼空に花火が咲く。近くの子供が拍手した。
違う。そうじゃない。
三度目。
《N:小鳥(春仕様)》
ちゅん、と鳴いて、どこかへ飛んでいった。
スライムが、にじり寄る。
俺は、膝から崩れ落ちた。
魔法は、鍛錬ではなくなった。
ガチャになったのだ。
⸻
世界は混乱した。
勇者は十連詠唱を回し、戦士は「属性ランダム付与」に泣き、僧侶は回復か毒か五分五分という地獄に陥った。
街の魔法屋には、新商品が並ぶ。
《魔石パック(初回限定増量)》
《SR確定詠唱券》
《期間限定ピックアップ:炎属性UP》
勇者は迷いなく課金した。
「確率は収束する!」
彼は目が据わっていた。
俺は、無課金主義を貫いた。
――魔法は努力だろ。
その矜持だけが、まだ俺の中で燃えていた。
⸻
そして俺たちは、魔王城へ辿り着いた。
魔王は、玉座に座っていた。
黒髪の長い女だった。冷たい瞳、鋭い気配。いかにも魔王という風格。
「フフ……よく来たな勇者よ」
彼女が手を掲げ、詠唱する。
表示。
《R:ちょっと怖い霧》
もわぁ、と薄暗い霧が出るだけ。
勇者が咳き込む。
俺は、危うく吹き出しかけた。
魔王の頬が、ほんの少し赤くなった。
「……調整中だ」
たぶん違う。
戦闘は混沌だった。
勇者の斬撃は《SR:そこそこ鋭い斬撃》。
僧侶は《R:体力微回復(敵も)》を引き、魔王の体力も戻す。
魔王も安定しない。
《N:闇の小動物》
《R:不穏なBGM》
玉座の間に流れる不穏な音楽。威力ゼロ。
お互い、決め手がない。
やがて、魔力が尽きかけた。
最後の一撃。
俺は、深く息を吸う。
詠唱。
演出が変わった。
画面が暗転し、虹色の光が弾ける。
《SSR確定》
勇者が叫ぶ。
「来たァ!」
魔王も目を見開く。
同時に、魔王側も虹演出。
《SSR確定》
重低音。神々しいBGM。世界が割れるようなカットイン。
俺と魔王、同時発動。
光が収束し、爆ぜる。
そして、表示。
《SSR:終焉の演出(演出専用)》
《SSR:闇の祝祭》
凄まじい映像が流れ、玉座の間は神話級の光に包まれた。
ダメージ:0
静寂。
瓦礫も傷も、何もない。
風だけが吹いた。
勇者が口を開きかけ、閉じた。
魔王が、ゆっくりと玉座に座り直す。
俺は、床に座り込んだ。
⸻
しばらくして、勇者たちは撤退した。
「イベントまで待とう!」
誰かが言った。
玉座の間に、俺と魔王だけが残る。
妙に静かだった。
魔王が、ぽつりと呟く。
「……いくら回したと思う?」
俺は、天井を見上げながら答える。
「……無課金でこれです」
魔王は、鼻で笑う。
「私は、天井三回だ」
「それはつらい」
「確率、0.8%だぞ」
「表記より低く感じますよね」
沈黙。
目が合う。
同時に、ため息。
敵のはずなのに、妙な共感があった。
魔王は小さく言う。
「……ピックアップ、来週だ」
「炎属性UPですか」
「そうだ。欲しい」
俺は少し考え、言った。
「……協力します?」
「どうやって」
「割り勘で、十連」
魔王の目が、ほんの少し丸くなる。
「勇者なのに?」
「魔法使いです」
魔王は、くすりと笑った。
初めて見る、柔らかい顔だった。
⸻
空に、再びポップアップが出る。
《魔王討伐イベント延期》
《新キャラ:魔王(花嫁ver)実装予定》
《期間限定》
俺と魔王、同時に空を見る。
魔王の頬が、また赤くなる。
「……私、実装されるらしい」
俺は、少しだけ間を置いて答えた。
「……引きます」
魔王が固まる。
「な、なぜだ」
「限定は、逃したら後悔します」
そう言ってから、少しだけ視線を逸らす。
「……それに」
「それに?」
「性能じゃなくて、見た目で引くの、初めてなんで」
魔王が、顔を覆う。
「ば、馬鹿者……!」
でも、その声は怒っていなかった。
⸻
世界は、まだ救われていない。
魔王は健在。勇者は課金中。
けれど。
爆死画面を並んで見上げながら、
俺は、初めて思った。
魔法は、もう努力じゃない。
運でもない。
たぶんこれは――
誰かと一緒に引くためのものだ。
《次回確率UPイベント開催予定!》
魔王が、小さく言う。
「……次は、当てるぞ」
俺は笑った。
「天井覚悟で」
世界は救われなかったが。
俺は、初めて“引きたい”と思った。
――魔王を。
それは、わりと悪くないガチャだった。
【観測後記録:第4観測】
「女神様はガチャとかしますか?」
「しますよ。ただ運命の女神は私の後輩なので、基本望みが叶うタイプです」
「それは……なんとも楽しいのか分かりませんね」
「ガチャの何が楽しいのか分かりませんが……そういうなら今度力を使わずにやってみましょうか」
「ガチャの文明は業が深いので怖いですね」
「……楽しいと感じることができたのですね。感情を取り戻しきれば多少は魂の回復も早くなるでしょう」




