信じてほしかった。信じたかった。すれ違いの光
村での平穏な日々は、ブライスにとって
“人間としての記憶”が初めて優しく塗り替えられた時間だった。
優しさを与えても返ってこなかった生前の人生。
異世界に来てようやく、
誰かが自分に向けてくれた温もりを知った。
その温もりが、
どれほど尊く、どれほど大切だったか。
だからこそ――
その温もりが“揺らぐ瞬間”は、
胸の奥が悲鳴をあげるほど痛い。
第7話では、
ブライスと村人たちの間に、
ほんの小さな、しかし決定的な“影”が落ちる。
信じたい者と、信じてほしい者。
警戒する者と、守りたい者。
すべてが悪意のないすれ違い。
けれどそのすれ違いが、
この先の運命を静かに狂わせていく。
これは、
ブライスが“傷つき始める最初の章”。
村の真ん中で、子どもたちが笑っていた。
今日も穏やかで、温かくて、
ブライスにとって初めて「居場所」と呼べる時間だった。
その中に――
たった一人だけ、笑っていない少女がいた。
黒髪を横で結い、小柄で、それでいて落ち着いた瞳。
村でただ一人“魔術の才”を持つ少女・エルナ。
彼女だけは、ブライスを見る視線がまったく違った。
子どもたち
「ブライス兄ちゃんー!」
「昨日の魔法すごかったねー!」
ブライス
「いやぁ、そんなにすごくは――」
笑いそうになったその瞬間。
エルナ
「……やめて。近づかないで」
空気が凍った。
エルナの視線がブライスを射抜いている。
その目は、恐怖と警戒でぎらぎらと光っていた。
エルナ
「……濃い……魔素……なんで……こんなに……」
額に手を当て、苦しそうに息を吸う。
エルナ
「う……っ……!」
次の瞬間――
ドサッ
少女の小さな身体が地面に崩れ落ちた。
子どもたち
「エルナ!? 大丈夫!?」
「おい……しっかりしろよ!」
ブライスは反射的に駆け寄ろうと――
でも、少女が怯えた顔で叫ぶ。
エルナ
「来ないでっ!!
……魔物……!!」
その言葉は、
刃物より鋭く、ブライスの胸に刺さった。
村人たち
「ま、魔物……?」
「何を言ってる……ブライスくんがそんな……」
「でもエルナの感知はこの村で一番で……?」
不安が揺れだす。
ブライス
「ち、違うんだ……!
本当に僕は、人間で――」
ブライスの声は震えていた。
そのとき――
森の奥から強い気配が近づいてくる。
⸻
女の子の師匠――
旅の魔術師“ロゼ”が駆けてきた。
ロゼ
「エルナ! 魔力が乱れている、どうし――」
ロゼの視線がブライスに触れる。
その瞬間、彼女の顔色が変わった。
ロゼ
「……なに、この魔素……?」
鋭い眼光。
ブライスに向けて杖を構える。
ロゼ
「この村に“魔族”が来るなんてね。
さて……目的は私かい?」
ブライス
「ち、違います!僕は魔族なんかじゃ――!」
ロゼ
「“魔族じゃない”だって?
この濃さの魔素を垂れ流して?」
ブライスの言葉は、届かない。
村長
「待ってくれ魔術師さん!この子は――!」
ロゼ
「村長、危険です。
ここは私に任せなさい」
杖の先が光を帯び始める。
⸻
ロゼ
「――《雷撃槍》!」
バチッ!
青白い稲光が槍の形を成し、そのままブライスに突き抜ける。
ブライス
「《防御結界》!」
無詠唱。
右手をかざした瞬間、透明な結界が広がり、
雷槍がぶつかる。
ギィィン!!
相殺。
ロゼの目が大きく見開かれる。
ロゼ
「……無詠唱で防御結界……?
しかも私の雷槍を防ぐなんて……!」
杖を握る手に力が入る。
ロゼ
「人間にできる芸当じゃない。
貴様……竜種か?」
ブライス
「違う!! 本当に違うんだ!!
