村の朝、心がほどけていく日常
大きすぎる力を抱えたまま異世界へ落ちた青年――ブライス。
ワイバーンを一撃で蒸発させたあの出来事は、
彼にとって“魔の世界”の入口でしかなかった。
けれどこの第6話で描かれるのは、
そんな圧倒的な力や戦いの続きではない。
初めての“あたたかい日常”。
初めて誰かに“優しくされる側”になった時間。
そして初めて、守りたいと思える小さな世界。
魔の力の美しさに惹かれながらも、
人の優しさに胸を震わせるブライス。
彼がこの世界で“何を大切にするのか”
“どこへ帰るのか”
その答えが静かに描かれる、
光と安らぎの話――それが第6話。
村の朝は、思っていた以上に静かだった。
鳥の声が規則正しく響き、窓の外からは薪割りの音が一定のリズムで聞こえる。
目覚めた瞬間、ブライスは胸が少しくすぐったくなる感覚を覚えた。
(……ああ、そうだ。俺、昨日この家に泊めてもらったんだっけ……)
起き上がると、隣の部屋から老人の声がした。
「おう、起きたかブライス。朝飯ができてるぞい」
ブライス
「あ……はい。すみません、本当に色々と……」
「礼なんぞいらん。若いもんはしっかり食べて働く。それで十分じゃ」
老人の言葉に、ブライスの胸の奥がまた温かくなる。
食卓には温かいスープと焼きたてのパン。
素朴だが、それがなんとも嬉しかった。
パンをかじると、
その柔らかさと塩気に思わず頬がゆるむ。
(……おいしい……)
日本で食べていたものよりも素朴で、けれど“誰かが用意してくれた”という事実が、この味を何倍も美味しくしていた。
老人
「今日の予定は決まっておるか?」
ブライス
「……村の仕事、手伝わせてもらえませんか?」
そう言うと、老人は目を丸くしてから笑った。
「ほっほっほ。素直な子じゃのう。
じゃあまず畑の手伝いに行くか。村の連中に挨拶もしておきなさい」
ブライス
「はい!」
自然と声が明るくなる。
⸻
畑に向かう途中、村の子どもたちが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんだー!」
「昨日のお客さん? もう元気なの?」
「これあげる! おかあさんが作った焼き菓子!」
突然差し出された小さな袋を受け取ると、
甘い匂いがふわっと漂った。
ブライス
「えっ……ありがとう……」
子どもたちは満面の笑みで走り去っていく。
その背中を見ながら、胸がつんと痛くなる。
(……俺、今まで……
こんなふうに誰かに“純粋な好意”を向けられたことって……あったっけ?)
優しくしてきた側だった。
でも返ってきた優しさは、ほんの少ししかなかった。
だから今のこの時間が、胸の奥に染み込むように心地良い。
(……守りたい、な……この場所……)
まだ口には出さないけれど、
そんな気持ちがじわじわと形になるのを感じた。
⸻
午前中は老人と畑で土を耕した。
ブライスは非力そうに見えるが、
少し力を込めれば土は簡単に割れ、
鍬は軽々と振れた。
老人
「おお……あんた、力あるんじゃなぁ。村一番の働き手になれそうじゃ」
ブライス
「えへへ……まぁ、ちょっと鍛えてて……」
(いや、絶対ちょっとじゃないけど!!)
