竜王の怒り
空のドライブを終え、ブライスが巨大な古代竜の姿から元の半魔の姿へと戻ると、岩陰からサリエラが満足げな顔で歩み寄ってきた。
サリエラ
「空の散歩は楽しめたかしら? 古代竜くん」
ブライス
「……からかわないでくださいよ。それで、火竜たちを大人しくさせる依頼はこれで完了ですよね?」
サリエラは包帯だらけの顔でニヤリと笑い、手元のメモ帳をパタンと閉じた。
サリエラ
「ええ。でもね、ここからが今日の本題であり、次の『ビジネス』よ。私があなたに火竜を従えさせたのには、もう一つ理由があるの」
リエルが不思議そうに首を傾げ、火竜の群れの長も、巨大な頭をすり寄せて二人の話に耳を傾けた。
サリエラ
「この岩山の南……帝国と人間国の国境付近にある『廃城』を知ってる? あそこに最近、人間国の『奴隷狩りシンジケート』が拠点を構えたのよ」
ブライス
「……奴隷狩り……」
その言葉を聞いた瞬間、ブライスの声の温度が急激に下がった。
傍らにいるリエルの肩が、ビクッと小さく震える。
サリエラ
「奴らは人間国の上層部とも裏で繋がってるわ。だから、帝国の正規軍が動いて廃城を制圧すれば、『不法侵入』だの『侵略行為』だのと騒がれて、国際問題になるのよ」
ブライス
「なるほど……。だから、帝国の軍人ではないフリーランスの僕に、非公式でその拠点を潰してほしいってことですね」
サリエラ
「ご名答。帝国としては、あのゴミ共を物理的に排除したいの。……あなたにとっても、悪い話じゃないでしょう?」
サリエラが言い終わるか終わらないかのうちに、横で話を聞いていた火竜の長が、鼻から勢いよく黒煙を噴き出した。
火竜の長
「我らが王よ! もしかして、そのニンゲン共というのは、最近南の谷底をコソコソと馬車で通っている奴らのことですか!?」
ブライス
「……知ってるの?」
火竜の長
「ええ! 奴ら、我らの縄張りを勝手に『密輸ルート』として使いやがるのです! 腹立たしいことに、妙な結界魔導具を持っているせいで手出しができず……我らが最近苛立って暴れていたのも、それが原因でして!」
点と点が繋がった。
火竜たちが帝国の言うことを聞かずに暴れていたのは、人間たちの身勝手な密輸行為によって縄張りを荒らされていたからだ。
ブライスは、静かに目を閉じた。
(人間の街で、孤児がゴミのように殺された)
(森の中で、リエルが恐怖に泣き叫んでいた)
(そして今度は、魔族領の境界まで入り込んで、同胞たちを売り飛ばそうとしている)
ブライス
「……本当に、人間ってやつは……どこまでも醜いな」
目を開けたブライスの瞳は、人間のそれではなく、完全に『金色の縦長瞳孔』へと変化していた。
そこにあるのは、燃え盛るような怒りではない。
絶対零度のように冷たく、静かで、圧倒的な『殺意』だった。
リエル
「ブライス様……」
不安そうに見上げるリエルに対し、ブライスはいつもの優しい顔に戻って、その頭をポンポンと撫でた。
ブライス
「リエル。君はここで、サリエラさんと待っていて。すぐに終わらせてくるから」
しかし、リエルは強く首を横に振った。
小さな両手で、ブライスの服の裾をぎゅっと握りしめる。
リエル
「……私も、行きます」
ブライス
「でも、危ないし……それに、ひどい光景を見ることになるかもしれないよ?」
リエル
「見届けたいんです。私を攫い、森の同胞たちを傷つけた人間たちが……ブライス様によって裁かれる瞬間を。私はもう、目を逸らしたくありません」
その緑色の瞳には、かつての怯えはなかった。
あるのは、ブライスという絶対的な存在への信頼と、自身の過去を乗り越えようとする強い意志だった。
ブライス
「……わかった。一緒に行こう」
ブライスは再び、深く息を吸い込んだ。
大気中の魔素が、彼の身体を中心にして凄まじい勢いで渦を巻き始める。
《有機擬態オーガニック・ドッペル:対象『竜種』》
ズンッ……!!
再び顕現する、赤鱗の古代竜。
その圧倒的な威容に、火竜たちが歓喜の咆哮を上げる。
ブライス(古代竜)
『サリエラさん。その依頼、引き受けた。……リエル、しっかり掴まってて』
リエルを背に乗せ、古代竜は巨大な翼を広げた。
ブライス(古代竜)
『お前たち。僕の縄張りを荒らすゴミ共を、掃除しに行くよ』
火竜の長
『オォォォォォ!! 我らが王に続けェェェ!! ニンゲン共を灰にしろォォ!!』
数十頭の火竜の群れが、古代竜を先頭にして一斉に空へと飛び立つ。
それはもはや討伐隊などではない。
空を赤黒く染め上げる、歩く『天災』そのものだった。
サリエラ
「……あーあ。こりゃ、骨すら残らないわね」
サリエラは呆れたように息を吐きながらも、その口角は楽しげに吊り上がっていた。
⸻
――南の国境付近、廃城。
そこは、奴隷狩りシンジケートの巨大な拠点として機能していた。
見張りの男たちが、酒を飲みながら下品な笑い声を上げている。
見張りの男A
「おい、今日の収穫はどうだった?」
見張りの男B
「上々だぜ。エルフのガキが三人に、獣人の女が二人だ。王都の貴族どもに高く売れるぜぇ」
見張りの男A
「ヒャハハ! 魔族領の境界はまさに宝の山だな! 竜の縄張りだから帝国軍も手出しできねぇし、結界の魔導具さえあれば魔物も寄ってこねぇ!」
男たちは、自分たちが『絶対の安全圏』にいると信じて疑っていなかった。
だが――。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ。
突如として、太陽の光が遮られ、廃城の周囲が不気味なほどの暗闇に包まれた。
見張りの男B
「……あ? なんだ、急に曇って……」
男が空を見上げた瞬間。
その手に持っていた酒瓶が、ガシャッと音を立てて地面に落ちた。
見張りの男A
「おい、どうした……って、ヒッ!?」
上空。
厚い雨雲のように空を覆い尽くしていたのは――数十頭もの巨大な『火竜の群れ』。
そして、その群れの中心で、絶望そのもののような覇気を放ちながら見下ろしている、一頭の『赤鱗の古代竜』だった。
金色の縦長瞳孔が、廃城の人間たちをゴミを見るような目で見下ろしている。
ブライス(古代竜)
『――結界ごと、焼き尽くせ』
王の静かな命令が下された。
次の瞬間、空が真っ赤に染まった。




