010 得体のしれない感情
逃げるが勝ち。そんな言葉が良く似合う局面を迎えていた。夢野は原作を良く知っている。知っているから、この段階で坂本へ真っ向から挑もうなんて愚かしいこと、できない。
されども、リタはニヤリと笑う。
「上等じゃねェか……!! カグラ、おめェは子どもたちを連れて行け」
「良いの?」
「当たり前だ。おれを誰だと思ってやがる」
「なら、信じるよ」
ふたりは最期になるかもしれないグータッチをして、それぞれ分かれて行動を開始した。
夢野は階段を上っていく。そこには、拘束具をつけられた子どもが3人。リタは近くの装置を使い、拘束を解く。
「あ、貴方は……?」
男か女かも分からないくらい髪の毛の伸びている、しかし原作では少年と記されていた者が、夢野に話しかけてきた。
「君を救いに来た、と言えば良いのかな」
「……〝新世界同盟〟ですか?」
「いいや? 〝トリックスター〟さ」
長らく拘束されていたためか、彼らは立ち上がるのもままならないようだった。その場にへたり込み、身体をもぞもぞ動かしている。
「……非道いな」
まさしく非人道的。今の夢野と同年代の少年・少女たちをこんな目に遭わせるなんて。夢野の中に、得体のしれない感情が込み上げてきた。
そんな折、
ガガガコンッ!! と1階から轟音が聴こえた。リタと坂本遊真が交戦しているようだ。助太刀したいところだが、今は子どもたちを救うことに注力しなければならない。
(でも、原作だとここで子どもたちは救えないんだよな……)
そう。リタと坂本の交戦の末、子どもたちを救うことができず撤退に追い込まれる。それが原作のプロット。であれば……。
夢野は近くにあるはずの強心剤を探し始める。どうせ非人道的な研究を行っている連中なら、一時的に体力をフル回復させる道具があるだろう。
その代わり、あとで倍以上のダメージをくらうし、寿命も縮む。ただ、ここで死なれるよりマシだ。
散らかった研究道具を投げ捨て、奥のほうに入っている強心剤を取り出した。イリナのハッキングが解除されているので、探すのにさほど時間はいらなかった。
「みんな、今からこれを打つ。打ったら、そこのガラスから飛び降りて」夢野の言葉にギョッとする子どもたちを安心させるように、彼女はイリナへ連絡する。「イリナ、見えている? 見えているのなら、子どもたちが落ちても大丈夫なようになにか仕掛けておいて」
一瞬で返事が返ってきた。
『了解。幸いなことに、そこのすぐ下はゴミ袋が置かれている。しかも強心剤を打ったなら、全くダメージをくらうこともない。でも、カグラ』
「なに?」
『リタがかなり圧されてる。無効化能力で助け舟を出して』
「分かった。アウト」
イリナの言葉をスピーカーにして、彼らを納得させる。そして、夢野カグラはリタから渡された〝M2011〟の改造版を取り出し、下へ向かおうとする。
が、
火の粉が、ついに2階へと到達した。
「まずいな……。みんな、早く逃げて!」
「あ、貴方はどうするんですか!?」
「なんとかしてくる!! 大丈夫、絶対に死なないから!!」
このままでは、焼け死ぬか炭素中毒になって死ぬだけ。夢野の無効化デバイスがどこまで通用するか分からないものの、それでもなお挑まなければならないときが来た。
そして子どもたちは頷きあって、窓から飛び降りた。煙が窓より流れ出る。
「さて……リタを救わなきゃ」
相手の手札は分かっている。〝ピュリファイアー〟というギアを使った能力は、火に関するありとあらゆる現象を操れる。発火は当然ながら、腕より火炎放射器のように炎を撒き散らし、身体を炎そのものに変換することすらできてしまう。
それを踏まえた上で、夢野は深い深呼吸をして、近くに転がっていた消防マスクをつけた。