僕は……人間なんだ!!」
ロゼ
「なら一つ言わせてもらう!」
怒りで声が震えている。
ロゼ
「さっきの雷撃槍は“擬態してる者を暴く”術式が込められている。
もし貴様が“擬態”なら貫通して死ぬ。
擬態していなければ ─ ─直前で弾かれる。」
村人
「なっ……!?」
「そ、そんな危険な魔法を……!」
ロゼ
「それを踏まえて、もう一度聞こう」
杖の先を向けたまま、
目だけでブライスを睨みつける。
ロゼ
「貴様は......人間.....」
低く、鋭い声だった。
⸻
ロゼ
「か、ぁ……ッ!!」
言葉に乗った怒りが制御できなくなり、
ロゼが衝動で飛びかかる。
ブライス
「っ!? やっ……!」
反射的に跳ぶ。
けれど――普通じゃない。
助走なしで、10メートル超えの跳躍。
地面が“ドンッ”とえぐれ、砂埃が舞い上がる。
村人
「ひっ……!!」
「な、なんだ今の……!」
「人間が……あんな跳べるわけ……!」
ロゼは歯をくいしばる。
ロゼ
「やはり……竜種級……!」
⸻
ブライス自身も混乱していた。
ブライス
「えっ……? なんで……?」
足元を見る。
地面に落ちた自分の影――
そこに赤い鱗の翼が二枚、くっきりと映っている。
昨日擬態したワイバーンの翼だ。
ブライス
「……嘘……だろ……?」
自分が制御できない。
自分の体が、敵のもののように思える。
村人は腰を抜かし、
泣き出し、叫び出す。
⸻
ロゼ
「ァァァァァ!!
貴様ーーーーー!!」
杖に魔力が収束し、空気が震え始める。
ロゼ
「ここで止める……この村のためにも……!」
その時――
⸻
少女
「なんで……なんであなた戦わないの!?
なんで!?
竜種なんでしょ!!?」
ブライス
「だって……僕、人間だから……!」
少女
「でも――!!」
ロゼ
「黙れェ!!
お前は魔族だ!!」
⸻
ロゼの魔力が解き放たれる瞬間――
ブライス
「《防御結界》《防御結界》――っ!!」
両手を広げ、
持てる限りの魔力を裏返したように放出し、
二重結界を展開。
魔法が衝突し、
凄まじい光が走った。
ドッ!!!!!
ロゼの放った一撃は貫通しなかったが衝撃は貫通しない。
大地が震え、
土が爆発し、
村のすぐ側まで地面が深くえぐられる。
村人
「きゃああああ!!」
「なんだこの威力……!」
「死ぬ……本当に死ぬ……!」
ブライスは結界ごと吹き飛ばされ、
地面に激突し、数メートル転がる。
ロゼ
「…………化け物め……!」
震える声。
それは恐怖でも憎しみでもない。
“弟子を守れなかったかもしれない自責の念”。
でも――
その声はブライスの胸に深く突き刺さった。
ブライス
「(どうして……
どうして信じてくれないの……)」
涙がこぼれそうにになる。
エルナの感知、ロゼの誤解。
誰も悪くないのに、誰も止められない、悲しい連鎖。
ブライスは嘘をついていない。
ロゼは責任と恐怖から行動している。
少女は本能が悲鳴をあげた。
村人たちは信じたいのに、混乱して揺れる。
“全員が正しいのに、全員が間違ってしまう”
そんな残酷な状況の中で、
最も傷ついているのは――ブライスだ。
信じて欲しかった。
あの温かい村で、人として生きたかった。
ただそれだけなのに。
そして現実は、
心の深いところに小さな亀裂を入れた。
この亀裂は、まだ細い。
まだ塞げるかもしれない。
でも――
ここから何度も積み重なれば、
その小さな亀裂はやがて“闇”へと溝を広げる。
第7話は、
ブライスの心が“初めて痛みを知った日”。
光を知ったからこそ、傷つく。
傷ついたからこそ、闇が濃くなる。
その始まりが、この話だった。




