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遠藤健太という青年

主人公について書いてみました。

遠藤健太えんどう けんたは、どこにでもいる普通の青年だった。

いや、本人もそう思っていたし、周囲もそう評価していた。


朝起きて、大学へ行き、課題に追われながら、

時々コンビニで買った弁当を食べて、帰宅してはパソコンで動画を見て眠る――

そんな日常を淡々と繰り返す、ごく普通の人生。


けれど、普通という言葉には、時に“見えない濃さ”がある。


健太は人の前で決して無理をしないし、争いも好まない。

誰かが困っていれば自然に手を差し伸べるし、

人に優しくすることが、彼にとっては息をするのと同じくらい自然だった。


だがその優しさは、あくまで“身内限定”。

彼が誰かに深く心を開くまでには、意外と時間がかかった。

自分が傷つくことを、少し恐れていたからだ。


そんな健太が唯一、子どもの頃から変わらずに愛しているものがある。


異世界ファンタジー小説。

とくに“破滅系ダークファンタジー”。


魔王、邪神、世界崩壊――

そういった言葉の並ぶタイトルを見ると、妙にテンションが上がるタイプ。


授業中、ふと窓の外を見ながら妄想することも多かった。


(もし異世界に行けたら……

一度くらい、悪役として暴れてみたいよな)


そんな黒い願望が、胸の奥の奥に潜んでいる。

もちろん本気で言っているわけではない。

フィクションに酔いながら、軽い気持ちで夢を見る――

それは健太にとって、日々のストレスを忘れさせてくれる大事な“逃げ場”のひとつだった。


だがそれも、ある日のこと。


信号の変わり目、イヤホンで音楽を聴きながら横断歩道を渡っていた健太は、

突然視界がひっくり返った。


「……え?」


ブレーキ音。

タイヤが悲鳴を上げるような音。

そして、世界が一瞬だけスローモーションになった。


視界の端で、車が跳ねるように揺れたのが見えた。

誰かの叫び声も聞こえた気がする。


だが健太の心は、不思議なほど静かだった。


(あ……死ぬのか)


恐怖も痛みもなかった。

ただ、静かに落ちていくような感覚だけ。


“もっと優しい人生を送りたかった”わけでも、

“後悔が山ほどある”わけでもなかった。


けれど――ひとつだけ。


(異世界……

マジで行けたら、最高だよな……)


そんな子どもじみた願望だけが、胸の奥にふわりと浮かんだ。


その瞬間、健太の身体は完全に闇へ沈んだ。


気づけば、足元の感触が消えていた。

落ちている……というより、光の川に吸い込まれていくような、不思議な感覚。


「……ここ、どこだ?」


声に出しても、反響しない。

自分の体すら見えない。


温度も、音も、匂いも……何もない。

ただ、光の粒子が風のように流れる空間。


視界の端に、巨大な光の道があった。

まるで天へ登る階段のようなその光が、健太の魂をゆっくり包み込む。


(……なんだ? もしかして……)


ふと、胸が高鳴った。


(ここって……異世界転生……?

いやいや、そんなわけ……)


そう思った瞬間、光はさらに強まり、

健太の魂は“別の魂”と混じり合うように動き始めた。


だが、それが“事故”であることを――

彼はもちろん、誰ひとりとして気づいていなかった。


やがて光は形を変え、

世界の境界を越える瞬間が、静かに近づいていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

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