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教主(10)

「この授業の次は、聖と倫理だっけ?」


「うん。」


ソフィアが私に言った。


「ねえ、昔のこと覚えてる?将来の夢は何かって聞かれた時、聖女様みたいな人になりたいって言ったの。」


「覚えてない。」


実は、よく覚えている。


「まあ、すごく素敵な方だからね。誰だって憧れるよね。」


「覚えてる。」


「何を?」


「なりたいって言ったこと。」


私がここで言葉を変えた理由は、嘘つきになりたくなかったからだろう。


「それじゃあ、どうしてなりたかったのか聞いてもいい?」


何かを言った。


. . .


朝、目を開けた時に見える日差し。

いつもそばにいる友達。

危機も頂点もない平凡な日常。


今日も目を閉じた。


『この瞬間がずっと続けば……』


「……」


「その言葉、本当なの?」


「はい。毎日こんなふうに過ごせたらいいと思います。いい人たちと目を覚まして、いい人たちと生きていけたらいいなって。」


ここにいると気分がいい。もう嫌なこともしなくていいし、人を騙さなくてもいいから。


「……」


目を閉じて、この場所で永遠に眠りたかった。でも――


「シャーロット……」


母が泣きながら言った。


「お願い……お願いだから戻ってきて……」


「……」


お願い。


「お願いだから助けて……」


どうか私の前で泣かないで。そんなふうに悲しそうに、かわいそうな感じで泣かないで。


「ひっく……この仕事を続ければ、君のお父さんが生き返るって言われたのよ……だからお願い……これだけでいいから。そしたら、あなたがどこへ行こうがもう構わないから……お願い……」


「何て?」


「お父さんが生き返るかもしれないの。」


突然、私の体を抱きしめた。


「君も会いたいでしょう?とても立派な人だったのよ。」


「……」


「君もきっと会いたいと思うわ。これだけで、私たち家族が普通に暮らせるのよ。もうこんなことをする必要もなくなるわ。お母さんも、もう君に勉強しろなんて言わないから。だからお願い。どうか聞いてちょうだい。」


「……」


普通の家族。普通の友達。「普通」という言葉が一瞬、私の脳を支配した。私は一瞬目を閉じて、言った。


「はい。」


私は……普通になれる。


. . .


家に帰るということは、ある意味、自ら足を運んで牢獄に向かうようなものだと思う。


囚人と看守。それは家族の別の言い方。理解できない価値観に満ちた場所。


そこが家族であり、家。


母が言った。


「シャーロット。今日はね、あるおばあさんの訪問をする日なの。その人、自分の孫を布教したいって言ってたわ。」


「……」


「いつも献金をたくさんしてくださる方だから、しっかりやらなきゃね。」


私の肩に手を置いて、母は続けた。


「何も考えずに、ちょっとだけ頭を……わかるでしょ?いつもやってるみたいにやればいいの。悪いことじゃないのよ。仕方のないことなの……私たち家族のためなら……」


真っ赤な目で。


. . .


真っ暗な夜。冷たい空気を踏みしめながら歩いていた。

夜の太陽ともいえる街灯が私の足元を照らしていたが、私は隠れなかった。でも、公園を通り過ぎる時、聞き覚えのある声にぎくりとした。


振り返ると、遠くに聖女様が見えた。護衛の人と一緒に遊んでいた。その時ようやく、私は薬を飲んだゴキブリのようにふらふらと暗闇の中へと隠れた。


遅れて雪が降り始めた。白い雪ではなく、しとしと降るみぞれだった。ある家の前に着いた時、私は紙に書かれた住所を確認して、しばらく息をついた。


人に不幸をもたらすのは悪いことだけど、この嫌な仕事さえ終われば私は普通になれる、そんな考えが頭を支配していた。


母と父と。そしてソフィアも。幸せな一日を思い浮かべると、思わず笑みがこぼれた。ドアを開けようと取っ手を握った時、ドアが先に開いた。


そこから出てきたのは、険しい表情をした男性だった。彼は私を上から下までじっと見てから言った。


「あなたも金を取りに来たのかい?」


私が何も言わないと、舌打ちして小さく「今度は刃物でも持ってこなきゃだめだな」とつぶやき、その場を去っていった。


多分、今回訪問するおばあさんは経済的に大変な状況なんだろう。いや、そうに違いない。その理由が自分のせいだとは、さすがに考えなかった。


「……」


気にせず、開かれたドアから中へ入った。玄関には誰もいなかった。すでに家の中にいたけど、口を開きたくなくてドアをコツコツとノックした。


「どなたですか?」


足音とともに、聞き覚えのある声が近づいてきた。そして、私にはあまりにも馴染みのある顔が見えた。


その馴染みのある顔が、私にこう言った。


「もしかして、お金を取りに来たんですか?」


その言葉を聞いた途端、私は何も言えなかった。何も考えられなかった。吐き気が込み上げてきそうだった。


「お願いです。どうか帰ってもらえませんか?うちは事情があって……お金は次までに用意します。だから、お願いです……帰ってください。」


その時、別の足音が聞こえた。その足音の主は大声で叫びながら近づいてきた。


「ソフィア、下がりなさい!早く!」


どこかのおばあさんだったが、そんな反応を見るとソフィアをとても大切にしているようだった。


しかし、私を見るなりしばらく固まり、ソフィアを守ろうとしていた態度は跡形もなく消え去った。そして私の手を握りしめて言った。


「教主様、こんな粗末な場所にお越しくださるとは……」


おばあさんはソフィアに目配せした。


「ソフィア、この方にご挨拶しなさい。この方が教主様よ。」


その後、ソフィアが挨拶しようとしまいと構わず、おばあさんは言葉を続けた。


「この子が私の孫なんですけどね、教主様を信じてほしいんです。教主様を信じれば、うちも良くなると思ってるんです。ええと……始まりは小さいものでも、最後は大きくなるというありがたいお言葉がありますよね。そうですよね?」