内心ツッコミを入れつつ、
鍬を軽く振ると土がふわっと跳ねる。
老人は驚くどころか嬉しそうだ。
「助かるよ、ほんに。
最近腰が痛んでの……畑が重労働でなぁ」
ブライス
「じゃあこれからは、俺に任せてください」
自分でも驚くほど自然に言葉が出た。
老人はしばらく目を細めてから、
ぽつりと言った。
「……あんたが来てくれて、ワシは嬉しいよ」
その一言が、
胸を――ぐっと掴んで離さなかった。
(……俺、こんな優しさ……知らなかった……)
涙が出そうになるのをこらえ、
ブライスは鍬を握り直した。
⸻
昼休憩には、村の女性たちがパンとスープを持ってきてくれた。
「働き者だねぇ」
「若い人が来てくれると助かるよ」
「よかったらまた食べてってね」
ブライス
「……え、えっと……ありがとうございます……!」
この村にいると、
まるで世界から“許された”ような気持ちになる。
自分が最強だとか、
魔の力に惹かれているとか、
そんな危うい本音は、今はどこか遠くへ消えていた。
ほんの少し――
ブライスは、この世界で生きていける気がした。
昼食のあと、老人が昼寝に入ったのを見届けて、
ブライスはそっと家を抜け出した。
向かった先は、村の裏に広がる小さな森。
草の匂いと湿った土の香りが混ざり合い、
木々の間から差し込む光が揺れる。
(……誰もいない場所で、試してみるか。)
昨日、ワイバーンを蒸発させてから気づいていた。
自分の力は“常識”から逸脱している。
むやみに使えば、村を巻き込む危険がある。
だから、人がいないこの森はちょうどいい。
深呼吸をして、
ブライスは右手を軽く掲げた。
「……無詠唱、やってみるか……」
頭の中で炎をイメージする。
強くも弱くもなく、
ただ“火”という概念だけを明確に描く。
その瞬間――
指先に魔素が集まる感覚が走る。
ボッ……
掌の上に小さな火球が生まれた。
昨日の大爆発とは違い、
落ち着いた、安定した魔力の揺らぎ。
(……出せる。
昨日のは制御できなかっただけで、
本来はこのくらいの火力なんだ……)
少し火力を上げるイメージを加えると、
火の色がオレンジから赤へと変わる。
強さも大きさも、意図通り。
思っただけで魔力が形になる。
(……魔術の操りやすさが異常すぎる……
これ、普通の人間の魔法じゃない……)
ブライスは火球を消し、今度は風をイメージした。
ふわっ
体を撫でるように優しい風が生まれ、
次に少し強く――
ザッ……!!
木の葉がざわりと舞う。
落ち葉が渦巻き、鳥が枝から飛び立った。
(……気持ちいい……
魔力を“触感として”感じるの、すげぇ……)
魔の流れは、人間の魔術理論には収まらない。
それが肌でわかる。
昨日のワイバーン擬態もそうだった。
次に試したのは《創造魔術∞》。
「……小さいものでいいか。
えーっと……スプーンとか?」
そう呟きながら、
木製のスプーンの形を強くイメージする。
木目、長さ、軽さ、形状――
細かいところまで思い浮かべる。
瞬間、魔素が集まり――
コッ、と手の中にスプーンが生まれた。
まるで木工職人が手彫りしたような模様まで完璧。
ブライス
「……やば……」
思わず笑ってしまう。
(創造魔術って……これ反則じゃ……?)
既存の物質を“模倣”しているだけではない。
これは完全にゼロから作り上げている。
次に、小刀をイメージして作ってみる。
鉄の重さ、切れ味、冷たさ――
イメージした瞬間、魔素が凝縮し、
キィン……!
金属光沢のある小刀が生まれた。
ブライス
「やばいやばいやばい、これ普通じゃない……
無限チートってこういう……」
自分のスキルに若干引きながらも、
同時に高揚感が胸を満たす。
魔素が手のひらで踊るように揺れる。
(……魔素って、こんなに綺麗だったのか……?
なんで、魔族や悪魔を“邪悪”扱いしてるんだ……?
こんな美しいものを扱える存在が、悪いわけないだろ……)
胸の奥で、静かな違和感が膨らむ。
ちょうどそのとき。
森の中に、
小さな影が飛び込んできた。
小鳥だ。
青い羽をひらひらさせて枝に止まる。
ブライスはそっと手を伸ばし、
鑑定を試してみた。
⸻
《鑑定結果:ブルースパロウ》
属性:風
魔素:微量
特徴:警戒心が強く、俊敏
⸻
(……かわいい……)
次に彼はゆっくりと《有機擬態》を起動し、
鳥のDNAを読み取って“小型擬態”を試した。
ふわりと体が軽くなる感覚。
視界が少しだけ変わり、
筋肉や骨格のバランスまで変化する。
ブライス
「うわ……すっご……!」
翼を広げれば、
そのまま滑空できる感覚が流れ込んでくる。
“魔の身体”とは全く違うけれど、
擬態そのものが楽しい。
⸻
擬態を解除して木の根本に座り込む。
「……この世界、面白いな……」
昼間の穏やかな村、
森の魔素の美しさ、
創造魔術の自由さ。
どれも、
ブライスの心をじわじわ解きほぐしていく。
魔にも惹かれ、
人の優しさにも揺れ、
まだどちらにも染まらない。
今はただ――
この村で生きていきたいと、素直に思えた。
⸻
その平穏が、
このあと小さく揺らぐことになるとは
まだ誰も知らない。
その夜。
村は月明かりに照らされ、深い静寂に包まれていた。
老人はすでに眠っている。
ブライスも布団に横になって目を閉じていたが、
胸の奥になんとなく違和感があった。
(……なんだろ。胸騒ぎ、ってやつ?)
