R-81修女
暗き夜
修女様は今、灯りを頼りに聖書を読んでおられる。とても真剣な表情で。誰かが邪魔をすれば、そのまま埋めてしまいそうな勢い。
「暗いところで本を読むと目が悪くなるというのに.....」
スッ
修女様は返事の代わりに本をめくられた。私は火に照らされた暗い夜空をじっと見つめながら呟いた。
「家が燃えてなければ、こんなことにもならなかったのに..」
「.....!」
その言葉に修女様は身を震わせ、ようやく私を見つめられた。顔には申し訳なさが滲み出ている。
「申し訳ないのう、坊や......」
「でも、よく燃えているので良いですね」
首を回すと、私と修女様を照らしている明かりの正体が見えた。
それは私の家。
パチパチと良く燃えている。キャンプファイヤーをしたいと思ったことはあるが、私の家でするとは思わなかった。
. . .
時は数時間前のこと。修女様と母を探す旅に出ることを決めた私は、共に家に入った。
なぜすぐに行かないのかと思われるかもしれぬが、冬。今行けば凍え死ぬことになる。本当。そこで私と修女様は食卓に座り、読書の時間を持った。もちろん、私は母が教えてくれた文字以外は読めぬため、修女様が声に出して読んでくださった。
「もし母がいたなら、こんな風だったのだろうか」
だが、騙されてはならぬ。あの方は男性のネクロマンサー修女様だ。
本の内容は人間を愛した魔王の物語。
結末は人間が病で死に、独り残された魔王は人間を忘れられず、生涯を苦しみの中で過ごすというもの。
修女様が本を読み終えた後におっしゃった言葉も思い出される。
「愛は無限かもしれぬが、人間は有限じゃ。それゆえ坊や、人間は人間のみを愛さねばならぬのじゃ」
「........」
「人間が他の種族を愛することは、決してあってはならぬのじゃ。無限の愛を耐えきれず、互いが互いを破滅へと追いやるだけじゃ」
「そうですか?」
「じゃが坊や.....わらわの考えが間違っていればよいのだがな」
「おお......」
適当に相づちを打ちながら言った。
「では、食事でもしましょうか?」
「少し待つがよい。わらわが食前の祈りを捧げよう」
「そのまま食べちゃだめですか?お腹空いてるんですけど」
「むむ....」
しかし、とても信心深い修女様はそれを許すわけにはいかなかった。とても上手にわしを説得なさった。
「坊や、神の祝福を受けたパンがどれほど美味いか、気にならぬか?」
「そうですけど....死ぬほどお腹空いてるんです」
「ふむ........わらわが神様に祈れば、この世で一番美味しくなるというのに。それを食べられないとは、なんとも残念じゃな」
「だめぇ......!!!!!早く祈ってください!!!!!」
美味しいものには勝てぬものよ。
.
.
.
食事を終えても読書は続いた。
冬のせいか、夜が早く訪れた。寝ようと思ったが、修女様の熱意が相当に熱く、蝋燭を灯して机に座り話を聞いた。
「眠いなぁ......」
しかし、私は修女様の熱意についていけず、徐々に眠りに落ち、再び目覚めた時はまだ暗い夜明け前じゃった。目を開けると、赤い蝋燭に照らされた修女様の顔が見えた。
「ふむ........」
何を読んでおられるのかは分からぬが、とても真剣な表情じゃ。目をこすりながら、修女様が何の本を見ておられるのか確かめようと、そっと体を起こした。
文字は読めぬが、ただ気になった。本に没頭している修女様は気付かれぬ。
「漫画じゃな」
だが、何かがおかしい。
「なぜ皆裸なの?」
漫画の中には男女と思われる人が二人いたが、二人とも服を着ていない。
いや、正確に言えば、片方が脱がせようとしており、もう片方は隠そうとしている。そして修女様は極めて真剣な表情でそれを見つめておられる。
幻を見たのではないかと思い、目をこすった。だが、二度見ても三度見ても、これは間違いなく春画。
一瞬、極めて真面目な表情で読んでおられる修女様は正気なのかと思った。漫画をじっと見つめた。
(作者が読み字の分からない坊やのために、親切に読んであげることにしよう)
「愛している」
裸の男性が女性に向かって言うが、女性は首を横に振った。
「だめ。できないわ......私はあなたの母を殺した仇だから......」