瞬間、おばあさんの向こうに家の中の光景が目に飛び込んできた。廊下を散らかし汚している壊れた植木鉢や割れた器具たち。すべてがめちゃくちゃだ。


「早く挨拶しなさい!おばあさんがいつも話してた方よ、わかるでしょ?」


ついにソフィアが口を開いた。


「あなたが教主って人なの?」


「……」


「それで、私たちのパパとママはいつ生き返るの?」


ソフィアは冷静に話していたが、目には明らかな怒りと憎しみが浮かび上がっていた。


「献金をたくさんしたら生き返るって言ったじゃない……」


何も言えなかった。ソフィアが私の前に飛びかかり、襟首をつかんだ。


「クソ野郎……やっぱり嘘だったんだね?そうやって生きるのは楽しい?人をもてあそんで楽しいの?……お前みたいな奴なんか、さっさと死んでしまえ!!!!」


瞬間、ソフィアが以前言った言葉が思い浮かんだ。夜、すごく優しい顔で私にこう言った――


―私はいつでも君の味方だよ。


「死んでしまえ!!!!さっさと死ね!!!!!」


ごめん。


―私はいつでも君の味方だよ。


「死んでしまえ!!!!」


ごめん……。


「さっさと死ね!!!!!」


胸がむかむかしてきた。もうこれ以上耐えられなかった。何かをしなくてはならないと思った。


「死」


手が動き、音がした。


パチン。


私はその音をよく知っている。だから、自分の手を見て、顔を上げてソフィアを見た。彼女の頬は真っ赤だ。


だが、ソフィアを叩いたのは私ではなかった。ソフィアは赤くなった頬を触りながら言った。


「おばあちゃん?」


自分を叩いた人を見つめていた。その目は信じたくなかったのだろう。家が崩壊していく現実よりも、自分が愛する人に叩かれたという事実を。


パチン!!!!


再び音が響いた。


その音を最後に、彼女の目は絶望と失望に変わった。叩いた人が叫んだ。しかし、それはソフィアに向けた言葉ではなかった。


「教主様、私どもの孫が死罪を犯しました!!!!天のようなお方に声を荒らげるとは!本当に死罪を犯しました!!!!!」


溺愛していた孫を置き去りにし、跪いた。「どうか私どもの孫をお許しください」と叫びながら。


「なんてこった……」


私はその光景を見ていて、一つの考えが頭をよぎった。


『私は本当に気持ち悪い奴だな……』


吐き気がする。

その後、どうしていたのか覚えていない。ソフィアの家を出て、ゴキブリのようにふらふらと闇の中をさまよっていた。そして、胸の奥から何かが込み上げてきた。


「オエエエッ!!!!!」


耐えきれずに吐いてしまった。街灯の下で吐いたものは、明るく照らされたせいでとても気持ち悪く見えた。


だが、自分に比べればあの吐瀉物は綺麗なものだ。


私はふらふらと歩き続け、いつも集会をしていた教会にたどり着いた。そして、足がもつれて転んだ。涙で前が見えなくなり、小さくつぶやいた。


「お願い……私を許してください……どうか私を許してください……」


だがすぐに口を閉じた。こんな神聖な場所で声を出す勇気はなかった。


. . .


時がだいぶ過ぎた頃、私は足を動かし始めた。太陽が頭上に上ってくるのが嫌でたまらなかった。


どこで失くしたのかはわからないが、仮面がなくなっていた。そのまま家へ向かった。


ドアを開けると、母がいた。目の下のクマがひどく、私が帰ってくるまで徹夜していたようだ。心配そうに立っていた母は、私を見るなり抱きしめてきた。


「お母さん……」


もしかしたら、私を理解してくれるのは母だけかもしれない。


「どうだったの、シャーロット?」


「できなかった。」


「どうして?」


「できなかったんです。」


「なぜ?」


「同じ人間だから。」


「そう。」


母はそれを聞いてしばらく何も言わなかった。ただ、私の肩をぎゅっと押さえた。私は安心して目を閉じたが、母がようやく言葉を口にした。


「それじゃあ、パパは?」


「え?」


「パパはどうするの?」


顔を上げると、母はソフィアと同じ目をしていた。


「あの人が君の家族なの?」


何も言えなかった。


「蘇らせられるって言うじゃない……パパを蘇らせられるって言うじゃない!!どうしてできないの!!!!」


「お、母さん?」


次回。20話 シャーロット(完)

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