第11話|春の社内イベント、交差する視線
金曜日の午後。
オフィスの一角に、いつもとは違うざわめきが広がっていた。
今日は、半期に一度の**社内イベント**。
チームをまたいだ交流を目的とした「軽めの立食&表彰会」が、ビル内のカフェラウンジで行われる。
ビュッフェ台に並ぶ料理と、片手に収まるサイズのカクテル。
業務を離れて、みんなが少しだけ“素の顔”になる夜だった。
—
「悠真くん、来てた〜!」
会場に入るなり、**成海まお**がカナッペをつまみながら駆け寄ってきた。
「うわ、なんかいつもより華やかじゃない?」
「まおに言われたくないな。いつも通りだけど」
「え〜、ほんと?あ、ねぇねぇ、あとで写真撮ろうよ。今日ちょっと巻き髪頑張ったから!」
「わかった、巻き髪記念な」
ふざけながらも、その笑顔はどこか嬉しそうだった。
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その後ろから、ゆったりと歩いてきたのは**綾瀬 美月**。
いつもと違うオフホワイトのワンピース。
その雰囲気に、数人の視線が吸い寄せられる。
「瀬戸くん、こんばんは。……今日は来ると思ってた」
「綾瀬さんこそ、まさかの登場ですね」
「ふふ。たまには、こういう場にも出ておかないとね。……それに」
美月はグラスを口元に運んで、小さく続けた。
「顔を見ておきたい人も、いるから」
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そして、少し遅れてやってきたのは、
珍しくシンプルなワンピースに身を包んだ**岩井 蓮**。
「っ……べつに、浮かれてるとかじゃないです。たまたま、来る流れだっただけで」
「誰も何も言ってないけど?」
「言ってないけど、そういう顔してました」
「どういう顔だよ」
そんな掛け合いも、どこかいつもより近い距離だった。
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そして、会場の空気が一段と変わったのは、彼女が現れた瞬間だった。
「お疲れさまで〜す。え、みんなオシャレしてるじゃん。私だけ普通だった?」
**西園寺アスカ**。
広報担当らしく、ナチュラルで軽やかな服装。
だが、周囲の目は否応なく彼女に向けられる。
「あ、瀬戸くん。来てた。……ねぇ、今日時間ある?ちょっと、例の資料の件で話したいことあるんだ」
「え、今ここでですか?」
「うん、ここ。今がいいの。……だめ?」
近くにいた3人が、ふとそれぞれ動きを止めた。
まおは、カメラを構える手が微かに揺れて。
美月は、ワイングラスの中で氷が静かに音を立てて。
蓮は、ピンチョスを掴んだまま、視線をアスカに向けた。
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その数分後、瀬戸は会場の隅にアスカと立っていた。
少し近い距離。
そして、自然に交わされる笑い声。
けれど、その様子を見ていた3人の心には、
それぞれに違う色の感情が芽生えていた。
まおは、「このままじゃダメだ」と唇を噛んだ。
美月は、「やっぱり私は一歩、遠いのかもしれない」と静かにグラスを置いた。
蓮は、「……もう、知らない」と背を向けて飲み物を取りに行った。
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社内イベント。
華やかで、にぎやかで、誰もが笑っているように見える夜。
だけどその中で、誰かの視線は確かに、誰かにだけ向いていた。




