女神の儀式
千年の時を越えて、勇者は再び生まれる。
建国した勇者に関する書物には予言として記されている。
いまが千年後にあたる年。
生まれてくる勇者は世界にどのような影響を及ぼすのか。
夜空のように深い色をした祭壇が、静かに光を帯びていた。
そこは人間界から遠く隔てられた、神々だけが辿り着ける境界世界。
無数の星々が瞬くように、銀の粒子がふわふわと空間に漂い、やわらかな波紋を描く。
女神はその中心に立ち、目を閉じていた。
その表情は厳かで、どこか哀しげでもある。
人の世に生きる者たちの祈りが、この場所に直接流れ込んでくるからだ。
――また、戦乱の時代が始まろうとしている。
穢れた魔素が世界を満たし、魔族たちが再び勢力を広げ始めている。
歴史の螺旋は、時に残酷なほど同じ形を描く。
だからこそ、女神は“再び”勇者を生み出さなければならなかった。
祭壇の中央に、ひとつの光球が浮いている。
その中には、これから異世界へと転生させる勇者候補――
ある若者の魂が、眠るように漂っていた。
「あなたを選んだ理由は、ひとつ……」
女神はそっと手を伸ばし、光球に触れる。
「心が折れぬ強さ。誰かを救いたいと願う純粋さ。それは、世界を繋ぎとめる光となる」
優しく微笑むと、光球は明るさを増した。
澄んだ青色の魂が、祭壇の上を穏やかに揺らめいている。
その瞬間だった。
──パチッ!
光球の中に、細い“稲妻”が走った。
本当に一瞬。空気が裂けたような、ごく小さな異変。
女神は目を瞬いた。
「……今のは?」
異常反応。
だが、すぐに元通りに安定する。
魂はまっすぐ、清廉。
傷も歪みもない。
「……気のせいでしょうか。魔素の揺らぎが重なっただけかもしれませんね」
たった一つの異変を、彼女は深く追及しない。
この世界は広い。魔素の波は気まぐれに揺れる。
稀に起こる現象で、転生儀式が失敗したことは一度もない。
そう――
彼女には “本当の原因” が見えていなかった。
稲妻が走ったその瞬間、
勇者候補の魂に“別の魂”が高速でぶつかってきていたことを。
ぶつかった魂は、まるで流れ星のように速く、軌道すら読めない。
その衝突は、二つの魂の境界を一瞬だけ曖昧にし、
どちらが本来の転生対象か、女神の祝福システムにすら判断できなくさせていた。
だが、その事実を知る者は――誰もいない。
「始めましょう」
女神が手を掲げると、光が柱のように伸びる。
天と地を貫くその光は、古い時代から勇者を送り出してきた道。
何千年の歴史を背負った、神々の祝福の道。
本来なら、この道を通って勇者は異世界へと旅立つ……
そのはずだった。
女神の足元の空間が“ふっ”と揺らぎ、
勇者の魂を包み込むはずだった光路に、
小さな黒い点――別の魂が吸い込まれるように引き寄せられていく。
あまりに自然で、誰にも気づかれないほど静かに。
二つの魂は絡み合うように光の中へ溶け込む。
まるで、それが“正しい道”であるかのように。
女神は満足そうにうなずく。
「どうか……世界を照らす光となってください」
やがて、光路が閉じる。
すべての儀式が完了したはずのその場に、
わずかな魔素の乱れだけが残っていた。
それは、未来の災厄を告げる“最初の綻び”だったが――
女神は、まだ気づかない。
この瞬間、世界には
勇者候補の魂 × 無関係な青年の魂
という二重の存在が送り込まれた。
その事実を知る者は、
本当に一人もいなかった。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
新参者ですが、よろしくお願い致します。




