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辛口

なにもない、年末

 クリスマスから大晦日までの一週間はアッという間だった。新聞の折り込みチラシやテレビのCMは、ケーキを買え、チキンを買え、年賀状を書け、正月の準備をしろ、と矢継ぎ早にせっついてくるが、友達も恋人も定職も持たず、親戚ともご近所とも疎遠な独り暮らしの僕には、年末だからといって特別しなければならないこと、あるいは、やりたいと思えることなど一切無く、帰りの路線バスの座席でやっていたネットサーフィンを、自宅でも続けるのみだ。

 冷蔵庫からビールをひと缶取り出し、携帯型端末でインターネットのどこをサーフィンするかといえば、やっぱりSNSが一番ヒマ潰しに向いている。僕とは何の関係もない人達が、アイドルとかマンガとか流行りものを共通の話題にして盛り上がったり、宇宙一かわいいワンちゃんネコちゃんの写真を見せびらかしたり、マヌケの失言に寄ってたかって正論をぶつけリンチする様子などを、ぼーっと眺める。どこかの会話に加わる必要はない。うらやましいという感情すら沸かない。誰かと関わるたび、にどと近寄りたくない場所、にどと会いたくない相手ばかり増やしてきたが、孤独には、何事にも巻き込まれず縛られず、何の意見も求められずに世の中ぜんぶを傍観していられるメリットがある。僕とは一生関係無いし興味も無い情報で意識を埋め尽くしておき、酔いが回って眠くなるまで時が過ぎるのを待つ。


 テレビの電源を入れると、ニュース特番はちょうど、列島各地のアナウンサーが年の瀬の地方都市の様子を伝えるコーナーだった。今年活躍した著名人の、あんまり似てない胸像がくっついている羽子板。腹部に来年の干支が描かれているだるま。縁起物の売れゆきはどうですか、とアナウンサーに尋ねられて、店主が白い息を吐きながら何やら答えている。

 別のチャンネルでは、番組に認定員を招いて、タレント達がギネス記録の更新に挑む、とかいう企画を生放送していた。ある会場では、トランプ・カードを組み合わせた世界最大のピラミッドが、あと数段で完成しそうだ。ある会場では、新年おめでとう、という巨大デザインを構成するドミノが体育館いっぱいに立ち並び、難しいギミックの仕上げ作業に差し掛かっている。そしてメインスタジオでは、お笑い芸人の一団が大縄跳びの人数記録・回数記録に挑戦し、ロープに脚を引っ掛けて苦戦中。

 さらにチャンネルを変えれば、毎年恒例の音楽番組が始まっていた。白とか赤とかのアレではなくて、ベートーヴェンの交響曲第九番《合唱付き》を演奏する番組だ。


 歓喜よ。友を得る喜びよ。人類は皆、兄弟となる……。SNSのタイムラインは、新年が迫るにつれ、暮れの挨拶やら動画サイトのカウントダウン配信やら、馬鹿みたいに浮かれるお友達同士であふれかえった。僕とは何の関わりも無い、幸せそうな人達。僕とは無関係に始まって終わる一年。僕の存在など何の意味も無い世界。すべてが、いつもどおり。


 遠くから梵鐘を打つ音が響いてきた。



 ごーん。



 遠くのアパートで、ガチャ排出確率の激レアなキャラクターが当たろうとしていた。



 ごーん。



 遠くの街角で、抱き締め合うカップルが、たどたどしく唇を重ねつつあった。



 ごーん。



 遠くの食卓で、茹でたての年越し蕎麦に箸がつけられようとしていた。



 ごーん。



 遠くのアトリエで、最高傑作に最後の一筆が描き加えられようとしていた。



 ごーん。



 遠くの研究室で、難病の画期的な治療法につながる論文が脱稿しつつあった。



 ごーん。



 朝まで生討論!止まらない物価上昇に低賃金、我が国の行く末はどうなる!?



 ごーん。


 

 今年もいろいろありました!来年も頑張りましょう!皆様、よいお年を!



 ごーん。



 希望を持って!絆を信じて!来年こそ、素晴らしい一年に!



 ごーん。



 みんなで力を合わせて頑張りましょう!!



 ごーん。



 フォロワーさん大好き!TLのみんなが楽しそうでよかった!フォロワーさん!!フォロワーさん!!



 ごーん。



 歓喜よ。友を得る喜びよ。



 ごーん。



 神の御前に、人類は皆、兄弟となる。



 ごーん。



 だが、友を得られなかった者は、



 ごーん。



 歓喜の場から立ち去らねばならぬ。



 ごーん。


 

 ……ところでさっき、一時間後の未来を見てきたんだけど、このへん一帯は丸ごと海の底だったよ。



おわり

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