聖剣の中身が腐女子で、俺はただの鞘なんだが
――俺は、鞘だ。
いや違う。正確には「元・現代日本人」だ。
目が覚めた時、聖剣に転生したと思った。勝ち確だ。テンプレ最高。これで俺の無双ハーレムライフが始まる……そう確信していた。
だが現実は、甘くない。
『待ってルカくん今日のリボン尊すぎて無理、供給過多で死ぬ……ッ! その光沢、実質これ結婚では!?』
うるさい。黙れ。頭がないのに脳が震える。
この地獄のラジオ放送の主こそ、真の聖剣。中身。腐女子の魂を宿す「本体」である。
俺はその外側。ただの収納ケース。いわゆるパッケージ。
――転生ガチャ、SSRのオマケで付いてくる「緩衝材」。
俺は今、勇者ルカ(女装男子)の細い腰にぶら下がりながら、地獄のパーティの一日を強制観測させられている。
◇
「ゴルディランさん! 今日のリボン、どうですかっ?」
ピンクのリボンを物理的に揺らしながら、勇者ルカが「あざとさ120%」でくるりと回る。
ショタみ溢れる純粋な笑顔。だが本人はいたって真面目に「戦士の嗜み」だと思っている。
「似合っている。だが、わずかに右に0.5ミリ傾いているな。詰めが甘いぞ」
鋼鉄の筋肉が、繊細な手つきでリボンを直す。
それがゴルディランだ。身長二メートル、推定体重120キロ。歩く重戦車。
顔面は傷だらけの武闘派。服装は総フリルのゴスロリ。
誰だ、この世界を設計した担当者を連れてこい。
『あ、ああああああ! デカい手と細い腰の対比! これテストに出るやつ! 女装男子×女装マッチョ……新大陸すぎる……ッ!』
やめろ。未開の地を勝手に開拓するな。生態系が壊れる。
ちなみにルカがこの「かわいさのドレスコード」に染まったきっかけは、ゴルディランの放った一言だった。
「かわいさは暴力だ。極めれば神の理すら粉砕できる」
その迷言を信じたルカはかわいさのため女装と言動を極め、結果として村人からは「歩く救済女神」と崇められ、魔物からは「……え、何これ、叩いていいの?」と深刻な戸惑いを買い、先制攻撃のチャンスを量産している。
混乱デバフのコスパが良すぎるだろ。
◇
この勇者パーティは4人だが、異質だ。
「ねえねえ、今日のわたしどう? かわいさ指数、計測不能じゃない?」
小柄な魔法使いミコト(男の子)が、重力無視のフリルスカートを広げる。
究極の自己愛モンスター。だが放つ魔法は核兵器級だ。
「ミコト、かわいさは数値で測るものではない。それは己の魂が咆哮するものだ」
「えー? ゴルディランさん、筋肉のわりに思考がポエム!」
その横で、僧侶セリナが控えめに、しかし深刻に微笑んでいる。
普通の顔、普通のローブ。この狂気の中では逆に異質に見える「普通」の美少女。
だが、彼女の心音は俺にだけは丸聞こえだ。
(……やっぱり、私みたいな『普通』は、視界にも入らないのかな)
セリナは、ゴルディランに物理的にも精神的にも抱き抱えられて助けられたあの日から、彼に恋をしている。
だが、彼女の恋敵は、屈強な男が纏う「フリル」と「リボン」。もっというと『かわいさ』という概念そのものなのだろう。あまりにも不憫だ。
『セリナ邪魔……背景になって……画角からフェードアウトして……』
一番邪魔なのは、持ち主の恋愛事情を「解釈違い」で切り捨てようとするお前(聖剣)だよ。
◇
その時、空気の読めない魔王軍幹部が空気を切り裂いて現れた。
「女装勇者に変態筋肉だと!変態パーティとは、貴様ら、魔界の審美眼を舐めるなよ!」
正論すぎて言い返せない。
「みんな、下がって! ……行くよ、相棒!」
ルカが気合と共に、俺(鞘)から聖剣を抜き放つ。
抜剣の瞬間、中身の腐女子のボルテージが最大出力に達する。
『キタアアアア! 抜剣時の摩擦抵抗! ルカくんの滴る汗! 血管! これ実質濡れ場! 供給をありがとう神様ぁぁ!!』
いいからダメージを稼げ。
敵の巨大な斧が、暴風と共に振り下ろされる。
だが、その一撃が届くよりも早く――
「貴様のセンス……矯正してやろう」
ゴルディランがヌッと前に出る。
夕日に輝く大胸筋。そよぐフリル。
彼は斧を片手(素手)で受け止め、筋肉の連動だけで粉砕した。
……もうこいつ一人で魔王城までデッドリフトで突き進めばいいんじゃないかな。
「セリナ、怪我はないか。……頬が赤いな、毒か?」
「は、はい……いえ、これは……その……っ」
その野太い低音一発で、セリナの心臓がバックドロップを決める。
(好き……っ! 筋肉もフリルもひっくるめて、抱かれたい……!)
