まだ、光の中にいたかったのに
すれ違いと衝突の痛みが、まだ空気に残っている。
けれど、誰も悪意なんて持っていなかった。
ただ――必死だっただけだ。
揺れた心をそっと拾い上げるように、
“もう一度だけ手を伸ばす”章。
そして、その手が
届かなかったことを知る話でもある。
吹き飛ばされたブライスのもとへ、
ロゼは再び杖を構えた。
空気が震え、魔力が渦を巻く。
ロゼ
「今ここで、確実に……!」
守るべき弟子。
守るべき村。
その責任だけで身体が動いていた。
だが。
「――だめっ!!」
地面に倒れていたエルナが、
涙混じりの悲鳴で止めた。
ロゼ
「エルナ……!? 無理をするな!」
エルナ
「お、お願い……もうやめて……!」
震える声。
でも、その声だけはロゼの心を動かす。
ロゼは歯を噛みしめ、結界を解き、
一歩、杖を下ろした。
村人たちが駆け寄ってくる。
「ブライスくん、大丈夫か!?」
「さっきの魔法、あれは……」
「でも彼、誰も攻撃してないじゃないか!」
混乱と恐怖と心配が入り混じった声。
ブライスはゆっくり起き上がり、
ブライス
「……だいじょうぶ、です……
僕は……戦うつもりなんて、なかった……」
その言葉に、誰かが泣き出した。
「なんでだよ……
なんでお前が傷つかなきゃいけないんだよ……」
子どもたちも、
泥だらけのままブライスにすがりつく。
「にいちゃん……やだよ、いなくならないでよ……」
ブライスの胸が、きゅっと音を立てて痛んだ。
エルナは、ブライスの顔を見られないまま、
ずっと涙をこらえていた。
ロゼは深く息を吐き、
ブライスをまっすぐ見つめた。
ロゼ
「……戦わなかった理由を聞かせてくれ」
ブライス
「戦ったら……誰かが傷つくから……
僕は……ここで、人間として生きたかったんです」
ロゼの瞳が、少し揺れた。
ロゼ
「……お前の言葉は嘘には聞こえん。
だが、魔素の濃さは事実だ。
危険性も、否定できん」
ブライス
「危害を加えるつもりはありません。
この村は……優しくて。
僕に居場所をくれたから」
その言葉に、静かに涙を拭う村人の姿があった。
ロゼ
「七分は、お前を信じる。
だが三分は……疑わせてもらう」
その言葉は冷たくなかった。
ただ誠実で、重かった。
村人たちも頷く。
「ブライスくん、俺たちは信じてるよ」
「でも、怖い気持ちも……あるんだ」
「ごめんな……ごめんな……」
エルナは泣きながら、声が出ないまま、
ただ小さく頭を下げていた。
ブライスはそれに微笑んだ。
ブライス
「大丈夫。
僕は怒ってないよ。
……誰も、悪くないから」
その笑顔こそが、
誰よりも痛々しかった。
その夜まで、ブライスは村にいた。
•子どもたちは相変わらず懐いてくる
•大人たちは挨拶してくれる
•でも、ほんの少し距離がある
•エルナは謝りたくて謝れない
•ロゼは監視のように見えて、実は気遣って見守っていた
優しさはある。
温かさもある。
だけど――
以前のような“完全な居場所”ではなくなっていた。
それが、
ブライスの胸を静かにえぐった。
深夜。
村全体が寝静まった頃。
ブライスは小さな荷物だけを背負い、
静かに扉を開けた。
振り返れば、
自分の部屋の机の上に一枚の紙。
――感謝の手紙。
村のみなさんへ
ぼくを迎えてくれて、本当にありがとうございました。
この村に来て、初めて“誰かに優しくされる”ことを知りました。
でも、エルナさんが倒れたのはぼくのせいです。
魔素の濃さで、誰かの体に負担をかけてしまうなら、
ここにいてはいけない気がするんです。
みなさんは、あたたかく、優しい人たちです。
だからこそ、ぼくはみなさんの心を曇らせたくありません。
どうか、みなさんがみなさんのまま、幸せでありますように。
ありがとう。忘れません。
─ ブライス
手紙を置いたあと、
ブライスは夜の草原へ歩き出す。
行き先はまだない。
ただ――
誰も傷つけたくないという思いだけが
彼の背中を押していた。
星のない空の下で、
その影は少しだけ揺れ、
そして闇に消えていった。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
互いを思う気持ちは確かにあったはずなのに、
その優しさすら、彼の心には重荷になってしまった。
信じたい村人と、信じて欲しいブライス。
その距離は縮まりきらず、
彼の背を静かに押し出していく。
優しい別れほど、胸に刺さる。
次の話では、
彼が初めて自分の意志で“どこかへ向かう”物語になる。




