魔族領の玄関都市《ヴァル=ガルデ》へ
ブライスが魔族として目覚める前段階について書きました。
森を抜けて、夜明け前の空が薄く染まり始めた頃。
ブライスは、抱えていた孤児の亡骸を両腕からそっと離した。
すでに身体は冷たく、眠るように静かだ。
胸が痛む。
同時に、胸の奥がまだ熱を持っていた。
ブライス
「……休んでて。
もう痛くないようにしてあげる」
そう呟いた瞬間――
両手に淡い光が集まった。
虹色に、かすかに揺れる光。
《時封の箱》
ブライス自身の“願い”から生まれた魔法。
時間の流れを完全停止させ、
内部の遺体を永遠に眠らせる、優しさと祈りの魔術。
孤児の体は、光の中に包まれ、
静かにブライスの胸元へ吸い込まれるように消えていった。
「腐らせたくない」
「眠っていてほしい」
「せめて、この子だけは守りたい」
その気持ちが形になった結果だった。
⸻
山岳地帯の向こう。
巨大な黒い門。
城壁に刻まれた魔紋。
空には黒翼の竜人が飛び、
地を歩くのは魔族・獣人・半魔・精霊族。
人間の姿がほとんどいない。
ブライス
「……ここ、か……」
その街を見た瞬間、胸の奥にあった重さが、
ほんのわずかに軽くなる。
•角が生えても誰も驚かない
•魔素が漏れても誰も怖がらない
•金の瞳孔のせいで声を上げる者もいない
•赤い鱗が背中に浮かんでも嫌悪されない
人間の街で浴びた
“あの怖がる視線”が、ここにはない。
むしろ、
すれ違った竜人の青年が気楽に声をかける。
竜人
「おう兄ちゃん、朝から移動か?
翼、いい色してるな!」
ブライス
「……えっ」
竜人
「赤鱗系なら魔族領の方が住みやすいぜ。
旅なら気ぃつけな!」
ただの挨拶だった。
恐れも偏見もない。
胸が温かくなるのを、ブライスは感じた。
⸻
「ああ……
もう人間には戻れないんだな……」
でもそれは、
悲しみではなかった。
むしろ、
“戻らなくていい”という安堵だった。
•人間の場所は、もう痛すぎる
•思い出すだけで胸が潰れそうになる
•再びあの視線を受けたら壊れてしまう
•あの孤児を思う度、心が裂けそうになる
だから――
前を向いて生きるために、この街を選んだ。
ここなら、
もう傷つかずに済む。
誰かを傷つけずに済む。
自分らしく息ができる。
ブライス
「……少しだけでいいから……
休ませてほしい……」
ヴァル=ガルデの街の影が、
まるで彼を迎え入れるように広がっていた。
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