劫火の蹂躙
奴隷狩りシンジケートの男たちが頼みの綱としていた「対魔物用の結界」。
それは、数十頭の火竜が放つ一斉のブレスの前に、薄いガラス細工のようにあっけなく砕け散った。
見張りの男A
「ひ、ヒィィィィィッ!! 結界が、一瞬で!?」
見張りの男B
「逃げろ! 焼け死ぬぞォォ!!」
男たちの悲鳴は、轟音と炎にかき消された。
上空から降り注ぐ紅蓮の炎は、奴隷たちが囚われている牢獄だけを正確に避け、武装した人間たちと拠点の設備のみを的確に灰にしていく。
ブライス(古代竜)
『……一匹も逃がすな。ただし、牢には絶対に火の粉を向けるなよ』
火竜の長
『御意ィィィ!! ゴミ共を消毒しろォォ!!』
空を支配する古代竜の静かな命令に、火竜たちが歓喜の咆哮で応える。
廃城は瞬く間に劫火に包まれ、奴隷狩り組織の拠点は文字通り「蹂躙」されていった。
数分後。
抵抗する者すら完全に消え失せた焼け跡に、ブライスは静かに舞い降りた。
ドスン、と巨大な四肢が地を揺らす。
その後ろには、威風堂々とした火竜たちが付き従うように降り立った。
鉄格子の奥で震えていた奴隷たち――エルフや獣人の女性、子供たちは、突如現れた伝説の古代竜を前に、恐怖で声も出せずに身を寄せ合っている。
リエル
「皆さん、もう大丈夫ですよ! 怖がらないでください!」
古代竜の背中からリエルが声を張り上げると、檻の中のエルフたちがハッと顔を上げた。
エルフの少女A
「エ、エルフ……? どうして竜の背中に……?」
獣人の女性
「魔物に襲われたんじゃないのか……? 私たちを、助けてくれた……?」
混乱する奴隷たちの中で、檻の奥に座っていた一人の美しいエルフの女性が、ゆっくりと立ち上がった。
豪奢な金糸の髪に、泥で汚れながらも隠しきれない気品。エルフ国の第一王女、シルフィアである。
シルフィア
「まさか、私たちを狙う人間たちを焼き払うためだけに、これほどの竜の群れが動くとは……」
シルフィアは鉄格子越しに、ブライスの巨大な金色の瞳を真っ直ぐに見上げた。
シルフィア
「まさか異種族の、しかも竜の長に助けられてしまうなんて。本当に、長生きするもんですねぇ」
お付きのエルフ
「いやいやシルフィア様、既に三百五十年も生きていらっしゃいますでしょう……」
シルフィア
「あら。乙女の年齢をこんな所でバラすなんて野暮よ?」
お付きのエルフの冷静なツッコミに、シルフィアがふふっと優雅に微笑む。
その緊張感のないやり取りに、周囲の奴隷たちもポカンとしつつ、少しだけ恐怖が和らいだようだった。
ブライスは心の中で(三百五十歳……!)と驚きつつも、古代竜の低い声で告げた。
ブライス(古代竜)
『……怪我がないなら良かった。檻を壊すよ』
ブライスが鋭い爪の先で鉄格子を軽く弾くと、魔法の施錠ごとあっさりと弾け飛んだ。
ブライス(古代竜)
『ここはもうすぐ人間の援軍が来るかもしれない。君たちを安全な魔族領の街まで運ぶから、僕か、後ろの火竜たちの背中に乗って』
奴隷たち
「えっ!? りゅ、竜の背中に!?」
信じられない提案に戸惑う奴隷たちだったが、シルフィアが真っ先に優雅な足取りでブライスの前へ進み出た。
シルフィア
「古代竜の背に乗る栄誉に浴せるなんて。お言葉に甘えさせていただきますわ」
第一王女が乗るのを見て、他のお付きや奴隷たちも恐る恐る、しかし安堵の涙を流しながら火竜たちの背中へとよじ登っていく。火竜たちも、王の命令とあって、驚くほど大人しく背中を貸していた。
全員が乗り終えたのを確認し、ブライスが飛び立とうとした――その時。
瓦礫の陰で、泥にまみれながら這いつくばって逃げようとしている男を見つけた。組織の幹部らしき、身なりの良い男だ。
奴隷狩りの幹部
「クソッ……クソッ!! なんで古代竜なんかがこんな所に……!!」
ドンッ!
男の目の前に、古代竜の巨大な爪が突き立てられ、退路を完全に塞いだ。
奴隷狩りの幹部
「ヒ、ヒィィィィィッ!! た、助け……!!」
ブライス(古代竜)
『……お前は殺さない。生かして連れて行く』
冷酷な金色の瞳が、男を見下ろす。
ブライス(古代竜)
『サリエラさんが喜ぶ、いい“お土産”になりそうだからね。洗いざらい情報を吐いてもらうよ』
奴隷狩りの幹部
「あ、あああぁぁ……ッ!」
男は恐怖のあまり白目を剥き、その場で気絶した。
ブライスは気絶した男を前足で軽く摘み上げると、巨大な翼を広げた。
ブライス(古代竜)
『それじゃあ、帰ろうか』
リエル
「はいっ、ブライス様!」
空を焦がした炎を背に、数十頭の竜の群れが、救い出した命と一人のお土産を抱えて、魔族領へと凱旋の帰途についた。