「でも、仇を愛せよと言われているじゃないか?」
ーーー
「うはははっ!!!!」
突然笑い出す修女様。
「こんな解釈があるとは!実に素晴らしいのう!」
「......あの」
「じ、ジーザス?」
しかし、私と目が合い、沈黙が流れると、笑いは悲鳴に変わった。
「きゃああっ!!」
「うわあっ!!」
突然の悲鳴に、私も思わず叫んでしまった。
「きゃああっ!!」
修女様が叫び続けるので、私は思わず本を奪ってしまった。
「うわあっ!!」
私が奪っておいて叫ぶのも可笑しいが、続いて聞こえた声は、まともな人の声だった。
「坊や!返すのじゃ!それはお主が見るものではないのじゃ!」
だが私は答える代わりに本を動かし続け、修女様は必死でそれを掴もうとした。実は素直に返すつもりだったのだが、本を取ろうとする修女様の手から殺気を感じ、思わず後ずさりながら騒ぎ立てた。
「お、落ち着いてください!!!」
私の口からようやくまともな言葉が出た。
「こ、こ、この破廉恥な奴.....!!!!後で見せてやるから、早く返すのじゃ!!!!」
「そんな怖い手つきじゃ返せませんよ!!!!」
その瞬間、修女様の目に獣のような光が宿った。激しい攻防が始まった。だが、長くは続かなかった。
「火事!!!!修女様、火事です!!!!」
騒ぎが激しくなりすぎて、本に火が付いてしまったのだ。蝋燭の間で揉み合っていたのだから。
熱さが手に伝わってきて、私は叫びながら本を投げ捨てた。
「熱っ!」
修女様はそれを触ろうとして手を当ててしまい、
「水じゃ!水!坊や!水はどこじゃ!」
「あそこです!あそこ!」
修女様は指示された場所にある水筒の一つを素早く持ってきました。そしてその瓶を見た瞬間、私は思い出しました。
「そうだ、あれは油だった。」
水筒と油の入った瓶が同じだったので忘れていました。
「修女様、それは...!!!」
しかし、言葉を終える前にザーッと勢いよく注いでしまいました。
ボッ!
.
.
.
「.......」
口から絶え間なく出る白い煙が赤みを帯びていきました。燃え盛る我が家をじっと見つめました。
「やれやれ......」
正直、自分の家がこんなにも良く燃えるとは思いませんでした。しかも周りは夜だったので、完全に明るく見えました。
「ここで肉でも焼けそうだな。うちの家、よく燃えるね。そうですよね、修女様?ねえ、修女様?」
横を向きました。しかし
「どこにいらっしゃるんですか?」
見えるのはオレンジ色に染まった雪だけ。修女様はどこにもいませんでした。
考えてみれば、あまりにも慌てて飛び出してきたため、修女様がどこにいるのか確認する暇もなかった。ただ、当然出てきたと思い込んでいた。でも、違うようだ。
躊躇いながら一歩を踏み出したが、すべてを飲み込みそうな激しい炎を見て、地面に座り込んでしまった。あの中に入るのは自殺行為だ。できることと言えば、叫ぶことしかなかった。
「修女様ーー!!!!」
まるで感動的な物語の一場面のよう。しかし、終わりなく燃え続ける炎以外、誰も答えてくれなかった。
「......」
口を開いたまま呆然と炎を見つめていた。修女様との時間が思い出された。短い時間だったが楽しかった。実はガーターベルト以外思い出せることがないが、声は本当に聞き心地が良かった。
「熱っ!熱っ!」
「ああ、あんな声だったな」
「.....?」
違和感に首を上げた。
修女様と目が合った。訳は分からぬが、修女様は今、炎の中におられる。髪の毛一本すら焼けていない。
「くふむ........」
先ほどまで「熱っ!」と叫んでおられた修女様は、かっこよくポーズを決めて言われた。
「坊や!これを見よ!信仰深き者は炎の中でも傷つかぬのじゃ!はっはっは!」
と得意げに笑う修女様。確かにその通りに見えた。修女様は炎に焼かれない。
「坊や、もしや私があまりに綺麗に見えるのかな?さっさと目を逸らすのじゃ!修女は万人の母なのじゃ!!!はっはっはっ!!!!」
「そうじゃなくて、服が燃えてますけど?」
しかし、服ではないらしい。自分の体を確かめる修女様。
「なにっ!?きゃあっ!!!服が、わらわの服が!!!この破廉恥者め、早く目を逸らすのじゃ!!!」
その後、修女様は冷たい雪の上を20回ほど転がられた。
ゴロゴロ×20
.
