第三話 赤猫の冒険者
なんとか逃げ出した彼女に追いつき一発殴られつつも色々な誤解を解く事に成功した俺は彼女が野営しているキャンプで施しを受けていた。
俺が毛布に包まって焚き火の前で殴られた頬をさすっていると彼女はテントの中から保存食らしき食い物を持って出てきて俺に手渡し対面の大きな石に腰掛けた。
「悪かったよぶん殴って 素っ裸だったからつい……」
「いえいえ……何から何までありがとうございます……ケツの奴まで取ってもらって」
「別にいいって事さ それにしてもアンタ何者だい? やけに人の言葉が堪能だし仕草や表情もやけに人間的で………まるで魔物じゃないみたいだ」
(だって人間だもの……けどここであえてそれを言う必要は無いだろうし、そんな事言い出せば本当に頭のおかしい奴だと距離を置かれかねない こうして俺の姿に関係なく接してくれているだけで十分だ)
保存食を噛みちぎって飲み込みながら俺は彼女の問いに答えた『何も覚えていない 気付いたらここにいた』と。
記憶消去を受けていない俺からすれば間違いなくこの答えは嘘で大変心苦しいのだが全てを語るにはあまりにも壮大でぶっ飛んだ内容となってしまう為、嘘をつかざるを得なかった。
「そうなのかい 呪いの類かと思ったんだが覚えていないなら仕方ないね……」
そう少し残念そうな表情をする彼女の口からでた非科学的概念に思わず俺は『呪い?』と聞き返す
すると彼女はずっと被っていた大きな黒いベレー帽を外して中身を見せてくれた。中には彼女の髪色と同じ猫耳がピコピコと動いておりつい色々な思いが口から溢れ出しそうになった。
(ドチャクソかわいいじゃんかよおい……ってそうじゃない シンプルなファンタジーモノなら違和感ないんだけれどここは仮想世界……人間にこの耳が付いているのは身体関連のバグかそれとも上の奴らの趣味?)
彼女の頭に生えたカワイイものから目を離せずにいると彼女は直ぐに帽子を被って隠し憂い顔をする
「いくら不気味だからってそうジロジロ見ないでおくれよ」
(は? 異世界人はコレを不気味だと思うのか? なんて遅れてるんだ。それが呪いだと言うのなら俺なんか特級呪物じゃないか もう少しケモ度が上がっても全然イイと思うくらいだぞ俺……いや今のは良くなかったな本人的に悩んでいる様子だったし……ただとても良い!!)
ただでさえ口から萌えが溢れ出しそうだったのにそんな表情を……もの悲しそうな顔をされて黙っていられるほど俺に忍耐力は無い! 舐めんなよゆとり世代を!!
「えっと……お姉さんの言う呪いがその耳だと言うなら……俺は本心からその耳を魅力的だと思う……魔物に褒められても嬉しくないと思うけど……」
そう伝えると最初彼女はキョトンとしていたが大笑いに大笑いを重ねて腰掛けていた石から転がり落ちお腹を抑えて足をバタつかせた
「ヒーーッ!人生を懸けて真剣に悩んでた私が……ブフッ……クククッ…ハハハハハッ!!!」
「ちょっと笑いすぎですよ……そろそろ泣くよ 俺がルックス褒めたからって」
「違うんだ……フフフフッ……ハハハハハッ!!!」
「グスッ……」
焚き火を囲みながら彼女は笑い泣き、俺はガチ泣きをしている異様な光景がしばらく続き、落ち着いた彼女は呪いについて先程よりも明るく語り始める。
「この呪いってのは魔物の様な身体的特徴と能力が突然現れる病気みたいなものでね 私の場合は耳がケットシーの様に変質していて聴覚がかなり鋭くなってるんだ この深い森でアンタを見つけれたのもそのおかげさ ただ、正直この耳をよく思わない奴も多くてね」
「なるほど……それでずっと大きな帽子を被って……」
「うん でもアンタに魅力的だって言われて自分でもそうかもって思っちゃったんだよ 人生かけて冒険者にまでなって解呪方法を探してたのにさ……ジュプヌプと愛し合うセンスは疑うけどね」
「もう忘れてくださいそれ……」
(チュパ美はどうやらジュプヌプと言うらしい今度出会った時はジュプ美と呼ぼう……もう出会いたくないけど)
少し焚き火の勢いが弱まり、それを見た彼女は薪をくめながら自己紹介する
「そんな訳で私は呪いを調べる為に世界中を巡ってる冒険者のニアだ アンタは? そもそも名前はあるのかい?」
「光一郎って言います」
「そうか 名前は覚えてるんだねよかった これからアンタはどうする? この森で暮らしていくのかい?」
俺は彼女のその質問に対して直ぐ反応し首を横に振り土下座して答えた
「ニアのあねさん……急にこんな事頼むのはお門違いもいい所だと思っているのですが……俺行く所なくって 荷物持ちでも何でもするので一緒に連れてってくれませんか 俺こんな姿だし迷惑かけるかもしれないけど……」
彼女はしばらく悩んでから更に尋ねる。
「うーん 急だね……ここで出会ったのも何かの縁だし私はアンタが気に入った そして女の一人旅は何かと不便で男手があれば助かるってもんさ ただ私と一緒に来るって事はどれだけ避けても人との関わりが生まれる アンタが自身を魔物だと認識しているのなら尚更そこまでして人と関わろうとするのはどうしてだい?」
(覚えていないと言った手前元人間だからとは答えられない……これが嘘偽りは己に還るって奴か………ここは本心で)
「お……俺はこの世界で出来るだけ人も魔物も姿や形にも囚われず良好な関係を築いていきたいと思ってる 魔物だって話してみれば面白い奴がいるかもしれないから…………俺みたいに!」
管理者は俺に言った『何もさせないし何も出来ない』と。
確かにここは管理者が築いた偽りの世界で先行きの見えない暗闇なのだろう……だからきっと待っていても暗闇が照らされる事は無い けどそれでも世界を知れば自分の周り位は明るく出来るんじゃないかと思ったのだ……それが豆電球サイズだとしても。
「そうか……うん わかった じゃあ私も遠慮はしないよ 後あねさんってのは無しだ まだ25になる年だしね」
「えぇッ!? ニアちゃん年下なの!? やけに大人びてるから」
「ニアちゃん呼びもやめてくれよ……私ってそんなに老けて見えるかい……?」
多分口調のせいだが彼女の話し方はなぜか落ち着き、どこか懐かしい感じがしたので俺はあえて指摘をしなかった。