006 ドブみたいな匂いの少女
「このデバイス、やっぱり新世界同盟の試用品ね」イリナは夢野を見つめた。「でも、見たことのない機能が組み込まれてる。純粋な無効化だけじゃないみたい」
「どういうことだい?」リタが興味を示す。
「有り体に言ってしまえば、無効化できるギアや身体改造を厳選できるってところ」
夢野は言う。「そりゃたとえば、味方Aと敵Bがいた場合、敵の能力や身体改造だけを無効化できるってこと?」
「そうね」抑揚のない言い草である。「ただ、ここまでの技術をタダで与えるなんて、新世界同盟もどうかしてる。なんでもらえたの?」
「さぁ。……あー、私にも分からない」夢野は一人称に悩みながら答えた。「ただ、私の目を見てくれただけ」
「目?」イリナとリタは怪訝な表情を浮かべた。
「世界を変える者の目、だってさ」
途端にリタが笑い出す。
「ハハッ!! なるほどね。カグラ、アイツらも信用ならねェ組織だけど、おめェの目つきが普通じゃないことは分かったんだろうな。なにもかも見通してるみてェな目つきしてやがる」
(そりゃあ、この世界がアニメ世界なのを知っているからね)
夢野は内心そう思ったが、その言葉を押し殺した。
「というわけで、このデバイスは返却する。リタ、この子の身元も調べておいたほうが良い?」
「頼んだ」
再びイリナは、キーボードを叩く作業へと没頭していった。
「いやー、オマエ面白ェよ。いきなりここへ来たのも、新世界同盟の連中から便利な無効化デバイスをもらったのも。創麗グループをぶっ潰すのに、オマエみたいな味方がいると心強いぜ」
リタはソファーに深く腰掛け、コーヒーをすすった。夢野は窓からベイサイド・バビロンの夜景を眺める。雨に濡れた街並みがネオンに照らされ、何もかもが幻想的に輝いていた。
夢野は手を広げる。「自分で言うのもなんだけど、そう簡単に信じて良いものか」
「あぁ、信じる。こう見えても、ヒトを見分ける目はガチだ。でなきゃ、イリナみたいな孤児を拾えないだろ?」
「もし裏切ったら?」
「その度に許してやるよ」
まさしく主人公らしい回答。夢野は肩をすくめた。
「この街らしくない言い草だね」
サイバーパンク世界は薄情だ。いつ誰が裏切り、いつ誰が味方になるのかも分からない。どこまでヒトを信じるかのラインは、ほとんどの場合裏切りされることで限界を迎える。
だが、さすが主人公たる者。度量は広い。
「さて、カグラ。おれたちの活動へ、最初から参加するかい?」
「良いよ。でも、なにを?」
「創麗の研究所を襲撃するんだよ。あそこには、なにも知らない子どもたちが大量に拉致監禁され、非人道的な実験を行ってるとのことだ。おれらが民衆のヒーローになる、第一弾だな」
(アニメ2話で行われる、リタやイリナの名前が知れ渡る最初のイベントか)
夢野は記憶を辿る。確か主人公たちは、創麗の研究施設を襲撃。そこで人体実験の被験者を助け出すはずだ。
「分かった、参加してみる」
「つっても、まだ時間がある。兵隊が減る時間まで、あと1時間くらいか。現場まで20分もあればつくから、その間にシャワーでも浴びてこいよ」
雨や元々の汚れを落とせ、とのことだ。
「……私、臭い?」
「ドブみたいな匂いするぞ」
「だろうね……」
ふたりにスメハラで迷惑をかけるわけにもいかない。夢野はシャワールームへと向かっていく。
(こうしてみると、ホントに華奢な少女って感じ)
ボロボロの服を脱ぐ、というか破り捨て、夢野は自分と対峙する。金髪で青い目、白人要素が強いものの、日本人らしさもどこかに残っている。ハーフのようなものだ。
(まっ、肉体は魂の器にしか過ぎないさ)
シャワーへと入る。