第5話|新しい風、西園寺アスカの登場
木曜日の昼下がり。
会議室から戻る途中、フロアにどこかざわついた空気を感じた。
「……誰?今の人」「やば、モデルかと思った……」
そんな声があちこちで聞こえてくる。
視線の先にいたのは、鮮やかなベージュのセットアップをさらりと着こなした女性だった。
スタイルが良くて、顔立ちも整っていて、だけどなぜか気取った感じはない。
そして、俺に気づくと、まっすぐこちらへ歩いてきた。
「やっほ、瀬戸くん!久しぶりだね」
……え?
「えっと、あの……すみません、どちら様でしたっけ」
「ひどいな〜!社内イベントの時に喋ったじゃん。写真の整理手伝ってくれたよね?
西園寺アスカです。広報の!」
名前を聞いた瞬間、思い出した。
去年の秋、社内の懇親パーティーで少しだけ手伝った時。
確かにこの人と、軽くやり取りした記憶がある。
「まさかまた話せるとは思ってなかったなぁ。ねぇ、今度お昼とか行こうよ?あのとき、コーヒー好きって言ってたよね?」
「あ、はい……まあ、行けるタイミングあれば……」
「うん、行けるタイミングがあれば、ね。ふふっ。じゃ、また連絡するね〜」
アスカは手を軽く振って、フロアを去っていった。
その後ろ姿に、何人もの社員が視線を奪われていた。
—
夕方。給湯室でコップを洗っていると、
すぐ隣に**成海 まお**が来て、妙にあからさまなため息をついた。
「……はぁ〜、すごい人だよね、あの人。アスカさん?」
「知ってるの?」
「うん、ちょっとだけ。昔同じプロジェクトの写真撮影担当だったから。
あの人、誰とでも仲良くて、すごくモテるし……たぶん、自分でもわかってる」
まおはコップをすすぎながら、少しだけ口をとがらせた。
「……まあ、悠真くんはああいう人、好きなのかな〜って。なんとなく」
「いや、まだ全然わからんけど……」
「ふーん、じゃあこれから“わかってく”感じ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
返答に詰まった俺を見て、まおは何かを言いかけたけれど、
そのままふっと笑って「ま、いっか」とだけ呟いた。
—
その夜。
エレベーター前で偶然会った**綾瀬 美月**は、いつもよりほんの少し無口だった。
「……今日、広報の西園寺さんと話してたわね」
「え?あ、はい。たまたま声かけられて」
「そう。……瀬戸くんって、案外人気者なのね」
その言葉には笑みがあったけれど、
その目は、どこか遠くを見ていた。
—
そして、翌朝。
俺のデスクに無言でアイスコーヒーを置いていった**岩井 蓮**。
そのカップの上には、小さく書かれていた。
「今日の会議資料、早めに出すようにします。あと……気をつけてください。目立つ人って、すぐ飽きますよ」
——飽きる?
それって、アスカさんのことを言ってるのか……?
いや、それとも、俺に言ってるのか?
—
西園寺アスカ。
その名前が、登場してまだ1日しか経っていないのに、
確実にこのフロアの空気を、そして3人の心の中を、揺らし始めていた。