008 〝強制敗北イベント〟
「車で行こう。あらかじめ盗んでおいた」
リタはペントハウスから降り、停まっていたグレーのセダンを指差す。イリナは助手席に乗り込み、リタが運転席へ。夢野もそれにつられるように、後部座席へ乗った。
「ナイトビジョンは積んであるし、準備万端って感じだな」
「私は今回の作戦、盗聴装置と街中のカメラハックに集中するから」イリナはノートPCを開きながら言った。「研究所内のシステムは事前にバックドアを仕込んでおいたから、あとは信号を送るだけ」
車は静かに街を抜け、工業地区へと向かった。街の喧騒が遠のくにつれ、夢野の緊張も高まる。
「ここで降りる」リタは車を路地裏に停め、エンジンを切った。「ここから徒歩5分ほどだ」
3人は暗闇の中を進む。夢野は視界の端で、青いデバイスの光が時折明滅するのを感じた。周囲には監視カメラがあるが、イリナのハッキングにより全て無効化されている。
「そういえば、子どもたちはどうやって連れて行くの?」
「そこにMTのバンが停まってるだろ? おれはオートマ限定だけど、まぁ運転できるさ」
ここまでは原作通り。近くに停まっている市民バスへ子どもを乗せ、逃げ去る。
だが、懸念点がひとつ。
それは、
宮崎リタには、ここで強制敗北イベントが起きる。
誰が悪いわけでもないが、強いて言えば運が悪い。創麗の兵士がほとんど帰宅したはずなのに、あそこへは、あの企業でもトップクラスの存在がいる。名を坂本遊真。創麗グループの切り札のひとりと呼ばれる男である。
「……、リタ。やっぱり私も行くよ」
「だから、子どもを戦闘に巻き込みたくないんだっての」
「いや、デバイスが反応を示している。青い光が研究所内に見えるんだ」
「あァ? 有力な兵士はみんな帰っただろ」
リタが怪訝に思う頃、
夢野の言葉になにか引っかかることがあり、研究所内の防犯カメラを調べていたイリナの血相が変わった。
「……リタ、カグラ。とんでもないのが、研究所近くを徘徊してるみたい」
「とんでもないの?」
「坂本遊真よ」
「……!!」驚愕に染まる。「坂本っていったら、創麗の切り札のひとりじゃねェか。セブン・スターズとかいう」
〝セブン・スターズ〟は、創麗側の最高戦力だ。字のごとく、7人の兵士で構成されており、その戦闘力はアメリカ陸軍総軍にも負けないと噂されている。
それを踏まえた上で、リタはどう動くか。
とはいえ、どちらにせよリタは死なない。坂本がリタの存在に興味を持ち、子どもたちの解放を諦めさせる代わりに撤退を許す。つまり、夢野がついていこうが留まっていようが、結果は変わらない。
「なぜあそこにいるのか知らないけど、このまま突撃するのも危険ね」
「……このまま引いたら男じゃないぜ?」リタは邪気のある笑みを浮かべる。「ここで〝セブン・スターズ〟の首獲りゃ、おれの名声は一気に上がる。名声が上がれば、これからできることも増える。だろ?」
リタはあくまでも突撃する腹積もりのようだった。こうなると止まらないのを、アニメ世界を通じて散々見てきた夢野も、イリナも知っている。
とはいえ、現実的に今のリタでは〝セブン・スターズ〟に勝てる力量はない。
それでも、
「よっしゃ。危険すぎるからおれひとりで行ってくる。なに、子どもを救って坂本と少し対峙するだけだろ? おれだって天然覚醒者。意地ってものがあるんだよ」
イリナは今にも消えそうな声で言う。「……死なないでよ?」
「当たり前だ」
そして、リタは研究所へナイトビジョンを持って向かっていった。
そんな中、
夢野は後ろに暗視装置がもうひとつあるのを知り、それをつけた。
バックミラー越しに、イリナは不安と怪訝の混じった表情を見せる。
「……なにするつもり?」
「リタを助けに」
端的に返して、夢野はリタの姿が見えなくなった頃に外へ出ようとする。