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教主(5)

目を見れば、大抵のことは分かる。その人が何を考えているのか、その人の状態がどうなのか。


いくら隠そうとしても、隠しきれないものが「目」だ。そして今、目の前に近づいてくるその人の目は……。


「さあ、皆、拍手!」


魔法理論の教授が私に近づきながら言った。


「実は全部間違えるように作った問題なのに、ひとつだけ間違えるとは、本当によくやったな。」


周囲の生徒がヤジを飛ばす。


「えー、教授、それにしても難しすぎますよ! こんなの出されたら困るって。」


「まあ成績には関係ないから、そんなに気にしなくていいぞ。では、授業を始める。集中するように。」


教授が悠々と去っていった後、私は静かに試験用紙を見つめた。50問中、1問だけ間違えた。爪を噛みながら、心の中で呟いた。


「くそっ……。」


死んだようだった目に、生気が戻った瞬間だった。

.

.

.


昼休み。


私はひとりで座り、手に持った包み紙に包まれたパンを指で弄んでいた。無意識にそれをぐしゃっと潰してしまった。魔法理論教授の顔が頭に浮かんだからだ。


罵りの言葉が出そうになったが、唇を噛んで何とか堪えた。震えながらため息を吐いていると、誰かが声をかけてきた。


「シャーロット。」


「……なに。」


「大丈夫?」


「平気。」


「いや、なんだか不安そうに見えるから……。」


本当は怖くてたまらない。


どこからか冷たい風が吹いてきて、思わず自分の体を両手で抱えた。熱はないはずなのに、首筋にはじっとりと汗が滲んでいる。


『帰りたくない。』

.

.

.


しかし、アカデミーが終わると、私は結局家に帰ってきた。


すぐに扉を開けることができず、しばらく玄関先をうろついた。冷たいドアノブを何度も握りしめていると、扉が自然と開いた。私が開けたわけではない。そこには、笑顔を浮かべた母がいた。


「おっ? 我が娘、学校はどうだった? 早く入りなさいよ、何してるの?」


ぎこちない笑みを浮かべながら、私は足を踏み入れた。家の中の空気は、外の冷たい風よりもはるかに暖かかった。それでも、一歩踏み出すたびに、息をするたびに、喉が詰まるような気がした。


ドクン――


心臓の音。


ドクン――


扉が閉まる音。


ドクン――


目が動く音。


ドンッ!


母の足音。


「それで、シャーロット。今日の試験はどうだったの?」


「あ……。」


母に声をかけられ、ようやく我に返った。


「その……。」


母が私の言葉を繰り返す。「その?」と冷たく。私はぎゅっと目をつぶり、口を開いた。


「ひとつ、間違えました。」


「……。」


黙ったまま、じっと私を見つめる母。シャーロットの脳裏には、様々な考えが巡る。今日は一体何を言われるのか――そう思った瞬間、母の手がすっと上がった。


又.......。


目をぎゅっと閉じて, 痛みを軽減しようと爪で太ももを強くつねったが、予想は外れた。


「そう? 残念ね。」


母はただ、上げた手で私の肩を軽く叩いただけで、それ以上は何も言わなかった。


「部屋に上がりなさい。」


「はい。」


余計な火の粉が降りかかる前に、私はすぐに自分の部屋へ向かった。速すぎず、遅すぎず、慎重に階段を上る途中、背後から声がした。


「ドアは閉めないで。」


「はい。」


制服を着替えることもなく、埃ひとつない綺麗な机の前に座った。机に置いてある本がきちんと整理されているところを見ると、母が掃除をしたのだろう。


私はそのままじっと座り、母がなぜ今日は私を叱らなかったのかを考えていた。ふと、カレンダーの赤い線に目が留まり、理由が分かった。


『あ……今日、集会の日だ。』


胸の中が、なんとも言えない感情でいっぱいになった。

.

.

.


仮面をかぶると、気分がおかしくなる。


まるで幽霊になったように、体がふわふわと浮かぶ感じだ。自分が自分ではないような、そんな感覚。私の足元には真っ暗な人々の、哀れな瞳が広がっている。


その視線を受けると、仮面の下で自然と口元が歪んだ。


『さて……。』


説教をしなければならない。両手を広げる。その仕草は、私が何か偉大なことを語るように見えるだろう。でも、実際には手首の隙間から、母が書いてくれた言葉を読んでいるだけだ。


熟練のプロのように、母の言葉を一語一語、丁寧に読んだ。


「この場に集まった皆さんに、まずはこの言葉を届けたいですね。今日もお疲れ様でした。」


優しく、柔らかく。


「職場でも、家庭でも、本当に大変でしたよね? でも、ここにいる皆さん。ここでは何も心配しなくていいんですよ。私は皆さんに何も求めたりしませんから。」


私は足元に広がる彼らが、どういう人たちかよく知っている。家族に見捨てられ、友に見捨てられ、恋人に捨てられた哀れな人間たちだ。


悪魔というものは、光の天使の姿をして現れるもの。


最も優しい言葉で、最も甘い言葉で――私は彼らを騙した。


「ただ、私はずっと皆さんのそばにいます。辛かったでしょう? でも、ここではもう大丈夫ですよ。」


ふと目を下ろすと、人々の視線が、私が聖女様を見つめるときの目と同じだと気づいた。


その瞬間、胃の底から吐き気が込み上げてきた。


――私は本当に、なんて気持ち悪い存在だろう。


あなたたちの金を巻き上げて、あなたたちの家族を破滅に追いやるつもりなのに。


それが悪いことだと分かっている。許されないことだとも分かっている。でも……。


「シャーロット、母さんを愛してるわよね?」


『はい。』


「じゃあ、母さんの言うことを聞くのよ。母さんが、あなたを愛しているのだから。」


分かってる。悪いことだって分かってる。でも、どうしろっていうの?


聖女様、私はあなたが嫌いです。


あなたのその清らかな目が、私の罪をすべて暴いてしまう気がして、私は自分があまりに醜悪すぎて耐えられない。


「死こそが、真の安息なのです。」


――でも、こんな私を愛してくれるのは、家族だけだから, 仕方が無い。


次回:第15話. 教主(6)



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