009 生きて帰ってきて
「無茶よ!」
普段声を荒げることのないイリナが、珍しく冷静さを失った。
「全身を身体改造してて、使ってるギアは〝ピュリファイアー〟!! アイツがその気になれば、放射線をばらまくことだってできるのよ!?」
「だったら、なおさら助けに行かなきゃ」
「……だいたい、坂本と対峙することが目的じゃないでしょ。リタだって、真っ向から挑むつもりはないはず。子どもを逃がせれば、それで良いんだから」
「ホントにそう思う?」夢野はイヤリング型デバイスをピンとはねる。「リタはどんな敵にも真っ向から挑んでいく。それに、いくら研究所内が真っ暗でイリナのハッキングがあるとはいえ、坂本ほどの男が見す見すリタを取り逃すわけない」
もしも強制敗北イベントを回避できたら、これから先は全くの未知数。だけど、歯車を壊さないと面白くない。原作通りに進んだところで、暗く陰湿な展開が続くのだから。
「……、分かったわ。でも、生きて帰ってきてよ」
夢野の言葉に圧され、渋々イリナは出撃許可を出した。彼女はイヤホン型のインカムを渡してくる。
「分かっているさ」
右腕を上げ、ネコ耳のパジャマを着た少女は研究所へと向かう。
*
『足音は極力立てないで。ふたりとも』
『ふたりとも?』リタが訝るような口調で尋ねてくる。
『声も出さない。良い? カメラによると、子どもたちは2階にいる。警備員たちは1階。階段から遠い位置にいる。でも、子どもたちが騒いでバレる可能性も否めない。その傾向が掴めた場合、催眠剤を分布して。被致死傷だけど、像でも3秒で眠るって曰く付きだから』
そんなわけで、夢野はまっすぐ階段へと向かっていく。アニメ通りなら、ここより20メートルくらい離れた場所にあるはずだ。
『リタ、貴方は坂本を除く警備員を無力化して。スタンガン、持ってるでしょ?』
インカムから指示がどんどん聴こえてくる。夢野もリタも、それに従っていく。
それにしても、ここはアニメ世界で何回も見直した場面なのに、いざ自分が同じ立場になれと言われると緊張するものだ。心拍数は120を超えているだろうし、鼓動は誰かに勘付かれてもおかしくないくらい高まっている。
そんな中、
ビーッ、と警報が鳴り響いた。
(まさか、おれ、いや私ってバグがいたから……!?)
イリナが仕掛けたハッキングは、あくまでも天然覚醒者であるリタのためのもの。それに対し、夢野はデバイスという不純物を持っている。だから、警報が鳴り響いたのかもしれない。
『警報が鳴ったわ!! もうナイトビジョンを外して、ふたりとも戦闘態勢に入って!!』
イリナの言葉どおり、暗く静まり返っていたはずの研究所が明るく染まった。夢野は拳銃を取り出し、階段の陰に身を隠す。
「おいゴラ!! 〝新世界同盟〟のクソども!! 早く登降しろ!! 今なら指3本で許してやるからよォ!!」
どうも、新世界同盟という創麗グループと対峙する組織の仕業だと思っているらしい。ある意味ラッキーか。
その刹那、
ライフルの銃声音がうねりを上げた。
「ぐあ!!」
「ぎゃあ!?」
アサルトライフルの音色が鳴り止んだ頃、リタがこちらに近づいてくる。
「おい、なんでおめェ来たんだよ」
「リタが心配だったから」
「おめェに心配されるほど、落ちぶれちゃいねェっての」リタはずっしり重たいハンドガンを渡してきた。「〝M2011〟の改造版だ。コイツなら、特殊防弾チョッキも撃ち抜ける」
「ありがとう。でも、反動で腕がもげそうだね」
「ガタガタ抜かすな。ほら、兵隊がたくさん送られてくるぞ」
そんな中、イリナより伝達があった。
『坂本遊真がそちらへ向かってるわ……。この際、逃げることだけを考えて』