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QUEST-77【黒い傷跡のブルース!】

 その日、IRCに入るなりこんな会話が聞こえた。


【PvEとしては優秀なんだけど、PvPとしてはただのお約束になってるっていうか……】

【あーわかる。ちゃんとしたPvPやりたいわー】

【今のままだとただのアイテムゲーだもんね】


 これにはぎょっとした。


 要はBeautiful Worldはダンジョンにボスを倒しに行ったり、ワイワイ遊ぶのはいいゲームだけれど、Player vs Player……つまり対人戦としてはただのお約束になっている、という話をしていた。


 刺激を求めて敵と熱い戦いをするためにPvPサーバーを選んだのに、それがつまらなくなっているのではどうしようもない。


 そしてどうも、もう片方の日本人ギルドとは決定的に仲が悪くなるようなことがあったらしい。


 それを聞いていると、例のネトゲを全て辞めたときの記憶が呼び覚まされた。


 オレの中の苦しい、痛くて見ないようにしている部分だった。


◇ ◆ ◇


 あれは高校一年の秋。


【ねえ、オフ会出てよ。オフ会】

【ごめんなさい。私、そういうのにはちょっと……】


 ギルドの唯一の女性であるMihoさんに、ウチのリーダがしつこく絡んでいた。


【は? いやいや。ウチのギルドはオフ会全員参加が義務なの。出てもらわないとね】

【でも……】

【はい、参加! とにかく決まりだから。Mihoさん千葉住まいでしょ。お休みなのも知ってるし、これるはずだよね】


 Mihoさんはこういう対応に慣れていないようで、ひたすら困惑していた。無論そんな決まりも義務もありはしない。


 Mihoさんは気が強い人ではなく、黙々と自分の持ち場を守るような控えめな人だった。当時、あのゲームではリーダーの言うことは絶対だった。しかもずっと年上の人だ。


【こないだSNSにアップしてた服。アレ着てきてよ】

【え。あれは……】

【今度の日曜日にオフ会だから。トール軍曹もKuroちゃんも参加ね。かねやんもバーサスも出ろよ。絶対な?】


 当時のオレも黒澤も、このゲームの中という異空間にいたため断るということを知らなかった。


 言われるままに都心で開催されるオフ会に出かけた。

 当日待ち合わせ場所のカラオケボックスに現れたリーダー。


 あちこちにヘビのタトゥー、舌には金のピアスが入っていて、腕がこん棒のようにまるまると太く、日に焼けた威圧感のある男だった。


 他の人は全員ただのもやしゲーマーなので、その雰囲気に気おされてひたすらリーダーの話を聞いたり頷いたりしているだけだった。リーダーはもう成人していたのでレモン酎ハイを何杯も呑んで大声をあげた。


「あ~……なんでMihoさん来ねえんだよ……ったく、オフ会参加は絶対なのによ。なんのためのオフ会なんだっつーの!」


 当日オフ会をすっぽかしたMihoさんは正解だった。


 リーダーはMihoさんが来なかったことで荒れており、もともとの酒癖が悪いのか、ひとりひとりに指導という名の嫌がらせめいたことを言い出した。


 オレの番になったとき、リーダーは突然笑い出した。


「トール軍曹、あんだけゲームの中ではイケイケなのに……ぷぷぷっ」


 そう言ってオレのことを罵倒しだした。


「たまに俺に意見してくる癖に、リアルではきょどってるキモオタじゃん。どこみてるんでちゅか?」


「…………」


「いるんだよねえ。ゲームの中ではイキってるやつ。ま、高坊じゃ仕方ねーか」


「…………」


「しかもコミュ障なのかな? ん? 返事は? こっち見て? 目が死んでるけど、もともと?」


 そう言ってオレの顔の前でヒラヒラ手を振った。


「…………」


 リーダーはもう相当酔っているのか、顔が真っ赤だった。オレは何も返事せず、ただ酒臭い罵倒をぼんやり遠いところで聞いていた。 


「だいたい軍曹、考えようか? この間もおんなじ攻撃に……」

「イキってるのはテメエだろ」 

「あ……?」


 黒澤だった。


「今何つった? kuroちゃん。ケッ、こないだ全滅したのはオマエのせいだろ!」


 一気に狭いカラオケボックスの空気は緊張が高まった。

 黒澤は静かにリーダーを見据えていたが、全身から怒りが伝わってきた。


「ゲームで強いと偉いのか? 立派なのかよ。リアルじゃ未成年にゲームの説教かますダメでバカなクズだろ。おまけに空気の読めねえパワハラ野郎じゃねえか」


 黒澤が年上の人間にこんな言葉遣いをしたのも、こんなに怒っているのも生まれて初めて見た。


「そのダメでバカでクズのパワハラ野郎って俺のことか?」


「テメエ以外、誰がいるんだよ?」 


 黒澤は低い声で吐き捨てた。


 リーダーはジョッキをバン! とテーブルに叩きつけて勢いよく立ち上がった。


「ああっ?」  


 黒澤は胸ぐらをつかもうとしたリーダーの腕を掴んでぐっと捻った。相当腹に据えかねていたんだと思う。


 オレはこの様子をただ青ざめて見ていた。


「アイテムなんてただのコードだろ。戦闘なんてただのモーションだ。テメエはそんなもん後生大事に生きてんのか? ゲームでしかつまらねえアイデンティティーを見いだせない奴はそん中で一生を終えろ!」


 黒澤はゲームをしているものなら全員が知っていて、しかも誰も口にしないことをはっきりと言った。


「て、てめえ……今すぐギルドキックしてやるわ……」


 リーダーは酔っていたせいか、簡単に腕を捻られて捨て台詞を吐いた。


「好きにしろ」


 そう言うと黒澤はリーダーの胸元をどん、と突いた。


「オレはオマエみたいな大人には死んでもならないからな?」


 そう言うと音を立ててドアを閉め、そのまま帰ってしまった。


「…………っ」


 オレは黒澤と全く同じことを感じていたのに、止めることも庇うことも追うこともできなかった。


 しかも、黒澤が激怒したのは馬鹿にされていたのがオレだったからに他ならない。オレはリーダーが怖くて何もしなかった。ただ震えていた。


 これは実質、裏切りだ。


 あれからずっとずっと一番の友で、仲間である黒澤を裏切ったことを後悔し続けている。今ならわかる。ゲームなんてパソコンの電源を切ればそれで済んだ。アンインストールすればおしまいだった。嫌ならもう二度とやらなければいいだけだったのだ。


 それなのに何を恐れていたのだろう?

 なんの呪いにかかっていたのだろう?


 その後はべろべろのまま床に座り込んだリーダーを置いて、全員逃げるように帰宅してしまった。


 結局それが原因でギルドは崩壊した。

 積もり積もっていたものが一気に噴出した形だった。


 オレは人と目を合わせなくなった。

 合わせなくていいように前髪を伸ばして、俯いていた。


 オレはそれっきり、全てのネトゲと手を切った。ちょうどこんな木枯らしが吹く寒い晩だった。


 寒い晩は、黒い傷跡がぴりぴりと痛む。

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