.
.
炎で焼け穴だらけになった服を抱きしめる修女様に声をかけた。
「修女様、大丈夫ですか?」
「ふぅ...大丈夫じゃ。わらわは何の問題もないのじゃ」
「......」
だが、炎の中で焼けない修女様を見て、何の問題もないなどと言える者はいないだろう。そう言えば、おかしな点は一つや二つではなかった。前回のオーガの攻撃を受けても、何事もなかったかのように生きていたことも同様だ。
私の顔を見つめる修女様が言った。
「坊や、これも秘密じゃ。実はわらわは不老不死の呪いを受けておるのじゃ」
「そうなんですか?誰に?」
「魔王という者からじゃ」
適当に答えたつもりだったが、よく考えてみると何かおかしい。
「あれ?でも不老不死がなぜ呪いなんですか?」
「........」
その言葉に、修女様が立ち上がった。
「坊や....お主の目にはわらわは大人に見えるのか?」
目が飾りでない限り、修女様が大人に見えるはずがない。
「うーん....いいえ。絶対、ただの少女に見えますけど?」
「そうか?」
だが実際は男性というのが問題なのだが。再び座る修女様。どことなく物悲しげな眼差しに見えた。
「実はわらわは昔、お主の母上と本当に立派な大人になろうと約束したのじゃ」
「......」
「じゃが、不老不死では年を取らぬ。どうやって大人になれようか?何百年が流れ、千年が過ぎても変わることなど何もない。どうして大人になれようか?」
「なれませんよね」
「そして、お主の母上も同じじゃ。わらわと同じく不老不死の呪いを受けておる。だからこそ、お主の母上は生きているしかないのじゃ」
後半の言葉は衝撃的だったが、すぐに納得がいった。だから前回、母が死ぬはずがないと言われたのか......
あの男性ネクロマンサー修女様があんなに若く見えることも、私の母を知っていることも一気に理解できた。つまり、見かけは若くても、おばあさん...いや、おじいさんということだ。
「じゃが、わらわはお主の母上を探す旅をしながら、いつかは大人になれると信じておるのじゃ!」
元気よく叫ぶ修女様。ちょうどその時、目に何かが入った。修女様の後ろに置かれているもので、両手で持たなければならないほど大きな黒い鞄だ。指さした。
「修女様、あれは何ですか?鞄?」
「これかの?わらわの大切なものじゃ。これを取りに戻ったから先程すぐに出られなかったのじゃ」
うす目を開けて微笑みながら、私に勧めてきた。
「坊や、気になるかの?わらわは家を焼いておいて何もしないほど厚かましい人間ではないのじゃ。特別にお主にだけ見せてやろう」
修女様は周りをさっと見回してから、うんうんと鞄を動かし、手をパタパタさせた。
「早く来てみるのじゃ、坊や。修女の秘密の袋じゃ、ふふふ......」
そして中身を見た私は驚きを隠せなかった。
「どうじゃ?すごいじゃろう?」
中には春本がぎっしり詰まっていたからだ。秘密の袋がそんな袋だとは思わなかった。
「わお......」
小説や漫画など、実にさまざまな種類があるのを見ると、正直呆れるばかりだ。名ばかりの修女なのにこんなに正直とは。私はこの狂った修女様を見つめながら言った。
「でも修女様、これって色欲を抱くことになりませんか?」
修女様がニヤリと口角を上げた。
「何が色欲じゃ。キャラクターは人間ではないのじゃ。よって色欲ではないのじゃ」
堂々と春本を両手で掲げた。
「どうじゃ、坊や。お主も見てみぬか?これを見れば若者の情欲を解消できるのじゃ。そして思ったより面白いぞ」
私はその言葉に喉を鳴らしながら、ゆっくりと修女様の手に持たれた春本を取った。立ち上がった私は―
ポン。
燃え盛る家の薪として使った。
「ば、坊や...!!!今何をしておるのじゃ?!!!」
「ダメですよ。修女様、大人になりたいって言いましたよね?私がどれだけ頭が悪くても、こういうのは大人になってから見るものでしょう。見たければ早く大人になってください」
そして私は修女様の黒い大荷物を片手でさっと持ち上げた。
「だめじゃ.....わらわがこれを買うのにどれほど苦労したか知っておるか...?山を越え、海を越えてようやく手に入れたのじゃ」
「さっき見たら持ち上げることもできないくせに。ただの薪にしましょう。冬なので、この家が消えたら凍え死にますよ」
私の頑な態度に、修女様はへなへなと倒れ、ズボンの裾を掴んで必死に叫んだ。
「せめて一つだけでも持って行かせておくれ....!!!!」
「ああ、本当に修女様......」
「これがわらわの長い人生における唯一ではないが、とにかく楽しみなのじゃ...!!」
「......」
そう言っている修女様をじっと見つめながら考えた。
'長く生きるとこんな変態になるのかな?'
