拗らせ王子
異世界編突入
よろしくお願いいたします。
此処は数多の獣人が住む世界。名前は無い。四つの王国が在り人狼族、人狐族、人虎族、人獅子族が其々治めていた。
表向きは友好的に親睦を深めているのだが、一歩足を踏み込めば血気盛んな獣人達が小競り合いをしいている現場を目撃する。クウガもその中の一人で護衛を撒いては隣国に喧嘩を吹っ掛けに行っていた。
そんなある日、人虎族との喧嘩で負傷したクウガは山の洞窟で人狐族の少女に出会った。彼はその少女を見て天使かと思った。
「怪我してるの?」
しゃがんでクウガの顔を覗き込む大きな目、柔らかそうな頬、少しだけ開いた桃色の唇、白銀の髪が風になびいている。
(触れてみたい……)
クウガの理性が本能に負けた瞬間だった。元々理性など持ち合わせていないのだが。気付けば彼の両手が少女の頬を撫で回していた。
「この変態人狼野郎!」
少女から繰り出された蹴りと鉄拳でクウガの怪我は3倍に増えた。しかし彼はまた少女に会いたかった。クウガはあらゆる伝手を使い少女を探した。直ぐに見付かった。
人狐族の王女リンカ。
「成る程、あの神々しいまでの気高さ、愛くるしさは王族のそれだったのか。丁度いいじゃないか! 王族同士だし。直ぐに求婚だ! 異種婚? 今まで無い訳ではないだろう? まだ幼女? 婚約だけで我慢するさ! ボヤボヤしていたら他の奴に取られてしまう!」
だが、求婚したクウガを待ち受けていたのは心を抉るリンカの言葉だった。
「嫌よ! 変態と結婚なんて気持ち悪い!」
当時十三歳のクウガが七歳のリンカに泣かされた。それはもう狼なのにワンワンと! 人狼王は怒り人狐国に宣戦布告した。
「娘を差し出せば宣戦布告は取り消してやる」
「ふざけるな! 大事な娘を変態の嫁になんかさせるものか!」
「誤解だ! ウチの子は変態では無い!」
「ハアハアと荒い息で娘に無体を働いたそうじゃないか」
「そこまでウチの子を愚弄するとは許せん! 戦争だ!」
「上等だ! かかって来い!」
いつの間にか人狐国対人狼国の戦争が始まっていた。そしてリンカは森の奥深く住んでいるエルフの魔法で異界に逃げて行った。
「そこまでして俺を拒絶するのか? よし分かった……俺のモノにならないのなら世界の果てまで追い掛けて……殺してやる!」
そして今現在、この人狼族の王城でふたりは再会した。
「あれ? リンカは何処だ! 居ないじゃないか!」
変化したリンカに気付かないポンコツ人狼王子だった。
「姫! 俺の後ろに隠れろ!」
狐にもポンコツがいた。バラしてどうする!
「成る程、変化していたのか」
「しまった!」
失態に気付く護衛騎士マーク。ジリジリと近付くクウガを睨みつけた。
「フフフ、最初から分かっていたぞ! こっちへ来い!」
分かっていなかった。クウガの手はジンに伸びていた。抱き締められたジンは鳥肌と同時に殺意を噴出する。
「殺す!」
「ダーリンを放せ!」
忍ばせたナイフをクウガの喉に突き刺そうとした瞬間、変化を解いたリンカがクウガを壁まで蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたクウガは白目をむいて意識を飛ばしていたがリンカの攻撃は止まらない。その麗しいクウガの顔が変形するまでボコボコに殴り付けていた。
「兄さん、此処は危険だ。ウチに帰ろう」
ロウに抱きついていた弟が一方的にやられる自国の王子を丸っと無視して兄に声を掛けている。
「分かったよガロ、その前にチョット用を足してくる」
ガロと呼ばれたロウの弟は久し振りに聞く兄の声に歓喜していた。この隙に逃げようとしているロウの心情を気付く事無く。
そして……。
「リンカ! お止めなさい!」
凛とした声が場に響き渡る。そこには絢爛豪華な緋色の軍服を纏った人狐の婦人が供を連れ立っていた。何を隠そうリンカの母で人狐国の王妃その人だった。
「母さん」
「母上とお呼び」
母の登場で我に返ったリンカは掴んでいたクウガをポイっと放り投げた。放り投げられたクウガは壁にのめり込んでいた。生きているのか不明だ。
「どうして此処に? 戦争中じゃないの?」
「戦争なんてひと月で終わったわよ」
「えー何で迎えに来てくれなかったの?」
「そこの拗らせ王子が貴女の命を狙っていたから戻す事が出来なかったのよ。その内諦めると思っていたのに……思った以上の粘着力だったわ」
「人を接着剤みたいに言うな!」
クウガは生きてた。
「ゲッ! 生きてた! トドメを……」
「お止めなさい」
母親に止められ不服顔のリンカ、人狼族の騎士たちがホッと胸を撫で下ろす。
「俺の負けだ。人狼族の王子クウガの名において今後リンカの命を狙う事は無い!」
ボコボコにされたくせに上から目線で言うクウガ。「狙わない」のではなく「狙う事が出来ない」の間違いだろうとその場の誰もが思った。
「あっそう。じゃあリンカ帰りましょう」
渾身の決意表明を軽く流されたクウガは涙目だ。
「あっ母上、紹介します。私の夫のジンよ」
「夫……だと……?」
クウガの涙目がリンカの言葉に一瞬で怒りに燃えだした。マークの目も同様だ。
「初めまして。まだ夫ではありませんがリンカさんとお付き合いしているジンです」
「同棲していたし、もう夫で良くない?」
「あれは同棲とは呼ばないよ?」
「えええ~? 私のお腹にはジンの赤ちゃんが居るのに……」
「「何だと!?」」
「指一本いれ……触れていません」
ジンの言葉にマークとクウガが安堵した。まだ間に合うと……。
「リンカ! 俺の気持ちは昔から変わらない! 再びお前に求婚する!」
だが、クウガの言葉は既に出て行ってしまったリンカの耳に届く事は無かった。
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