その直後だった。
――カサッ。
家の外から、小さな音。
ブライスの全感覚が一瞬で研ぎ澄まされた。
(……誰か、いる?)
完全に“敵意”ではないが、
“悪意”が含まれている気配がある。
ブライスは音を立てずに外へ出た。
夜風が冷たく頬を撫でる。
周囲を目で追うと、闇の中に3つの影。
村の畑の物置小屋に忍び込み、
袋に何かを詰め込んでいる。
盗賊だ。
盗賊A
「急げ、誰にも見つかるなよ。
この村は警備も緩いしチョロいって噂だ」
盗賊B
「へへっ、こんな田舎で金になるもん盗めりゃ儲けもんよ」
その言葉を聞いた瞬間、
ブライスの胸の奥に、
ゆっくりと、でも確実に“怒り”が灯った。
(……何勝手なこと言ってんだよ。
この村は……俺の、大事な……)
怒りは静かだった。
叫びでも、爆発でもない。
ただ――
「守りたい」と強く願った場所が、
汚されようとしていることへの、
理由のある怒りだった。
ブライス
「……やめてくれない?」
静かな声でそう言いながら、
三人の背後に立った。
盗賊たちは振り返り、ギョッとした。
「うわっ!? なんだてめぇ……!」
「子どもか? ガキのくせに……!」
ブライス
「いや……子どもじゃないけど……
そんなことより、ここは俺の……大事な村なんだ。
だから……やめてって言ってるんだよ」
その声には怒鳴り声も威圧もない。
ただ“揺るぎない意思”だけ。
盗賊C
「ガキが……なめてんのかあああ!」
盗賊がナイフを持って突進してきた。
ブライスは深く息を吸い、
ただ指を――軽く鳴らした。
パチン。
その瞬間、
盗賊たちの身体がガクンと崩れた。
無詠唱の睡眠魔法。
魔力はほとんど使っていない。
指を鳴らすだけの行為に魔術を乗せただけ。
盗賊A
「な、なん……だ……これ……」
盗賊B
「う……動け……っ……」
盗賊C
「ひ……ひぃ……」
糸が切れたように静かに倒れ込む。
ブライス
「……ごめんね。
痛いのは嫌だろうし……
村のみんなを怖がらせるのも嫌だったんだ」
本気を出す必要なんてなかった。
むしろ“本気を出すほうが危険”なのはブライス自身がよく分かっている。
だから“最低限の力”で、
最優先で“村を守った”。
(……これが、俺の……力……)
今まで生きてきたどんな瞬間よりも、
“正しく使えた”と感じた。
盗賊たちを木に軽く縛り付けて、
ブライスは村長の家へ向かった。
⸻
村長はドアを叩くとすぐ出てきた。
「む……? ブライスか? どうしたんだこんな夜に」
ブライス
「村長さん……あの、盗賊が……」
「盗賊……!? 大丈夫だったのかっ!?」
「はい。眠ってるだけです。怪我はさせてません」
村長は目を見開いた。
「……あんた……本当に、強いんだな……
この村を……守ってくれたのか?」
ブライス
「……はい」
自分でも驚くほど、
その返事には迷いがなかった。
村長はふっと表情を緩め、
深く頭を下げた。
「ありがとう……ブライス。
あんたは……この村の恩人だ」
その言葉は、
昨日とは比べ物にならないほど強く胸に響いた。
(……俺……この村に必要とされてる……?)