おい、乙女の心の声が「抱かれたい」は重すぎる。ダダ漏れだ。
そして、ルカもまた、その光景をそっと見つめていた。
(セリナ、やっぱりゴルディランさんのことが……)
彼は優しい。自分の「初恋」を、リボンの結び目よりも強く締め付けて飲み込む。
(でも……僕だって……)
俺にはわかるぞ、ルカ。お前の視線がセリナの横顔に固定されていることを。
そして、聖剣(腐女子)も当然のようにそれを察知していた。
『三角関係(地獄)キタアアアア! 絶望に歪むルカくんの顔! 白飯が止まらない! 薄い本一冊分(28ページ)確定!!』
お前の性根は魔王より邪悪だよ。
◇
戦いが終わり、夜の帳が下りる。
「ねえ、かわいさって、結局なんなのかな」
焚き火でマシュマロを焼きながら、ミコトが問う。
「強さだ」
即答するゴルディラン。
「相手を思いやる心……だと思います」
ルカが、セリナを見ずに言う。
セリナは、火照る顔を両手で押さえながら、消え入りそうな声で言った。
「……好きな人の『特別』になれる……魔法、でしょうか」
空気が凍りつく。甘酸っぱさと、隠しきれない業が混ざり合い、カオスな香りが漂う。
ゴルディランは、至極真面目な顔で頷いた。
「なるほど。つまり『バフ魔法』の一種だな。奥が深い」
違う。そこじゃない。頼むから誰か、この男に恋愛読本を100冊叩き込んでくれ。
ルカは切なげに微笑み、
セリナは物理的に発熱し、
ミコトは「ごはん、おいしー!」とはしゃぎ、
聖剣は脳内でカップリングの総当たり戦を繰り広げている。
『勇者×戦士の不憫受け……いや魔法使い×勇者の圧倒的攻め……いや、もう全員くっつけ(総受け)』
数学の組合せ(コンビネーション)計算みたいに言うな。
◇
深夜。
ルカがそっと、枕元に置かれた俺(鞘)を撫でる。
「ねえ、聖剣。僕、もっと可愛く……いや、強くなれるかな」
『もちろんですとも、マスター。あなたの可愛さは天元突破していますよ(意訳:顔がいいから何しても許す)』
表向きは神々しくエコー付きで答える聖剣。
だが、その内側では「尊さ」の過剰摂取で意識不明の重体だ。
俺は、その騒がしい振動を腰で受け止めながら思う。
俺は剣ではない。
敵を斬ることも、魔法を放つこともできない。
ただ、狂った中身を包み隠し、腰にぶら下がっているだけの「ただの筒」だ。
だが――
包み込んでいるからこそ、防げる決壊もある。
ルカの報われない初恋も、
セリナの茨の道すぎる恋心も、
ゴルディランの斜め上の優しさも、
ミコトの肥大化した自尊心も、
そして中身(腐女子)のノンストップな妄想癖も。
全部、俺という「鞘」の内側で、闇鍋のように煮込まれている。
まあ、俺は鞘だ。
世界で唯一の、SAN値(正気度)を削り続ける観測者。
だが、今日も確信を持って思う。
――このパーティ、感情のカロリーが高すぎて胃もたれする。
そしてたぶん、誰もまだ気づいていない。
この物語において、物理的にも精神的にも一番「重い」ものは、
聖剣の加護でも、筋肉の質量でも、積もり積もった恋心でもない。
それら全てを外側に漏らさず、黙って抱え込み続けている「俺の気苦労」だということを。
……誰か、俺を「普通の箸入れ」とかに再転生させてくれないか、マジで。
【観測後記録:第3観測】
「……?」
女神様が何も言わない、なんだか初めてのカオスを見たような顔だった。
「……鞘に転生することもあるんですね……」
「……ミスだと思いたいですけどね。なんにせよ、不思議なパーティーでした」
「何とも言い難いですが、困惑しました。しかし鞘の方もなんだかんだ楽しそうでよかった」
女神様は淡々と記録する。
「困惑するくらいには感情がもどってきたのでは?」
確かに、この感情の強さはこちらにも熱をくれたようだ。




