002 無効化デバイス
〝新世界同盟〟は、ある時期まで主人公側の味方のように描かれるが、最終的には創麗と同じくこの世界の覇権を狙う危険極まりない組織だった。この男が新世界同盟の危なさに気がついているかは分からないが、どちらにせよ関わらないほうが良い。
「新世界同盟、ですか」
「そうだ。世界をリセットして、我々にとってのユートピアを築き上げる。それが我々の野望であり、理想なのだよ」
「理想は現実からもっとも程遠いですよ」
男の表情が一瞬硬くなった。夢野は続ける。
「新世界同盟も創麗も、結局自分たちにとって都合の良い世界を築きたいだけ。そんなのに付き合って、一体なんの意味があるんです?」
「鋭いな……」男は苦笑いを浮かべた。「だが、世界を変えるのに犠牲は避けられない。それが、それこそが革命だ。知っているだろう? その素振りなら」
「革命?」夢野は皮肉っぽく笑った。「権力争いを高貴な革命とは言いませんよ。貴方だって分かっているでしょ?」
〝身体改造〟やヒトに人智を超えた力を与える〝ギア〟、更には創麗が推し進める〝超能力開発〟によって、ほとんどのヒトはそれらの犠牲となっている。創麗・新世界同盟ともに、その状況を使って自分らへ都合の良い世界を作ろうとしているだけだ。
「賢明な子だ……我々のほうへ参加してもらうのは、無理そうだな」男は背広の内ポケットからなにかを取り出す。「そんなお利口さんには、この〝デバイス〟をあげよう。これは〝無効化〟のデバイスだ。大事に使えよ」
イヤリングのような見た目をした、外部強化装置ことデバイスを渡される。
「なぜです?」
「本当に世界を変革する者の目、だからかね」
「はぁ……」
あながち間違ってはいない。夢野はこのアニメの終わりを知っているからだ。最終的に主人公勢は、創麗と新世界同盟、その他ギャングを敵に回しながら辛くも勝利を収める。その顛末を知っている彼女の目つきに、なにか思うことがあったのだろう。
「では、また会えることを祈って」
そう言い放ち、男はテレポートかなにかで消え去った。夢野はイヤリングを手に持ち、考え込む。
(無効化ギアはあるけど、デバイスは聞いたことがない。そして、無効化ギアは主人公側が手に入れる。一体なにが違うんだか)
疑念ばかり覚えながら、夢野は左耳にイヤリング型デバイスをつける。
( まぁ、デバイスだから身体への負荷は重たくないか)
めまいを振りほどき、夢野は夜のベイサイド・バビロンを歩くことにした。特にやることも思い浮かばず、多湿で汗が滲んでいるので、いい加減風呂に入りたいくらいの感想しか出てこない。
(にしたって、治安の悪い街だ)
雨が降り始め、ネオンサインの光が濡れた路面に反射して幻想的な光景を作り出す。夢野は人混みをかき分けながら、周囲を警戒した。
ベイサイド・バビロンの夜は、危険に満ちている。特に彼女のような一人の少女にとっては。銃すら持っていないのだから、余計に危険だらけだ。
(安全な場所を探すか)
アニメの知識を総動員して地図を頭に描く。主人公がよく出入りする『エレクトリック・ドリーム』というバーは避けるべきだ。あそこは物語の重要な場面でしばしば銃撃戦が起こる場所だった。
雨脚が強くなり、夢野は軒先に身を寄せた。ちょうどその時、左耳につけたイヤリング型デバイスが微かに温かくなる感覚があった。
背後から複数の足音が聴こえる。バットを引きずり、チャラチャラと金属音が鳴り響く。
(チンピラねぇ。女を襲って殺して金品奪います、ってか)
「おーい、この時間にひとりは危ないぞ?」
「そうだな。おれらの家来いよ。悪いようにはしねェからよ……」
振り返り、彼らが身体改造しているのを見抜く。高度な改造はパット見分からないが、彼らのようなチンピラのそれは、あからさまに機械化されている。わざわざ短パンを履いて、改造していることを見せつけている。