荷物を取り戻そうとする修女様を見ながら言った。
「分かりました」
長い人生なんだし、この程度なら良いだろう。
「はい、でも一つだけですよ」
指を立てて強調すると、涙を流していた修女様は頷いて、素早く荷物の中身をかき回し始めた。
そして現在。
「これじゃ!」
約10分に及ぶ長い時間の末に決定された。そして私は驚愕を隠せなかった。
「わお......」
表紙が聖書だったからだ。さすが修女様である。
「修女様、これで大丈夫なんですか?神様からゴッドハンドクラッシャーとか食らわないんですか?」
「大丈夫じゃ!神様はお主が思うほど厳格ではないのじゃ」
その言葉の後、修女様が本を開くと.....予想以上に意外で驚いた。正直、絵だと思っていたのに文字だったからだ。
「でも修女様、文字なんですね?絵の方がいいんじゃないですか?」
私の反応に修女様が不敵な笑みを浮かべながら呟き始めた。
「坊や、文字の偉大さを知らないとは、お主は本当に坊やじゃ。本当に坊やじゃ。だから童貞なのじゃ」
突然の痛烈な一撃に「うぐっ」と言いながら、修女様から本を奪って少し見てみた。
「......あ」
そうだ。私、文字が読めないんだっけ?でもすぐに修女様が内容をゆっくりと説明してくれた。
大まかな内容は勇者が魔王を討伐しに行くんだけど、実は魔王が勇者の母親で、そして二人は...愛の......いや、修女様なんでこんなの見てるんですか?私が呆然とした表情で見つめると、修女様がニヤリと笑った。
「元々母性愛は偉大なものじゃ」
いや、でもこれは少し酷すぎじゃ。修女様に本の最後のページにある挿絵を見せた。もちろん私の表情は歪んだ。正直、挿絵自体は悪くないんだけど......まあ、修女様の趣味が正直すぎる......少し自制してください。女性に見えないのに男らしすぎた。
「坊や!中には漫画もあるのじゃ!」
そうしていたずらをしているうちに、いつの間にか朝が来ていた。
さっきまで「聖書」を読んでいた修女様は、真っ黒に焼け落ちた家をじっと見つめている私の元へ近づいてきた。(もちろん、それは聖書ではなかったが)
「坊や、もう家はないのじゃな....こんなに寒いのに旅をさせてしまって申し訳ないのう」
「まあ、人生経験だと思えばいいですよ」
クールに答えたものの、実は私の心の中では叫んでいた。私の家!!!マイハウス!!!!!
......でも、そんな私の気持ちを察したのだろうか?修女様はクスッと笑った。
修女様の微笑みと同じように、遠くから昇ってくる太陽もまた美しかった。
初めて会った時と同じように、修女様は母の墓標と地面にも祈りを捧げた。
修女様の姿を見ていると、本物の修女のようだ。祈りを終えて、修女様と雪に覆われた坂道を下っているとき、修女様が話し始めた。
「坊や、わらわが地面にも祈りを捧げた理由が気になるかの?」
「うーん......特に考えてなかったけど、言われてみると気になりますね。なんでですか?」
突然、この修女様の口から何が出てくるのか気になり始めた。
「死は崇高で」
「で?」
「命もまた崇高なものじゃ」
「で?」
「春本が面白いからじゃ。だから、もし近くに死を軽んじる者がおれば、わらわが懲らしめてやるのじゃ」
手に力を込めて言うけど.....あらら~怖い怖い....その小さな手でパンチパンチでもするつもりですか?と思った瞬間、突然修女様の顔が青ざめた。
「置いてきてしもうた....」
「え?」
「わらわの大事な黒い鞄を置いてきてしもうたのじゃ!そこにわらわの大切な聖書があるのじゃ!!!早く取りに行くのじゃ、坊やっ!!!!」
もちろん、あれは聖書じゃなくて春本のことを言っているんだろう。修女らしいと思ったのを撤回。
次回第4話『ドラゴンロードの死んだ恋』(1)