そんな感情、
生まれて初めてだった。
⸻
夜風の中、月明かりを見上げながら、
ブライスは小さく呟く。
「……守れるんだな、俺。
この村くらいなら……ちゃんと守れるんだ……」
その声は、夜空に吸い込まれていく。
まるでこの村が、
ブライスを“光”へ引き留めているようでもあり、
同時に――
“闇”から彼を遠ざけるほんの小さな灯火のようでもあった。
翌朝。
村長が事情を説明すると、村人たちが盗賊の捕縛場所へ集まってきた。
「本当に……この三人を、一晩で?」
「怪我もさせずに眠らせたって……?」
「なんてすごい若者なんだ……!」
驚きと感謝の声が重なり、
ブライスは居心地の悪そうに後頭部を掻いた。
ブライス
「あ……えっと……大したことじゃ……」
村人A
「いいや、大したことだとも! あんたがいてくれて助かったよ!」
村人B(若い母親)
「うちの子が畑の近くで遊ぶから……守ってくれて、本当にありがとう……」
子どもたちがブライスの服を引っ張る。
「ブライス兄ちゃん、すごい!」
「ねえ、必殺技とかあるの?」
「また遊んでよ!」
ブライス
「はは……必殺技は、ないけど……また遊ぼうな」
笑いながらそう言うと、
子どもたちはぱっと明るい顔になった。
(……あぁ……
こんなふうに“自分が誰かの役に立てる”って……
こんなに嬉しいんだ……)
胸の奥が熱くなり、視界がじんわり滲む。
老人も、目を細めながら言った。
「ブライス。
お前さんは、もうこの村の一員じゃ」
その一言は、
彼にとって“居場所”そのものだった。
⸻
村人たちが散っていき、
村長がブライスに歩み寄る。
「ブライス。
あんた、よければこの村に……住まないか?」
ブライス
「え……?」
村長
「もちろん強制じゃない。
だが――村の皆があんたを好いておる。
何より、あんた自身が……安心できる場所が、欲しかろう?」
ブライスは、返事を出す前に自分の胸に手を当てた。
(……そうだ。俺、こんな穏やかな場所……
人生で初めてだ……)
村長の言葉は核心を突いていた。
驚くほど自然に、
彼は言葉を返した。
ブライス
「……はい。
しばらく、この村でお世話になります」
村長は満足そうに頷いた。
「うむ。では歓迎するぞ。
ブライス……この村の仲間としてな」
その瞬間、
胸の奥でストン、と何かが落ち着く音がした。
(これが……“帰っていい場所”か……)
言葉にできないほどの温もりが、心の底から湧き上がった。
⸻
――しかしその頃、村から遠く離れた大地では。
草原。
巨大なクレーターの前で、4人の騎士が立ち尽くしていた。
騎士A
「……竜の仕業か?」
騎士B
「いや……竜がこんな一撃で蒸発するなど……」
騎士C
「何かの魔法……か? しかし規模が……」
騎士隊長
「くだらん噂だ。
“草原に勇者が現れた”など、王が耳を貸すわけもない。
調査だけして引き上げるぞ」
痕跡を前にしながらも、
王国は動く気配すら見せない。
疑いすら持たず、噂を笑い飛ばすばかり。
この判断が後に、
歴史最大の誤算となることを、
今の彼らは何も知らない。
⸻
――その夜、村の外れ。
ブライスはひとり、星空の下に立っていた。
気持ちを整理するように、
静かに息を吐く。
「……俺、この村に来てよかったな……」
風が優しく頬を撫でる。
「優しくしてもらえるって……
こんなに嬉しいんだ……
知らなかった……」
目を閉じ、胸に手を当てる。
「……だから。
この村だけは……絶対に守る。
何があっても……俺が守る」
それは、大声ではない。
決意を叫ぶような威圧もない。
静かで、柔らかく、
けれど誰よりも強い――
彼自身への“誓い”だった。
月明かりがブライスの横顔を照らす。
優しい光と、
どこか影を帯びた瞳。
ブライス自身はまだ気づいていない。
この誓いが、
後に “世界を滅ぼす災厄” の始まりとなることを。
けれど今はただ、
村の灯火が静かに揺れていた。
その光こそが、
ブライスを温め、救い、そして――
闇の深さを決める唯一の指標となる。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
よろしくお願いいたします。




